第22話 戦慄
「……そうか」
「はい。 もう良い頃合いかと」
薄暗い部屋を妖しくランプが照らす魔王城の隠し部屋。
そこに佇むのは、鋭い眼光の魔王バステア。
その眼前には麻のロープに身に纏った男が跪いていた。
「しかし勇者のことなのですが、聖剣を作り終えて魔物を引き連れ帰ってきたかと思えば、次はずっと王国内にとどまり人間たちとともに訓練に励んでいるのです。魔物の大群をすでで倒すなど、とんでもなく強いのは確かなのですが、どうも成長が見られず、」
「あの勇者はあれで良い。あれに足りないのは戦闘経験だ、力は十分にある。それに、お前も見ただろう」
「た、確かに。大砲の玉を弾き返したのは正直驚くどころの話じゃありませんでした……」
「それより、お前を人間の国に送り込んで二百年ほど経つか」
「は……」
「最近王国に族長どもが集まったようだが、どうだ? 久しぶりに会った娘はたくましく育っていただろう」
「は、はい……」
娘の話を振られ露骨に肩を竦める男に、バステアは微かな微笑みを向ける。
「何度目だろうな、お前の娘が俺を殺しにここへお使いに来たのは。何度も何度も、お前の仇を取ろうと必死になって、単体で乗り込んできた事もあったぞ」
「……そうなのですか。誰に似たのやら……」
「確かにお前には似ていないようだが」
「母親に似たのでしょう……娘の無礼をお許しください……」
「……そうか」
連日続くユリムくんの訓練の合間に、私は王城の会議室へと赴いていた。
国王は公務にあたり、マクスは大戦の準備で出払っており、その他の者も全員訓練に努めているため、会議室には誰もおらず、円台に広げられたかなり劣化した地図があるのみだ。
ちなみに魔族のフィノクは、魔族の研究のためにと、地下の研究施設に拘束されている。
私は部屋をぐるりと見回した後、再び円台の上の地図に目を落とした。
「うーん、やっぱりこの地図……精巧すぎるわ」
この前見たときは気にならなかったんだけど、暇を持て余してる間にいろいろ考えてると……いやすることないから仕方ないじゃない! この世界全然平和だから日常生活に困ることなんて全くないし……。
て、そんなのは置いといて……この世界の人間の測量技術でこんなに精巧な地図作れるわけないのよね……まるで空から見たように正確だし。
私はこの地図の出所が気になって仕方なかった。私の勘がビンビン反応しているのだ。この地図はこの世界の異常を解明する何か、重大な鍵になると。
『ガチャ』
と、地図を前にあれこれ考えていると扉の開く音がした。
「どうも……てあれ、女神様一人っスか?」
「あらハヌマじゃない、ユリムくんの訓練は終わったの?」
「そりゃも、ユリムさんすごいんスよ! もう僕の剣速を超えちゃって、もうこの世界でユリムさんに剣で勝てる生物はいないっス!」
まくしたてるように興奮してユリムくんのことを語るハヌマに私は地味に気圧される。
ま、負けたのにえらく楽しそうね……?
ユリムくんはヴァルトのところで剣や魔法、対人対魔の戦い方を学んだ後、ハヌマのところでさらに深く剣の訓練、そして対複数戦の訓練をしていた。
私は完全に蚊帳の外……一人する事もなく暇を持て余していたから、以前から微妙に気になっていた地図の……ここにきたと言うわけだ。
「にしても、ユリムさんモテますね〜うちの軍の女性陣からかなり人気あるみたいっスよ」
「何言ってんのよ。いいのよそんなのは。それでユリムくんは?」
「次はイーアさんのところに行くっていってましたよ。ヴァルトアテウのところで訓練積んだんならもう他で得るものなんてないとおもうんスけどね」
自虐を交えてハヌマは微笑する。
確かに、むかつくけどヴァルトが人間の中で一番強いのは確かだわ。魔法はケリドが圧勝だけど。
「魔法なら……ケリドに習えばまだ上達するかもしれないわね……」
「いやいやいや確かにそうっスけど! あそこに行くのはやめた方がいいっスよ! 本当にあそこにいったらユリムさん何されるかわかったもんじゃないっスから!」
「ナーガとアラクネね……そういえばあの性欲をどうにかするために巨人族をペアにしたんだったわね。ケリド軍の男連中は被害に合わないようにヴァルトんとこに移ったらしいし……」
ここまでしても残念ながら、性欲お化けによる被害はゼロではない……。
特に初日は酷かったらしい。種族を束ねるのが仕事のはずの族長が真っ先に飛びつき回って、それを理性強めのナーガが抑えていたんだとか。そして城下に降りたナーガ達も、酒の入った勢いでまぁ……いろいろやらかしたらしい。
なまじ美人なだけに、被害者は『悪くない体験だった』と供述しているとのこと……まぁ、それなら良かったと。そして国王はこれを経て、『今後の人間とナーガアラクネ達との交流の架け橋になるかもしれない』とかなんとか言ってたが、そういう話はユリムくんの前ではしないで欲しいわ。
「にしても、女神様がなぜここへ?」
あ、そうだった。地図のことをちょっと聞こうと思ってたんだったわ。
「ハヌマ、この地図は誰が持ってきたのかしら?」
「え? 一応、測量はマクス総司令の領分っスけど……僕がここに初めて入ったときはもうすでにあったっスね。何かおかしいところでもありますかね? かなり精度の高い地図だと思うんすけど」
ハヌマが目を近づけ地図を凝視する。
地図の状態から見ても確かに少なくとも十年以上前からここにあったってことになるわね。ハヌマが知らないのも無理はないか。
私の勘違いならいいんだけど……。もし私の勘が当たっているのであれば私たちの作戦はあっちに筒抜けになっていると言う可能性すらある。
圧倒的不利の状況でさらに作戦が筒抜け……もしそうであればもはや目も当てられない。
私たちの作戦の命綱だった『魔族の慢心』が狙えなくなり被害は想像絶するものとなる。
そう、この地図が表す意味は主にこちら側の人間が魔族と内通している可能性だ。
「ここには他の種族が入ったことなんてないわよね?」
「そうっスね、つい最近まで近隣の竜人族と魚人族を除いて他の種族とは本当に関わりなかったですし」
他の種族に裏切り者がいると言う線は薄いわね……あるとすれば竜人族と魚人族、いずれにせよこんな精巧な地図を作る技術はない。
とすれば、この世界で唯一空を飛べるハーピー族か、魔族。魔王誕生は二百年も前の話なんだからハーピーが支配されたのは最近のことではないはず。つまりはこれをここに持ってきたのは何かしら魔族に繋がりのある者。しかも一人ではない可能性もある。
二百年……あれ? 二百年も空白の時間があるのならこのくらいの測量はできちゃったりするのかしら?
確かに二百年も記録が抜けてるんだからこのくらいの技術進歩があったとしてもなんら不思議ではないわ。たったの数十年で爆発的に技術進歩した球世界もあるって聞いたことあるし……もしかして本当にただの私の勘違いだったりする?
「くまなく調べてみましたけど特におかしなところはないみたいっスよ?」
「そ、そう?」
いやでも、この不可思議な世界、尚且つ不審な点がある以上この地図の出所は掴んでおきたいし……。
「もしかして裏切り者の可能性っスか?」
「え?」
「少し思い当たる事があって。僕が思うに、イーアさんが一番怪しいと思うんですよね」
「イーア? どうして?」
「女神様もしってるように、あの人めちゃくちゃ脳筋なんスよ、一もニもただ突っ込んで魔物を倒すことしか考えてない。そんな人があの歳まで五体満足で軍曹やってるなんておかしくないっスか?」
た、確かに!! 軍曹の中ではダントツで年上! 人間の寿命は七十年程度だから、かなりの歳であることに間違いはない!
「それに、体に傷一つないんスよ? 明らかに不自然すよね。僕ですら一兵士だった頃に魔物に受けた傷が残っていると言うのに。矛盾してます。再生能力が高い魔族だと言う可能性はないでしょうか? 捕らえた魔族も再生能力が異常に高かったようですし」
い、言われてみれば!! てか、え、再生能力が異常に高いって……いや、今そこを気にしてもしょうがないわ。
「不自然であることに間違いはないわ……と言うか不自然でしかない……でも、それならマクスだって大概だと思うんだけど? 聞いた話によれば、魔族相手に負け知らずなんでしょ? 全く何もわかっていない状態で全勝なんて、それこそ不自然極まりないことじゃないかしら?」
「それはあの魔族が言ってた魔王の『他種族を殺すな』の裏付けになることなんじゃないですか? 死ななければ弱いこちらとしては勝ったも同然ですし」
くぅぅ……! 確かにそうだわ! 勝ち負けの基準が死なないことなら確かに魔族が魔王の言いつけを守っていれば全勝することになる!
私の勘違いなのかも……イーアは特に魔族の特徴持ってないし。雰囲気も人間のそれだし。
「まぁこの件は保留と言うことで……憶測だけで話を進めるのは問題だわ、私の方でいろいろ探ってみるから」
なんて言ったものの……遂に行軍前日まできてしまった。
だってさ! 不審な動きなーんにも何もないのよ!? 魔王の考えてることだってまだ何もわかってないんだしさ!!
でもまぁ……そうよね、ここにきて数ヶ月の間一度もそんな気配無かったんだし。
「作戦は前回話した通り、魔物討伐を最優先とする」
城内大広間で族長らが集まり、作戦の最終確認が行われていた。フィノクは、ミルが会議で疑わしいと行ったことにより、魔王と何かしらの手段で交信している可能性があるとしてあれからずっと城の地下施設に囚われたままなのでここにはきていない。
でもまぁ、ユリムくんだって前とは比べ物にならないほど力をつけたはず。裏切り者がいたところで気合で押し返せるはずだわ。初めて魔王軍と相対したあと、『本当は1秒もかからず』うんぬんかんぬん言ってたもの!
マクスがところ細かに作戦を伝えているのを聞き流しながら自己弁護していると、
「よう」
低く静かで、かつ下腹に直接響き身を震わせるような威圧感を孕んだ声が、会場一体に一瞬で静寂をもたらした。
この全身から汗が噴き出す緊張感、心臓をギュッと鷲掴みにされたような胸を襲う痛みの錯覚。その場にいるだけで女神である私が息苦しくなるほどの威圧感。
見ずとも、この邪悪で冷徹な魔を孕んだ声だけでわかる。
ま、魔王……!
何度か対面し、多少は慣れがあったとしても、それでも私の体は硬直してしまう。
だが、私は、咄嗟に聖剣に手を添えたユリムくんに声をかけることができた。
ユリムくんと同様に、私も女神として成長したのである。
『ユリムくん、待って! ここは様子をみましょう!』
『え……? は、はい。わかりました……?』
親玉を目の前にして何故そんなことを言うのか? って反応ね。もちろん、私もこんな好都合なこと逃したくはない。
でも、あの何を考えているのか全くわからない魔王だ。おそらく何かある。
いや、そんなことはどうでもいいのだ。
もしここでどんぱちやろうものなら、今ここに集まった妖精族を除いた全種族の族長、及びここに暮らす住民達、そして集まった数万の兵士……それらの命はない。
腐っても一度は勇者と神を落としている魔王。ここら一帯をを焦土に変えるくらいわけないはず。
「全員会しているようだが、戦争の準備はできたのか?」
さも当たり前のように開いた席……オーク族とゴブリン族の間の妖精族の族長が入るはずだった場所に座る魔王。
そして、不幸にもそこはエルフの族長ミルの真正面に当たる席であった。
魔王に対して差し出される右手。その右手に集まるように風が渦を巻き室内に風切り音が起こる。
「よくもぬけぬけと……舐め腐りやがって!!」
声とともに魔王に向けて放たれる暴風の矢。室内の大きな弾幕が鈍い音を立てる。
その魔法の影響を全く考えていないような、精霊術による暴力。その暴力が向けられた先にいるオークの族長、ゴブリンの族長の顔は風圧で酷い具合に歪んでいた。
「「あぶぶぶぶぶ!!」」
……笑うところじゃ……ないのはわかってる!! 止めないと! もし魔王の癪に障ればこの世界は滅亡したと言っても過言ではないほどの被害が出てしまう!
「ミル! おさめなさ……っ!」
と、その瞬間、私は目を疑った。
言うより先に、その暴風の矢は跡形もなく消え去っていたのだ。
「相変わらずだなミル? 状況を理解していないようだが」
何が起こったのか、女神であるわたしにすらわからなかった。
しかし、同時に察したのだ。ここはやはりこの世界は
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