第5話

直也の葬儀と告別式を終え、隆二は母親の市川美貴が運転する車に乗っている。

後部座席の窓から見える空はどんよりと曇っていて、雨が降りそうな気配がする。

憂鬱な天気模様。


一昨日、高橋直也が亡くなったという連絡が母親から来た。

享年二十歳。隆二より年齢が五個下。

人生はまだこれからだというのに。


母親同士が高校の同級生という事もあり、直也とは小さい頃よく遊んだ。

隆二が中学生になる頃には、二人で遊ぶ事はめっきり無くなった。

仲が悪くなったというのではない。

昔から知っている小学生よりも中学生になって出会った人間関係を隆二は大事にしたかったのだ。


直也と二人っきりで遊ぶ事はなくなったが定期的に顔を合わせる機会はあった。


季節ごとに市川家と高橋家は集まって親睦を深めていて、

直也との交流はその恒例行事で十分だった。


隆二にとって直也は仲のいい親戚みたいな感じだった。



直也は電車に轢かれて死んだ。

事故の瞬間は駅のホームに設置されている監視カメラが捉えていた。

急に意識を失ったかのようにふらついた直也は、そのまま線路に落下。

通過中の急行電車に轢かれて死亡。



直也の交友関係や監視カメラの映像などから総合的に判断した結果、事件性はなく、

急性の心臓発作が原因による事故死として警察は処理した。



遺影の直也はにっこりと笑っている。

成人式の時に撮った写真だそうで、スーツをビシッと着こなしていた。

まさかお別れの場面で使われるとは思っていなかっただろう。


棺の蓋は閉じられていた。

事故により直也の身体はバラバラになっており、頭部だけしか見つかっていない。

しかも顔面の損傷が激しいため、このような対応になったそうだ。


見慣れた高橋家の面々は憔悴していてまったく別人のように思えた。

俺の母親が親友である直也の母親にしきりに何か言葉をかけていた。

しかし、息子を突然失った彼女は、うつろな目で機械的に頷くのが精一杯だった。




隆二は運転席の母親を見る。

彼女と会うのは大学の卒業式以来、実に三年ぶりだ。

過保護な母親からは頻繁に食事の誘いが来ていたが、

仕事が忙しいという理由で断っていた。

正直、距離を置いている。



隆二は帰り道、タクシーを使おうと思っていた。

だが『送っていく』と母親がしつこかった。

母親は自分の思い通りにならないと不機嫌になり癇癪を起す性格。

周囲の目もあるので、隆二はヒートアップしつつある母親のわがままに付き合って、

仕方なく車に乗り込んだ。



ブランド物のサングラスをかけた母親が正面を見据えながら話しかけてくる。

『そういえば彼女はいないの?』

「いないね。てかいらない。今は仕事に集中したいから」

隆二は大きなあくびをして目をつぶる。

「話しかけるなオーラ」を漂わせて。



運転席から微かな舌打ちが聞こえた。

一方的に会話を打ち切られた事が母親は気に食わなかったのだろう。

だが、彼女も親心というものを多少なりとも持ちあわせてはいる。

息子の狸寝入りを確認すると、そのまま運転に集中する事にしたようだ。




隆二は人並みに恋愛をしてきて、二桁はいかない程度の女性と交際してきた。

しかし、交際期間は最長で二ヶ月。

歴代の彼女にはことごとくフラれてきた。


破局の原因はいつも同じ。

「愛子」が原因だった。


隆二は無意識に愛子の面影を彼女に重ねていた。

いや、愛子の面影があるから付き合っていたのだと思う。


しかし、一緒に過ごしていくうちにやはり「愛子」ではない事に気づく。

「愛子」だったらこうするのに。

「愛子」だったらどうするかな。


「愛子」だったら。「愛子」だったら。「愛子」だったら。


無数の「愛子像」で彼女を塗り固めて、「愛子」を作り出そうとしていた。


彼女からしてみれば、知らない女の名前を出されるだけでも嫌なのに、

その女のように振舞う事を求めてくる隆二の異常な執着に我慢が出来なかった。



『愛子って誰よ!!もう別れる!!』

『別れよ。隆二、他に好きな人いるんでしょ?愛子っていう子…』

『私は愛子じゃないよ…さようなら』


そんな感じで別れの言葉には「愛子」という名前がつきものだった。



本気になった恋は、愛子が最初で最後。

隆二が求めているのは愛子との恋愛。


でも彼女はもういない。そんな世界生きている意味あるのだろうか。



雨が軽やかに降り始める。

車内はパラパラという心地いい雨音に包まれる。


隆二は夢に現実逃避をした。


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