第23話 魔王……
人が魔物を倒すと力を得るように、また逆に、魔物が人を殺すと力を得るように、魔族もまた神及び勇者を倒せば力を得る。
ただしそれは、人が、魔物が、互いを倒すときに得られる力の比ではなく、ベテランの神でさえも尻込みするようなレベルにまで爆発的に強化する。
ロストワールドの救済には早急な対処が求められるため、神が死んだとわかればすぐさまベテランの神々たちで構成されたパーティーが当該魔王を倒しに行く。
しかしそれも【下流世界】がロストワールド化してしまった場合の話。【中流世界】【上流世界】ともなればただでさえ危険な救済がもはや神でさえも手に負えない状態になってしまうので、ロストワールドが滅ぼされるまでただ諦観するしかない。見捨てると言うわけだ。
何故魔族や魔神が世界を滅ぼそうとするのか? 何故魔神や魔族が勇者や女神を倒すと爆発的に強くなるのか? 理由もそのメカニズムも共にわかっていない。
勤勉だった私も神養成院時代気になって記憶の間で情報を探してみたのだが、魔族や魔神に関しての情報は、
『邪悪な心を持ち、世界にがいを与えようとする者』『他の種族とは違い、世界の滅亡を望んでいるひどく好戦的な種族』と、
どれも授業で習う表面的なもののみで、芯に迫るような情報は全く見つけることができなかった。
そんな……私のような下っ端が介入して良いようなレベルではない魔王が今、目の前で普通に族長たちと会議していた。
「……と、以上の作戦で結構する……つもりだ」
今、魔王の要望によりもう一度作戦を一から伝え直していたマクスの説明がようやく終わった。
「ではその先々に七怪傑を配置すれば良いのだな」
マクスの作戦は、大陸の中心を横断する中央山脈を挟み、南北二軍ずつに別れ魔王領へと進軍すると言う至ってシンプルな物だ。
「現在【七怪傑】は五人いるが、残り一人はどうする? まさか貴様ら連合軍で七怪傑を二体を同時に相手できるなど考えていまいだろうな?」
さっきから冷や汗が止まらない……。神でさえもてをこまねく魔王が目の前にいると言う事もあるのだが、それをさらに助長している物……
「クソ魔王が……っ!」
そう、先ほどから今にも飛び掛からんばかりに睨み付けているミルの存在だ。他のものは恐怖で冷や汗しながら大人しくしているので問題ないのだが、ミルだけは魔王に悪い意味で慣れてしまっているのか、いつ魔王が切れてもおかしくない事を平然といい続けていたのだ。
――何これ!! てか! 胃が痛くなるからやめてくんないっ!?
「勇者様が連れて来たダンジョン出身の魔物がいる。残り一体はその者らに任せるつもりだ。」
ヘインの村にいる魔物たちのことだ。元々戦略的価値があるからと言って国民に無理を言って生かしておいてもらったのだから、当然作戦に形だけでも組み込んでおかねば内部で反乱が起きかねない。
そう言う理由で今回作戦に組み込まれたのだろう。
やつれた様子の国王ネフマト。多分私が連れて来た魔物たちが原因なのは間違いないのよね……。しかも、魔王討伐に本腰を入れ始めた辺りから「何故魔王を倒す必要があるのか?」と言う声がだんだんと大きくなっていたらしいし。
『強大な敵よりも更に危険なのは無知な味方である』という言葉があったけど、それに似たようなものね。まさか初救済でそんな状況に出会すなんて。
にしても、マクスは肝が座ってるわね……魔王を前にして平然と口を聞けるなんて。いや、よくみたら冷や汗めっちゃかいてた……。
『サテラさん、どう言う状況ですか……? これ。サテラさんはあの人を倒して欲しくてここに僕に助けを求めたんですよね?』
通信を使い直接脳内に語りかけてくるユリムくん。
言いつつ胸元から初めてこの世界にきた時に持っていた紙を取り出し机の下で広げた。
『ここで仕留めたいのは山々なんだけど……ここで戦うと犠牲が出過ぎるの。ここは魔王の話に乗っかっておきましょう』
『………すごい……っ!! 流石サテラさんです! そんなことまで考えているなんて。僕はそこに至らなかったです、』
「なるほど、となれば率いるのはあのドラゴンか。お前達にアドバイスだ。フィノクは十波削れば貴様らでも七怪傑を倒せるといったらしいが、あれは嘘だ。六波程度で貴様らも戦える程度にはなる」
「……くそ魔族が」
ミルぅぅぅ!? ほんとにやめてくれる!? 冷や冷やしすぎてもう胃が悲鳴あげちゃってるからっ!!
「そう言うな。悪気はなかったはずだ、見栄を張りたかっただけなのだろう。可愛いものじゃないか。多めに見てやれ」
よっぽど魔王の方が大人なのはなんなのだろう……。
「茶目っ気出してんじゃねえクソ魔族。可愛くもなんともねえよ生け捕りにして肉詰めにすんぞ」
口わっるいなおい……。ほんとにやめてよぉぉ……。
その頃魔王城では、戦争開始の知らせを聞いた魔族幹部らが集まっていた。
そして……
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ!!! ふんぶがぁぁ!! ぶあぁ! がぁぁ!!」
魔王軍幹部四狂衆が一人フィージャは、癇癪を起こし暴れ回っていた。例の如く、超過した感情を口から溢れ出させて。
「お嬢!? ダメですよここで魔法なんて使ったら!! 魔王様に怒られちゃいますよ?! ひゃぁぁああ!!」
『ガッシャーンっ!!』
絶叫と共に城の廊下に響き渡る轟音。
「あぁぁ!! それは魔王様が暇つぶしでお造りになられたフィージャ様の像!!」
「ふしゅぅぅ……ぱぁぁ!!」
「つ、次は何をぉぉ!?」
先ほどからフィージャを諌めようとしている、淡い蒼色の長い髪、胸元のペンダインとが目を引く黒を基調とした装束を纏った女性が
魔王軍幹部四狂衆の一人、【アヌクス】だ。
「よう、嬢さま。見ない間に随分しとやかになったじゃないか」
「プルセト! お前もお嬢をなんとかしろ!!」
「んなもん、なんか珍しい食べ物でもあげてれば落ち着くだろ」
そういうと、豪奢な服を纏った伊達男は、魔法陣を使いその場から消え去った。
「は?」
アヌクスが反応を示すと、すぐさま魔法陣が現れ、手にはたくさんの物珍しい食べ物を抱えたプルセトが。
「俺の任されてた土地の食い物だ。ほら嬢さま、これあげるから大人しくしろ」
「ば、馬鹿! 子供扱いしたら……!」
「ん? おぉ!! プルセトー! くれ! 全部くれ!」
先ほどまでの憤怒はどこへやら、食い物に飛びついたフィージュは幸せそうに頬張り始めた。その端でプルセトはアヌクスの方をドヤ顔をみせ、
「……まさか」
「ほらな」
突然の魔王来訪に、一度は死を覚悟したものの、それも杞憂に終わり、魔王は作戦合わせを終わらせるとすぐに消えてしまった。
魔王がいなくなった後、嵐が過ぎ去った後のような静けさが会場を満たしていた。
「サテラさん、あの人は……本当に悪い人なんですか?」
「悪中の悪!! それだけは雨が降っても槍が降っても変わんないわ!」
と、言って見たは良いものの、本当に魔王は何が目的なのか全くわからない。
すると、ミルが立ち上がった。
「外の空気を吸ってくる」
辛い過去を思い出したのだろう。私はそう思い、喉まででかかっていた言葉をそっと飲み込んだ。
「ミルさん……?」
「ユリムくん。」
後を追おうとしたユリムくんをそっと抑え、ユリムくんも何かを悟ったように席につき直した。
また沈黙が会場を満たす。
「本当に……あんなのに勝てるのかよ……」
誰の声だろう。
大多数の気持ちを代弁したようなその一言は、静かな会場に、やたら響き渡った。
――ダンっ!!
「誰だ今のは!!」
台を叩きつける音と同時に、ドスの聞いた声が先ほどとは比べ物にならないほど響き渡る。
でも、そう思うのも仕方ないのかもしれないと思った。なんせ女神の私ですら圧倒されるほどの存在なのだから、人がそういう判断に至るのも無理はない。それに、ユリムくんの見た目が頼りないのも少し問題なのかもしれない。
「イーア、落ち着くのじゃ。マクス、一度散会にし、後日改めて作戦を伝えよう」
「……はい」
会議はそこで終わり、私とユリムくんは人間らと重たい雰囲気のまま会議室へと向かった。
その途中、真剣な顔でヴァルトが声をかけてきた。
「……サテラ、どう見る?」
「? どう見るってたって、作戦を知った上であえてそれに乗ってくるって話でしょ。もはや理解不能よ……」
「……いや、そうじゃない。魔王が現れた時、ミルは何かをしようとしたが途中でやめた。あれ」
「途中でやめたんじゃなくて、魔王が何かしたんじゃないの?」
瞬きしてて見てなかったからわかんないわ。それがどうしたのかしら?
仏頂面で一点を見つめるヴァルトの横顔を眺めていると、すぐに会議室についてしまった。
「どうするんスか。総司令……まずいっすよ、志気が尋常じゃなく下がってるっス」
「わかっている。もはや明日決行する他あるまい」
マクスの思わぬ一言に一堂が驚きの声を上げる。
「明日!? 確かに準備はほとんどできているとはいえ、あまりにも無謀ですわ!?」
「そうっスよ! 明日だなんて!」
「いや、ワシとしては賛成じゃが、マクス、理由を聞かせてくれんか?」
「はい、今回、幸い魔王見たのは上層部の人間のみです。しかし、時間が経てばあっという間に広がってしまうでしょう。そうなる前に行軍し、もう後に引けないという状況を作るのです。あの事はまだ伝えておりませんので、『もし逃げたならば、魔王は真っ先にその種族の里を焼き払うだろう』とでも伝えれば良いのです」
あの事って、魔王が『他の種族を殺すな』って命令してることかしら? でも、他の種族を騙して駆り立てるなんて……いや、今はそんなこと言ってる場合じゃないわ。
……でも、ちょっと良心が痛む。
「確かにそうじゃな。善は急げじゃ」
「それは一理あるっすね……わかったっす。今日から明日の行軍に向けて準備させるっす」
「わたくしも、」
「ワシもあすに向け準備しておこう」
「アテウ? どうした?」
マクスはずっと考え込むそぶりを見せていたヴァルトにマクスは声をかけた。
「……準備しておこう」
いうと、ヴァルトは私の方を向き、「……外にきて」と呟いた後、会議場を後にした。
明日の準備をさせるためにユリムくんを部屋に連れて行った後、私は一人でヴァルトに指定された城壁の見張り塔へと向かった。
「いったいどうしたのよ?」
綺麗な髪を風になびかせているヴァルトに後ろから声をかける。
「……この中に、裏切り者がいる」
ヴァルトの口からそのことばが出たことに、私は自然と驚きはしなかった。
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