こころに浮かんだ童話と詩と

もりた りの

初雪を見て初恋を想う

初雪を見て初恋を思い出す

 

高いモミの木も木造家屋も裏の小道も

全てのさかい目がなくなり白く染まる

人が誰もいない野原にぼくはひとり

曇った空から

天の神様でも数えきれないほどの

雪がちらりちらりと降っている

この白銀の景色とぼくの思いが重なる

ぼくが歩いた後を振り返ると

一筋の足跡が出来ている

その足跡を目で辿っていく

目で見える終着点に

辿り着いたとき

あのときの思いが蘇った

 

遠くから見える灯台の明かり

潮が打ち寄せる断崖

ハマナスの香り

ぼくときみがいた町

 

ぼくがきみを意識した瞬間

あのとき、あの思いは

何の前触れもなく訪れた

生きることの不安や、周囲の人への疑念や

何処からともなく湧き上がってくる焦燥感

それらが一瞬に消え去り、

意識が無垢な真っ白に変わった

ぼくはきみとの世界をいつも思い描いていた

 

きみはまるでいま降っている

雪のような存在だった

目の前に手を差し出すとひらりとすり抜け

空に手を伸ばすとふわりと

舞い上がり消え去った

かといっていつのまにか

手のひらにあったりする

握ろうとすると消えてしまう

決してぼくが思うようには

雪の粒をつかめない

 

それならいっそぼくが雪になって

きみのところに飛んでいく

雲の上から迷いもなく  

一直線にきみのところに飛んでいく

でもきみは一粒のぼくに気付くだろうか

絶え間なく降る雪景色の中で

気付くだろうか 

  

とても小さな粒だったら

きみの目の前を長く舞えるだろう

でも小さすぎて

見つけられないかもしれない

とても大きな粒だったら

きみは見つけてくれるだろう

でもきみがまばたきする間に

通り過ぎてしまうかもしれない 

もし赤い雪であれば

きみの目に留まるだろうか

そんな雪は見たことがない

そうだ

ぼくはぼくの血管を切断する

赤い血が流れて赤に染まる

ぼくは赤い雪  

雲の中でただ一粒の赤い雪

 

雲の中にいるぼく

ただ気流に流され

自分ではどうしようもなくただ漂う

でもきみの町が見えるまで

絶対に降ったりなんかしない

気流に乗ってきみの町が見えるまで

じっと待つ

その時が来るまで降ったりなんかしない


 

はじめに波が打ち寄せる音がした

風で逆立つ白い波が見えた

いつかの潮の温もりを感じた

断崖に建つ灯台の光

最後に微かなハマナスの花のやわらかな香り

過ぎ去った初夏に咲いた花の香りなのか

それとも次の春に咲く花の香りだろうか

ちらほらと白い雪が散りばめられた

大地から淡い香りが湧き上がる

  

ここだ

ここはぼくときみがいた町だ


ぼくは急いで雲から飛び出し落下する

風に乗って浮遊する

重力に引かれ

気流に委ね

風圧に身を任せる

重力も気流も風圧も

ぼくの目的地を知っている

仲間の雪もぼくを導いてくれる

灯台の光もぼくを案内してくれる

ぼくはただ力を抜いて

自然に身を任せるだけ

 

広大な大地が見えた

海までに流れる大河が見える

それに注ぐ支流もくっきり見える  

動脈に流れ込む毛細血管のよう

川はくっきりと黒く映える

大地を綺麗に模様付けている

しかしこの川に到達してはいけない

川に触れた瞬間、自らも川になり

流れに呑まれ大海まで流されてしまう

 

きみの家はどこだっただろう

灯台のある町

きみの家の目印はなんだったんだろう

学校の近くだった気がする

広い校庭、それに面する

鉄筋コンクリート造の四角い校庭

校門に薪を担ぐ二宮尊徳の銅像

学校の帰りにきみの家を

遠くから見ていたんだ

淡い明かりに柔らかく包まれた家

十字架?

そうだ

きみの家は教会のすぐ隣

三角屋根の先端に十字架が掛かり  

賛美歌が聞こえる教会

細長い窓から朧気な光がきみの家に掛かる

 

上空から海岸線を目で辿っていく

海辺の灯台と

広い校庭、鉄筋コンクリートの校舎

そして屋根に十字架のある教会

スレート屋根がうっすら白んだ

きみの家が見えた



ぼくは体をひねり進路を転換する 

きみの家の軒先まで風に乗り飛んでいく

そして玄関先に降ってやる

そしたらきみの目に留まるだろう

ぼくの赤い姿にどんな顔をするだろう

白い雪の中に赤い雪があると

びっくりするだろうか  

もしかしたら不快な反応をするだろうか

全く無反応だったらちょっとだけ寂しい

いやものすごく狂おしく寂しい

 

でももう行くしかない

もう元の雲には戻れない

下降するしか出来ない

ようやくきみの家の上空

風が収まっている

あとはゆっくりゆりかごに

揺られるように降りていく

重力から解放されたようにゆったりと

教会の十字架を通り過ぎ

きみの家の屋根を通り過ぎ

軒先の樋を通り過ぎ

ぼくは着地点を確認する

 

ぼくは目を疑った

きみが表に出て空を見上げている

降り出した雪の様子を見に出たのだろうか

こんなことがあるだろうか  

永遠ほどの時間を掛けて

ようやく辿り着いたこのいま

この瞬間にきみがここにいる

ぼくの鼓動が高鳴る

それと同時にぼくも大きくスイングする

 

目に雪が入りきみはうつむく

手で雪を拭うときみは身震いする

きみは玄関に振り返る

 

待ってくれ

もう少し待ってくれ

ぼくは心で叫ぶ

ぼくは赤い雪になってここまで来たんだ

一目だけでもぼくに気が付いて欲しい

 

きみは誰かに呼ばれたように振り返った

通りの往来を見て、教会を見て

頭と肩に掛かった雪を振り払った

きみは髪をなびかせ玄関に振り返ると  

ぼくはその風に誘われて

きみの左肩に止まった

 

ぼくは安堵した

きみが家から出たわずかの間だった

あたたかい家

これできみの左の頰をずっと見ていられる

肩まで伸びるきみのやわらかな髪が

ぼくの周りで揺れ動き

きみのやさしい香りがぼくを包む

きみの揺れる髪とスイングする

時の流れを忘れてスイングする

きみの髪がとても愛おしい

ぼくの頬に一筋の涙が流れた

これは何の涙だろう

嬉し涙に違いない

そしてぼくのからだが重くなる

ぼくの姿が透けてくる

きみの髪が遠くなる

ぼくは涙になっていく

きみのセーターの繊維の奥の方に入りこむ

これは本当に嬉し涙なのか

悲しみの涙なのか

きみの体の温もりがぼくに伝わり

ぼくの心臓の鼓動が高鳴る

ぼくはセーターの森を抜け

白いシャツの草原に辿りつく

この草原を抜けたら

きみの肌に触れることが出来る

ぼくの鼓動が激しくなり

視界がぶれて前が見えない


あと少し

もう少しできみに触れることができる

きみの柔らかく温かい肌に触れる

 

と思った瞬間

世界は一変した

ぼくの体は急激に振動し彼方に飛ばされて

きみの姿が見えなくなる

きみを見下ろしてもあまりにも遠く

空気の流れに飛ばされ

体がものすごい速さで旋回する

ぼくはあまりの速さに感覚が麻痺し

意識が途切れた 

強烈な光に包まれたのが

最後の記憶だった

 

辿り着いた穏やかなところは

今までと全く違う世界だった

太陽が眩しく、遠くの下に見えるのは

緑豊かな熱帯地域

どこを見渡しても

きみは見当たらない

どこまでも続く空を見上げ

ぼくは途方に暮れる

灼熱に燃え上がる太陽を見る

空に漂う雲を見る

そうかぼくは水蒸気になったんだ

また雲からか

雲になって空を漂っていよう

そうしたらきっときみが見えるはず

 

だってぼくには目印がある

きみから離れる瞬間に

きみの肌に残したぼくの赤い血

そこには肩まで伸びるやわらかな髪

きみのやさしい香り

きみという地図

 

必ずきみのもとに辿り着く

ある時は険しい山に雨となって地上に降り

ある時は地中深くの土壌に住みつく

バクテリアに宿り

ある時は湧水が迸る岩間の苔に宿り

ある時は清流の滝壺で獲物を探す山女に宿り

ある時は秋に穂を垂れる稲に宿り 

ある時は水辺で羽ばたくヤマセミに宿り

ある時は朝に産まれる鶏の卵に宿り

ある時は大空高く羽ばたくイヌワシに宿り

ある時はまた川に戻り流れ行く  

そしていつかきみの体の一部になって

きみと一緒に過ごす


初雪のなか、ぼくが歩いた道を振り返る

ぼくが作った雪の足跡は

音もなく降り続く雪が

誰にも気付かないくらい巧妙に緩やかに

ぼくの足跡を消し去っていく

その雪はいつかきみの体の一部であった水

そしていつか必ずきみの体の一部になる水

 

初雪のなかをぼくは前に向き直す

ぼくがこれから足跡を作る白いキャンバス

きみにつながっている道 


(完)

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