地球を貫くトンネル


 わたしは素晴らしあり科学者であり素晴らしい実業家でもある。


 (一つこっそり業務連絡をしておくが、これから話す話は真面目に受け取らないで欲しい。これはあくまでもここだけの話だ。微に入り細に入り全てにおいてである)

 

 わたしは幾多の試練を乗り越えてついに究極の交通システムを構築した。

 それは日本と地球の反対側を最短で結ぶ究極的にエコな交通システムである。

 動力を使わない、電力を使わない、ガソリンも使わない。エネルギーゼロの夢のような乗り物である。


 わたしはここ日本から垂直にトンネルを掘り進めた。

 地球の中心を通り、反対側のウルグアイまで最短で結ぶルートである。


 ここでこの乗り物の根本原理について説明しておこう。

 きみたちは物理学のエネルギー保存の法則は知っているかね。詳しく説明すると、これはエネルギーを保存する法則なのだが、詳しくは高校物理の教科書を読んで欲しい。


 摩擦や空気抵抗がまったくない状態を再現したら、東京の地表面からトンネル内にビー玉を落下させると、ウルグアイの地表面に到達して、そこにぴたりと停止する。

 その原理をそのまま適用している。

 高さという位置のエネルギー以外は、電力もガソリンも水素も使わずに地球の反対側まで到達できるのだ。それも驚異的なスピードで。


 その到達する時間を知りたいかね? これは簡単な計算で導き出すことが出来る。わたしには簡単すぎるからわたしには聞かないで欲しい。きみたちのおじいちゃんやおばあちゃんにまずは尋ねてみて欲しい。きっと答えられずはずである。


 わたしは直径3メートルのトンネルをおよそ1万2,700キロメートル構築するのにおよそ50年間掛かった。

 50年も?と思うかもしれないが、これは驚異的な早さである。どうしてもわたしの生きている間に完成させたかった。とにかくスピードにはこだわった。

 「時は金なり」ということわざがあるが、こんなことわざはわたしに言わせれば馬鹿げている。わたしは非科学的な言葉が大嫌いである。時は時であり、金は金である。


 わたしは日本とウルグアイから同時に掘り始めた。工事の進捗をみているとわたしが生きている間にはとても間に合わないことが判明して、真ん中からも掘り始めた。どうやって真ん中から掘ったかは問い詰めないで欲しい。


 トンネルを掘る会社はとてもこの期間では無理だと言っていたが、「金にモノを言わせて」黙らせてやった。これは金を積んだという意味ではない。本当にモノを言う金を作った。トンネル施工会社もあっけに取られていた。


トンネル工事は壮絶な道のりであった。


 鋼鉄のように硬い岩盤

 超高温のマントル

 押し寄せる地下水

 24時間ノンストップで行う土掘り

 

 掘った土で富士山をいくつも作った。ウルグアイの人も富士山がたくさん出来て大変喜んだ。大統領から表彰もされて、表彰状とお中元とお歳暮をもらった。


 さらに地中深くはとても熱くてものすごく困った。なんせもっとも熱いところで太陽の表面と同じくらいの5500度だった。コンロの火の3倍もの熱さである。試しにわたしはその場所に秋のサンマをかざしたら3分の1の早さで焼きあがった。


 恐るべき世界である。


 それをどうやって掘ったかって? そんなのは簡単だ。太平洋から海水を引き込んで、冷やしながら掘り進めた。おかげさまで太平洋全体が温泉になった。


 しかしここで困ったことが起こった。

 南極と北極の氷が全部溶けてしまった。

 さらに北極のクマさんが住むところがなくなってしまい、困った大勢のクマさんがわたしのところに集まって来た。クマ語でわたしに「クマった、クマった」とものすごく訴えてきた。わたしはクマ語も含めて30もの言語を使いこなすことができる。

 わたしはクマさんといろいろ考えて、上野動物園に大きな冷蔵庫を作ってあげたら、クマさん大喜びだった。


 地球の奥底はもうカチカチでドリルで穴を掘っても、ダイナマイトで爆破しても全くびくともしなかった。しかしこれも「地獄の沙汰も金次第」でなんとかなってしまった。


 まあそんなこんなでトンネルは完成した。


 

 もう一つの難題は地中を走る乗り物の製造だった。


 この乗り物はラグビーボールをもっと長くしたようなカプセルで、表面の摩擦抵抗を極限まで低減するためにツルツルに仕上げた。わたしの頭よりもツルツルにした。

 これもはじめは製造会社がそんな装置は製作不可能だ!と言っていた。でもわたしは「金に糸目はつけない」、と言ったら黙って製造してしまった。まあそもそも金に糸目を付けられるわけがないのだが。


 まあそんなこんなでカプセル型の乗り物も完成した。



 すべてが完成した。


 わたしはこの乗り物を搭乗する。

 じつに歴史的な日である。


 この乗り物は2人乗りでわたしのほかにもう一人乗ることができる。

 ほんとうはわたしの妻に乗って欲しかったのだが、数年前に他界してしまった。

 わたしの研究員に声をかけたが、奥ゆかしくもみんな断った。遠慮をすることはないのだが。

 事務員も断った。


 わたしにとっては意外な反応であった。一つの席をめぐって大勢の人が血で血を洗う争奪戦が繰り広げられると思っていた。

 愛犬のポチにもイヌ語で声をかけたが、イヌ語で「絶対に嫌だ!」と連呼していた。うちの家の屋根に止まっていたカラスにカラス語で声をかけたが、何も言わずに飛んでいってしまった。


 わたしの妻はじつは守護霊としていつもわたしのそばにいてくれるのだが、その妻にも声をかけたが、守護霊でありながらこの乗り物には死んでも乗りたくないと言って、どこかに行ってしまった。


 しょうがないのでわたしの愛するリカちゃんに隣に乗ってもらうことにした。リカちゃん人形である。さすがのわたしでもリカちゃん語はしゃべることは出来ない。


 動画カメラもセットした。ここからはSNSでも生配信していく。


 日本側のトンネルの入り口にラグビーボール状のカプセルをセッティングした。いよいよ歴史的な搭乗の瞬間である。

 まわりには世界中から記者が集まっているかと思いきや、誰もいなかった。わたしとリカちゃんだけだった。

 コックピットに乗り込み、ドアを閉め、リカちゃんを助手席に座らせ、安全ベルトをした。


 スタートボタンを押した。


 ウィ―ンと音がした。乗り物を固定している装置を解除している音である。

 

 ガクン!


 いきなり落下し出した。

 体が浮き上がり、内臓がふわあっとしてきた。

 わたしは口を抑えながら、重力制御装置を押した。

 徐々に圧力制御されて、地上にいるような感覚になった。


 わたしは何か異音が聞こえないか耳をすませたが、なにも聞こえなかった。

 極めて順調である。

 まったく風圧抵抗や摩擦抵抗がない状態になっている。


 安全ベルトを解除して、コーヒーを沸かして飲んだ。

 極めて順調である。

 

 徐々にコックピットが熱くなってきた。

 地球の中心に行くにつれ熱くなっていく。

 わたしは室内環境制御装置を押した。

 エアコンから冷風が出てきて、快適な環境になった。

 

 外は見ることができなかったが、ものすごい高速で落下していることを感じることができた。


 慌てることはなかった。

 全てが順調だった。

 わたしは横になり、乗り物の速度を感じていた。


 徐々に速度を上げていた。

 しかし静かな世界だった。


 眠りから覚めると

 最高速度から徐々に減速しているのが分かった。

 地球の中心を通り過ぎたのだろう。

 順調である。


 あと半分で地球の反対側まで到達する。

 極めて順調である。


 だんだん減速してきた。

 反対側が近くなって来ている。

 ウルグアイの人も相当驚くだろう。

 地球の反対側から突如ひとが現れることに。


 徐々に減速してきた。

 もうすぐ到着する。

 わたしとリカちゃんに安全ベルトを装着した。


 その時わたしはあることに突如気付いて背筋が凍った。

 ウルグアイでこのラグビーボールをキャッチする機械を用意していなかった。

 さらに待機する人の手配もしていなかった。


 徐々に減速して、機械が静止した。

 わたしはじっと周囲の音に耳をすませたが何も聞こえなかった。

 情け容赦もなく、ラグビーボールは反対の日本に向かって動き出した。

 



 かれこれわたしとリカちゃんは

 58回目の往復運動をしているところである。 


 「辛抱する木に金がなる」である。



 わたしは動画カメラに叫び続けている。


 誰か助けてくれ!!



  

 

 

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