第8話
銃を構えた私に、アンデットが飛びかかる。
眼前にまで迫るその形崩れした右腕を、光弾銃の光が一瞬で吹っ飛ばすが、
アンデットはそれを毛ほども気にせず、近くにいた他のアンデットの軍服の襟を掴んで私へと叩きつけてきた。
ギリギリの所で避けるも、壁にぶつかったそれは瓦礫の白煙を巻き上げ、私の視界を奪っていく。
僅かな白煙の切れ間、その一瞬からのぞかせた鋭い閃光によって、私の右手は切り飛ばされた。
「待て待て待て! 銃に対してそこまで近づかれると持ち味が活かせないでしょうが‼︎ 」
投げ飛ばされたアンデットが無闇矢鱈に刀を振り回す、そうして勢いに押し負け、私はバランスを崩したまま、地べたにへたり込んでしまった。
このままではまずい。一か八かと、構えた銃をアンデットの眉間に打ち込むが…
「……」
なかなかどうしてか、アンデットは怯む素ぶりすら見せず。そのまま何事もなかったかのように、私の首めがけ刀を振り下ろし__
首の皮一枚、鋭利な刀身が軽く肌に触れると、それまでの勢いが嘘のようにピタリと止まった。
反射的につぶってしまった瞼を上げ、そうして見えたのは胸から剥き出た刀身は血をなぞらせ、ポタリポタリと床に滴り落ちる姿だった。
「悪いね、死んでくれや」
アンデットの背後から、苦笑いを浮かべて戦争屋が、一呼吸の間にアンデットの体を真っ二つに切り捨てた。
「戦争屋…」
「プレゼントを贈っといてなんだが、それこいつらに不向きかもね。衝撃が局所的すぎて、彼らの動きに影響がなさすぎる」
「……すまない、助かった」
「いいよ、仲間ならお安い御用さ」
そう笑い混じりに彼女は真っ二つになったアンデットの体を水路へ蹴り上げた。
「カフェの時の所感からすると、こいつらは体に穴が空いた程度じゃ死なない。むしろあれぐらい過激な方がちょうど良いかもね」
戦争屋が指差した方角には、アンデットの体をその華奢な腕で投げ飛ばしたり、縦横無尽に振り回しながら、ほとんどのアンデットを叩き潰して返り血を浴びているマグヌス君だった。
「彼女……見た目に反して意外とアグレッシブなのね」
珍しく戦争屋の声が、引きつっている。無論そう思うのも無理はない、実際彼女のあの力を戦闘で見たのは初めてだ。死体と言えど、このアンデットにはカフェでの時とは違い、武器を使うなどそれまでになかった特徴を備えている。しかし彼女は腕の力だけで組み伏せた。
漠然と、自身の腕を眺める。切られていた腕は何事もなかったかのように私の意思の通り忠実に動いている。
戦争屋の言っていた不老不死、それが私の力なのだろう。だとすれば笑うしかないな、力技のない人間がこんなことできたって宝の持ち腐れだろうに。
「しかし参ったな、一向に減ってる気がしない。むしろさっきより増えてないか?」
ぼやきながらアンデットを切り捨てる戦争屋だったが、私が立ち上がる途中に不思議そうに言葉を漏らした。
「アリトモくん、……その銃は? 」
戦争屋が言うその銃とは、ミハイルから渡された、特に変哲のないリボルバーのことだった。
彼が私の狙撃で感銘を受けたとの事で渡されたもので、扱う際には注意してくれと釘を刺されている。
その事を伝えると、戦争屋はしたり顔を浮かべた。
「良いもん持っててくれた。それを使え、ミハイルが作ったとっておきだ、きっと役に立つ」
アンデットの叫び声の中に混じった銃声が反響し、振り向きざまに戦争屋が振り下ろした刀から、激しく火花が飛び散った。
「空気の読めないアンデットだね……仕方ない。私があいつを片付ける、君はその銃をアンデットに撃て、それが済んだら一直線に王城へ向かう! 」
そう言った彼女は一直線へとアンデットへと向かって行く。
「一か八か……いや、あたるも八卦、と言うやつか」
この銃の特性はミハイルから直接聞いた、その言葉通りならこいつらにも十分に通じる。
狙いを定めたアンデットは、マグヌス君に釘付けで、引き金を引けばすぐにでも……。
…あとは放つだけ、それだけだ。それだけの筈だったなのにどうして!
構えている銃口が相手を捉える事なくひどくぶれ始め、呼吸が次第に乱れていく。
それに拍車を掛ける用に、頭を釘で打たれたかのような苦痛が襲い、思わず銃を手放してしまった。
「いったいなに、が…」
こんなことをしている場合じゃない、もしこの大量のアンデットの処理が間に合わなければこの研究が正しかったと証明されてしまう。そうなれば次の犠牲者が生まれてしまう。
だがそれよりも、
「何としても、彼女だけは……」
『その彼女を、いま利用しようとしたよね? 』
脳に直接入り込んで行くようなその声に、寒気と共に身震いが起きた。
「なんだ……いま」
「アリトモさん! 」
マグヌス君の呼び声、それに間髪入れず響いた撃鉄が弾かれる音。銃声と称されるその音が、向かってくるのは誰でもない自分にだった。敵からすれば武器を持たず、赤子のように無防備になった私は格好の餌食だ。
視界のピントがそれに合わせられる前に、銃弾が私の頭を抉る。
そうなるはずだった。
視界を遮り現れた彼女。マグヌス君の体が銃弾の勢いに弾かれ、目の前で倒れた。
「マグヌス君! 」
「……アリトモさん、ご無事ですか?」
「何言ってるんだ! 君が私を庇ってどうする⁉︎」
「ご安心を、弾が少し肩をかすっただけです…」
彼女は撃たれた右肩を庇いながらゆっくりと体を起こし、落ち着いた笑みを私に向けた。
「アリトモさん、私は今の現状に後悔はありません。全てが必然、そう思っています。もし、
この戦いで私が命を落としても……貴方のために死ねるのならそれが私の望みです」
「それは……ッ!」
声を出そうとすると、頭痛がさらに強まる。
いけない、私はまた彼女に救われてしまっている。私は彼女を人柱にするために一緒にいたわけでは。
『ならばなぜ彼女を利用しようとした?』
その声は、蝕んでいた頭痛の中を繰り返し響かせた。
『そもそも彼女が軍人になる事を止めるべきだった。なぜ今まで放って置いた?』
ッ・・また声が・・‼︎
回を増すごとに、徐々に吐き気や息苦しさが強まっていく。
まるで頭の中で、誰かが自分を攻撃しているような
『軍にいる以上、彼女の命は常に危険に晒されている。なら、君は彼女を無理矢理にでも追い出すべきだった。……じゃあどうしてそれをしなかったんだ?』
普段なら考えないように、口に出さないようにと押さえ込んだ言葉を、
その声は容赦無く私に突きつける。
『君は彼女に甘えていたんだ。君があまりにも惨めだから、彼女は見限らないでいた。……まったく度し難いね。彼女の価値を知っていて、それを逃したくないあまりに、弱い立場に甘んじているなんて、一人で戦う度胸もない癖に』
そう吐き捨てた声とともに、自分の首筋を何かが覆った。
冷たく指のように細長いその感触は、首元を這うようになぞらせ、少しずつ焦燥感を駆り立てていく。焦燥感が危機感に変わったのは、それからすぐのことだった。
『このままでは彼女は戦争屋に殺される。それは私だって本意じゃないんだよね』
次第に首を絞めつける息苦しさが、指の感触に比例し、強まっていく。
「ぅ。。がっ」
『まったく、彼女が君を選んだ理由がわからない。大した力もないのに守りたいなんて、おこがましいにもほどがあるんじゃないかい?』
力が無い。……まったくもってその通りだ。それなら、
「どうすれば私は……」
『どうすれば?』
その声はクスリと笑った。
『簡単じゃないか、敵を殺せば良いんだよ。彼女の意のままに、それに刃向かう敵こそが君たちの障害さ。なんなら手伝ってあげよっか?……まぁ、精神の保証はないけどね♪』
それを最後に、私の意識はブツリと途絶えた。
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意図せず息が荒くなっていき、じめじめとした湿度が肌に熱を帯びさせていく。
アリトモさんが突然倒れたと思ったら、頭を抱えて、うわごとを繰り返すばかりで返答に答える様子もない。
そんな状況に追い打ちをかけるように、アンデットは二陣、三陣と数を増やし、攻撃は苛烈さを増すばかりだ。
「いい加減、持ちそうに無いですよこれ……」
このままではアリトモさんが……いやだめだ、それだけは絶対にいけない。
戦争屋の口数が減ってきてる。そろそろ限界か……。
「戦争屋、ここは撤退を視野に入れるべきかと。このままここで時間と体力を浪費しては敵の思う壺です」
「……いやすまないが、それは出来ない」
「なぜですか! ここでの突破は実質不可能です。まだ他の道が」
「孤島に位置する王城では道は一本しかない、ここはその例外だ。正面切って突っ込めば事情も知らない兵士を大勢殺さなくてはいけなくなる」
「それが戦争でしょう‼︎ 」
「それは統治する責任があればの話だ! ただの部外者が殺しまくって、その後始末を放棄するのはただの殺戮だ‼︎ 」
「だからって! 」
顔を突き合わせた私たちの間を、一発の銃弾が通り過ぎていった。その銃弾はアンデットの頭部を抉り、銃弾が飛んできた先には、アリトモさんが銃を構えていた。
「アリトモさん! よかった……お体はもう大丈夫なのですか?」
「……」
「起きがけで申し訳ありませんが、ここは一時撤退すべきです。この状況を打破する手段は……」
「・・・・」
「……アリトモさん?」
アリトモさんは無言のまま光弾銃を取り出した。
この人が起き上がって最初に感じていたのは安堵のものだ。
でもそれ以上に、気に掛かることがあるとすれば、……普段のこの人と違う。黒く淀んだその瞳に、少しだけ息苦しさを感じている。
そうだ、あの目は。
「マグヌスくん!」
_______戦争屋の額と胸を、光弾が貫いた。
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