第1話
自分に用意された小汚い部屋に備えられたベットの中、呼吸をしている事実が意識を半端に起させた。
「驚いた、……まだ生きてるよ」
毎朝目が醒める度に心臓に手を当てる。
明日は我が身の思いで眠りにつくので、母体満足でいるの最近では不思議なように思えてしょうがない。
潰れた布団に包まり、あくび特有の気だるさを抜くため大きく口を開く。
「……眠い」
体は正直だ、思ったままを口に出した。
ここの所、ずっと誰かの尻拭いばっかりしていたせいでろくに休めていない。だからこそ月に一度の安息日、この日だけはどれほど寝ても文句は、
『コンコンッ‼︎ 』
部屋に重ねて響くノックの音は、入眠寸前だった私にとって余りにも無情な通告を知らせた。
「アリトモ曹長、例の件で死亡なされたフレドリク中尉の調査の引き継ぎをお願いしたく……」
ドアの向こうから聞き覚えしかない、凛々しい声が聞こえる。
内容は……聞いてなかった。
だが、悲しいことにおおよその事は解る、彼女は私を働かせようとしているのだ。
しかし気にとめることもない。五日間連続で朝日を拝め、昨日の夜にやっとの思いでベッドに身を委ねたのだ。たとえそれが原因で国が無くなろうとも知ったこっちゃ無い!
力強いノックを繰り返し、彼女は何度も呼びかけた。
「アリトモ曹長居るのはわかっております‼︎」
いない……ここには誰もいない。そう頭の中で念じているうち、先ほどまでやかましかったノックの音が、不自然なほどに静かになった。
そういう時、ドアの向こうに居る彼女が次に何をするかは推察するに容易い。むしろそこからが勝負だ。今回は王城にも使われている、閂(かんぬき)の仕組みを利用した横木をこさえ、それに加えて寝る前にドア前に移動させたクローゼット、これがいま尽くせる最大だ。
対する彼女はおそらく今回も回し蹴りで、
ドアとクローゼットを吹き飛ばす。
そして何事もなかった様に冷徹な視線を飛ばしながら私に挨拶をするのだ。
「おはようございますアリトモさん。お気分はいかがですか? 」
「おはようございません、マグヌス君。クローゼットの下では気分が優れませんので、休ませてください」
体に潰されようとも包まってる布団は消して放さない。
これが自分……
アリモト・ヤマガタの一日の始まりだ。
……それはそうと布団は引っ剝がされた。寒い。
〜〜〜〜
軍から支給されたうっすいシャツをタンスから取り出し、彼女に向けてわざとらしく口を尖らせた。
「その馬鹿力さぁ、前みたいに建物を壊すとかじゃないだけマシなんだろうけど
、もう少し加減してくれないかな?」
「これが最大限の心遣いです、それに貴方の方だって耐性がついてきたのかめっきり怪我もせず閂など用意して……面白くないのでここらで1つ罠にでも嵌めようかと考えています」
「加減って言葉を真っ向から無視しないで」
マグヌス・ステンボック、もしかしなくても彼女はサドだ。
だがそんな事を口にすれば何されるか分かったもんじゃない。
「何か不満でも?」
口にする前からバレている場合はもうどうしようもねぇ、
袖を通したシャツ、そのボタンを閉じようとする私の体を
彼女はまじまじと見ていた。
「なに…どったの?」
「前線での傷、…あれだけの大怪我をしたのに後遺症どころか跡も残りませんでしたね」
「あぁそれか、死んでいてもおかしくない状態だったのに、私が目を覚ました途端なぜか完治したって」
「何度聞いてもふざけた話ですね」
「でしょ? …ったく野戦病院だからってすねに傷を持った医者ばかり…っと、そうじゃなかった。マグヌス君、今日はいかような用事で来たんだい?」
一張羅である軍服に袖を通しながらに尋ねる。
すると彼女はバツが悪そうな顔で溜息を吐きながら
「休暇日なのは承知ですが、この件はすぐに終わります」
しかし少し俯いたそれは、私に対する不満といった類のものではなかった。
「本日はアリトモさんがご依頼されていた書類、提出不要となりました」
「……また。例の事件か?」
椅子に腰掛けながらそう尋ねると、彼女は何も言わず脇に抱えたファイルをこちらに手渡した。
それに目を通すと思わず「うげっ」と思わず苦い声が漏れた。
「こりゃ酷い。腕一本しか残ってないじゃないか」
現場の証拠写真として写されていた物に対してもそうだが、何より一番酷かったのはそれ以外の有力な情報が一つ足りとも見つからないというのもある。
「マグヌス君、これでもう何人やられた?」
「将校以上が狙われる暗殺事件。これによってもう三十六人が被害にあっております」
「三十六人……昨日より三人増えたな。じゃあ、あの大尉が死んだから報告書を書かなくて良いってはなし? 」
不謹慎にも笑い混じりにそう返したが、彼女は強かだ。
「ですから、仕事を持ってきました」
「う〜ん手強い」
その仕事という物、今までの話の流れ的にろくなことでもないことだと察しがつく。
だが万が一、もしかしたらと淡い可能性を信じ探りをかける。
「仕事って……どんなの? 」
「はい。まず最初に、今回の件を迎えるにあたってアリトモさんがめでたく」
胸ポケットから令状と書かれた紙を差し出し、彼女は今まで見せたこともないような、可愛らしい笑顔で
「初級将校、少尉になることが決まりました」
こいつマジでサドだ。
〜〜
『将校暗殺事件』
ある時期を境に露見し始めた、文字通りの少尉以上の軍人を狙った一連の悪辣な事件を、軍ではそう呼んでいる。
悪辣と呼ぶに相応しい理由は二つ。
一つは時期によるもの。とある援軍の助力によって、我が軍は対峙していた二つの軍に攻めに徹することができた。しかし、この事件が始まったであろう日から、実戦経験豊富な軍人たちが失踪するような形で消えてしまったため、それまで揃っていた足並みが乱れてしまったのだ。
二つ目は………非常に言いにくいことだが、それが軍内部で行われている事だ。
最初の遺体が発見された場所が、王城の渡り廊下。城から出ようとした血痕。敵国からの刺客だとしても、警備が厳重な王城に潜り込んで、わざわざ将校ばかりを狙うのはどうにも筋が通らない。
そのうち事件は話に尾ひれをつけていき、現国王が地位欲しさに殺した、前国王の呪いだというのも出てくる始末。
呪いの類は置いとくにしても、内部での犯行だとして目的の分からない。
なぜ国王や軍事司令などの高官では無く将校ばかりを狙うのか
しかし私には関係ない、それを解決できるのは私のような落ちぶれではなく、正真正銘の英雄ぐらいだろう…。
〜〜
「そして今回、少尉になるにあたって、将校暗殺事件に関する情報を調査せよとのお達しが来ています」
「要するに、餌になって自ら調べてこいと言うことか」
「そのようですね」
機械のようにそっけない返事、それはまぁいつもの事だからいいんだが……。
しかしなんてこった。少尉になることも、事件を調べることも、こちらにまったくメリットが無い。
「あ〜…」
「ダメです」
こいつ、心の中を……⁉︎
「どうしてもやりたくないのでしたら、その旨を素直に報告し晒し首になってください。ワインでも供えてあげますよ」
「死んだ後も下戸に酒飲まそうとするんじゃない……ところでそれさっきからなに書いてるんだ?」
話しかけても味気ない返事で筆を走らせていたので、気になったので聞いてみた。
「あまりにも不憫ですので、あらかじめこちらで情報を集めて来ました。それを今纏めてた所です」
彼女が手渡した資料、一見するだけでもそれは事件の詳細や犯行現場の状況説明が事細かに書かれている。
「相変わらず早いね、私じゃこうも上手くは纏められないよ」
「お戯れを、全て貴方に教わった仕事です」
指で弾いて資料に軽く目を通していると、そわそわと落ち着かない様子でマグヌス君がじっと私の方を向いていた。
「……どうした?」
予想外だったのか彼女はビクッと肩を震わせ、次第次第に頬を紅色染めた。
「あの…いえ。……どうでしょうか? 見やすさを意識して作ったのですが」
彼女は基本的にはドライだが、昔からの付き合い故かたまにこうして年相応の反応を見せる。
「うん、とても見やすいよ。特に可愛らしい動物が解説してくれるのは分かりやすくて高ポイントだ」
「……そこを言及されると恥ずかしいですね」
真っ赤にした耳を隠そうとするその素振りに、思わず頬が緩んでしまう。
軍人とはいえ、彼女はついこの前十八を迎えたばかりの女の子だ。
例え周りからの評価が高く実戦の経験がある優秀な軍人だとしても、彼女には使命ではなく、幸せの為に生きてもらいたい。
「……アリトモさん?」
その声にハッと意識を戻す。いけない、いけない、考え事に没入するのは私の悪い癖だった。
「いや何でもないよ、それよりもここについてちょっと聞きたいんだが…」
その問いかけに彼女は眉をひそめ、脅すような低い声で、
「また、私を軍から追い出すことでも考えていたのですか?」
「………別に何も」
「何ですかその間は」
これ以上何か喋ると余計なボロが出そうだ。
そう沈黙を続けていると、彼女はあからさまに肩を落として、「またか」と言った具合に溜息をついた。
「何度言われようと私は軍人をやめるつもりはありません。それに軍をやめてどうしろと? 戦争は続いてるのですよ、安心して暮らせる場所なんてあるはずもありません」
「軍にいるよりそっちの方がまだ安全だ。金なら私が裏でなんとかする」
「気にするまでもありません、貯蓄なら私にもある程度余裕があります」
「なら君が戦う意味はないはずだ!」
声のはずみで椅子から立ち上がる、そんな私を見て彼女は殺意を匂わせた眼差しで返した。
「では、貴方が戦う意味とは?」
「……私が?」
「えぇ、もし貴方が一緒に来る。それなら軍を抜け出しても構いませんよ」
「いや、しかし私は……」
私が言葉を詰まらせると、彼女はどこか悲しそうな声で語りかけた。
「申し訳ありません……ずるい提案でしたね。しかしそれならなおのこと、私が貴方から離れるわけにはいかない」
彼女はそういうと、私の肩を軽く叩き、哀愁を漂わせた笑みを私に見せた。
「ご安心を、私が死ぬまで貴方は死なせません」
「……そうか」
息詰まった声ではそうとしか返せなかった。そうして強引に作った、ぎこちないであろう笑顔を彼女に向ける。
「馬鹿なこと言って悪かったね。これが終わったらケーキでも食べよう。もちろん、君の好きなバーケルセでね」
「えぇ、良い茶っ葉を蒸してお待ちしております。どうかご無事で」
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