第21話 大戦の兆候

 その夜、デステンブルグ王国はお祭り騒ぎとなっていた。

 国王の計らいで娯楽施設が全て無料となり、族長の護衛としてついてきた人々は外で遊びまわっている。

 族長などの主要な人物らは情報交換のため、城内で酒を酌み交わしている。


 酒の力は凄まじく、全く交流のなかった種族同士でさえもすでに打ち解けてしまっていた。

 戦争のために集まったとは思えないほどの享楽ぶり。

 しかし、全種族が集まったというのだから、当然、あいつらもいるわけだ。


「ヴァルトにミル……離れなさい!!」


 そう、私は今ユリムくんに結婚を迫る面倒な輩からユリム君を守っている真っ最中だった。

 集まった者達の挨拶を受けた後、私とユリムくんは騒ぎの中心から離れ角の方に集まっていた。


「……じゃま」

「じゃまするなオブジェ女神! 貴様はなんの権限があってこんなことをしている!」

「んなもん女神だからに決まってんでしょうが!!」

「ま、まぁ皆さん……落ち着いてください……」


 いやいや! 落ち着いていられないわよ! ただでさえ面倒な二人が酒が入ってさらに面倒な奴に仕上がってるんだから! 目を離したらなにをしでかすかわかったもんじゃないわ!


「てか、ミル、あんたは族長でしょうが。内部でいざこざが起きないように今のうちにエルフ族のこと説明しときなさいよ。いろいろあるんでしょ? しかもあんたらプライド高いんだし余計に」

「いや、私は人見知りだ。だからする必要はない」

「いやいやどの面で言ってんの!? てかそれ理由になってないけど!」

「だまれ、タナクが話しているのが見えないのか。そしてどけ!」

「……どいて」


 なんなのよまじで! こいつら! 私は女神だっての! 


「ナーガとアラクネを逃れたと思ったら次はあんたらか! 本当に疲れるわ。世界の危機なんだからもっと気張りなさいよ」

「四六時中気を張れるかよ。擦り切れて死ぬから」

「……もしかして女神って馬鹿?」

「こら! 全女神・男神様に謝れ!!」


 全く。これじゃ女神の威厳がなくなってるわ。


「にしても、これで全員じゃないですよね? 妖精族のフィノさんとかいませんし」


 何か引っかかるような顔をしていたユリムくんだったが、どうやらここにきていない者たちのことを考えていたようだ。


「妖精族はマイペースだからきてなのかもね……それにハーピーは魔王の支配下だし、でもそれ以外は来てるわよ」


 まぁ正直妖精族が約束を守ることなんて期待していなかったわ。きたところで遊び出して話が滞るだけだろうし。

 ハーピー族は、魔王城がある大陸の端にある巨大な山脈の麓に住んでいるため、そもそも今回の話は伝わっていない。


「そうなんですか……支配……あの人がそんなことするなんて……」


 これは……っ! ラッキーっ! 逡巡していたユリムくんを魔王討伐に向かわせる口実がまた一つできたわ! これで訓練にも身が入るだろうし、この調子で頑張ってもらうとしよう!





 同時刻、魔王城。隠し部屋。


「魔王様のおっしゃっていた通りにことが運びました」

「そうか」

「はい。さすがでございます」

「貴様の娘は直情的だが冷静な判断ができないわけではないからな。同盟のメリットを示してやれば当然それに食い付く」

「まさしく、ミルの一言で全員が納得しておりました……どうなされましたか?」


 黒い外套をまとった男は、魔王の機微を悟ったのか声をかける。

 魔王は短く息を吐くと、ランプに手を掛けた。


「お前はなぜ魔族と他の種族が争うのかわかるか?」

「それは……」


 不意の問いかけに男は戸惑いを見せる。


「歴史か? 百年以上前にそうではないことが証明されたはずだ。攻撃をやめ、城を大陸の端にうつし、妖精王の力で大地を隆起させ事実上外界との交流を絶った。その後奴らはどうした?」

「種族間で争いを……」

「ああ、そうだな。質問を変えよう。なぜアイリスはこの世界を滅ぼそうとするかわかるか」

「わかりかねます。何故なのでしょう……」

「俺は勇者と女神を殺した際に力がみなぎる感覚を味わった。これは憶測だが、おそらく世界を滅ぼせば魔神も力を手に入れることができるのだろう。それを何に使うのかは全くわからぬがな」

「力を手に入れるためにこの世界を滅ぼすと……? ですが、魔神は魔王様よりの強いはずなのでは? だとすれば自ら手を降した方が……」

「以前の女神は俺が手を掛けたとき一切抵抗を見せなかったが、それと関係があるのかもしれぬ。ただ今回、勇者及び女神が降臨したことで確信したことは、世界はここだけではないということと、神も女神も一人ではないということだ」

「こことはまた違った世界があると!? ですが、それが何を意味するのでしょう……?」

「貴様には関係のない話だ。今後もスムーズに事が運ぶように尽力しろ」

「はっ!」




 数日後、完全に打ち解けた様子の族長らが一堂に会していた。


「まずは女神様が捕獲した魔族から得た情報を開示しようと思う。魔族から直接得た情報ゆえに信憑性があることは間違いないが、鵜呑みにすることだけは避けて欲しい。あくまで参考程度だ」


 昨日とは打って変わって、全員が真剣な表情をして席に座っていた。

 作戦についてはやはり人間……マクスが完全に仕切るようだ。

 マクスの隣にはガチガチに拘束されたフィノクが疲弊し切った様子で置かれている。

 私たちも席につき、ユリムくんはまた緊張した様子でマクスの言葉に耳を傾けていた。


「この魔族の紹介をする。まず、魔王軍は七怪傑と四狂衆という幹部クラスがおり、こいつは七怪傑の一人だ。この情報は間違いない」


 マクスの言葉を聞き、どよめきが起こり、フィノクはガクガク震え出した。どうやら殺気のこもった視線に怯えているらしい。


「なんだか……フィノクさん小さくなってません?」

「力を封印したから縮んだのよ。多分……」


 敵ながらかわいそ過ぎてちょっと同情しちゃうわ。


「まずは魔族の性質についてだ。魔族が率いている魔物は全て魔力で操っているものだそうだ。操れる魔物のレベルについても、各個体で差があり、七怪傑レベルであれば最大で第一級警戒魔獣程度を百体同時に操れるらしい。人間の魔物階級制度については後に話す」


 人間の第一級は推定ランクB程度、だからケルベロス換算で百体操れることになる。

 人間であれば確実に負けるのに、そんな恐ろしいことをよくさらっと言えるわね……。


「魔族の脅威はその膨大な魔力にある。操ると同時にその魔力で魔物を召喚することもできるらしい。魔族については以上だ。次は対魔王軍戦の編成やその他について話す」


 あれ? 終わり? 意外とあっさりしてるのね。やっぱり目ぼしい情報をえられなかったんだわ。

 戸惑う私を他所に、マクスは真剣な顔を崩さず作戦の話へと移す。


「まず率直に言えば、我々が戦う相手は魔王でも魔王軍幹部でもない。【魔物】だ。知っての通り魔族は強大であり、ある程度の水準を満たしていなければいくら束でかかろうがモノの数に入らない」


 トゲのある言葉になにやらまたざわつき始めたが、自分らが敵わなかった事実を鑑みたのか、異論を言うものはいなかった。


「我々連合軍は基本的に、魔物を倒すことに専念する。そして幹部、及び魔王の討伐は勇者様と女神様の力に頼る。幸い、圧倒的な魔族にも弱点があることがわかった。魔物を倒せばその魔物に使われていた魔力は霧散し、その魔力は魔族には還元しない。つまり魔物を倒し続ければ私たちにも勝機が見えるかもしれないラインに魔族の力を落とせる……かもしれないわけだ」


 かもしれないの二重がけ、確かに不確定要素が多いのは事実。私だっていまだに魔族の全貌を知っているわけじゃないのだから仕方ないことね。


「魔族がそこまで黙って傍観しているわけがないだろう」


 やはりこの全く不完全な戦闘方針に対して、声を上げるものがいた。

 そりゃあそうよね。マクスの指示一つで何千何百という人の命が動くのだから。


「もちろん、の言う通りだ。この捕獲した魔族、そして二ヶ月ほど前に現れた魔王の言動を見る限り、奴らにも並以上の知性があることがうかがえる。故に人間でも敵う程に弱体化させることは無理だろう」

「だろうな。だが、私も魔王とは面識がある。やつらの弱点は慢心しているところだ。勝算があるとするならばそこだろう。空想の域を出ないがある程度は弱体化できるはずだ。どれだけの数狩ればある程度戦えるレベルまで落とせる?」


 ミルはプライドが高いから唯我独尊的な態度を取るかと思ったけど、意外と協力的なのね。

 まぁ流石に一族をまとめる長なだけあるわ、親を殺さた相手の話なのに感情を表に出してない。まさにプロフェショナル……普段の直情的なのを除けばもっといいのに。


「答えろ」


 マクスはフィノクに対する不信感を減らすためか、自ら答えるのではなく、マクスに回答を回した。

 フィノクはびくりと体を震わせ、集まった視線に怯えながらも素直に答える。


「はい……一度に操れる魔物の数は限られていますので、十波程度ほど削り取れば、大体半分くらいの魔力を消耗させることができるかと……魔王様や、四狂衆の皆様については私にも想像つきませんが」


 フィノクが従順に話すところを見て一堂驚愕の表情を浮かべる。


 て言うか、私女神なのに全然意見出せないじゃない。完全にミルとマクスの討論になってるわ。確かに他の種族じゃ知能が追いつかないから話にすら参加できないのだろうけども。


「と言うことだ。魔族は基本波状に魔物を召喚する。一派の威力は当然、皆知っているだろう」

「えらく従順だなその魔族は」

「……そう言う仕様だ」


 マクスがチラッとケリドに視線を送ったのを私は見逃さなかった。


「だが魔王からのスパイと言う線も消えないだろう? その魔族は信頼に値するのか?」

「それなら問題ないと思うわ。こいつ魔王に私たちの作戦を全力で手伝えって命令されてるから」


 ここだと思った私は間髪入れずにマクスとミルの間に言葉を挟んだ! やっと発言できたわ!!


「バカか。もし魔族同士で特殊な魔法を利用して交信していたらどうする? 危機管理能力のかけらもない発想だな。そう言う奴は騙されて殺されるのがオチだ」


 女神である私を、ひどく馬鹿にしたような顔をしてそう吐き捨てた。


 !? くそぉぉぉ!! なんなのこいつ!? マジむかつく……!!

 いけない。落ち着け私……ここは人々の視線がある……女神としての器量を見せるのよ!


「……私もその現場にいた。その魔族は大丈夫なはず」


 一瞬逡巡していると、横から思いがけぬ助け舟が入った。そう、ヴァルトである。

 不本意ながら助かったわ……。


「おほほ……では話を続けましょうか。問題点はたくさんあります。私たちは完全に不利な状態で戦わないといけないのです」


 矛先を逸らすことしか思い浮かばなかったけど……。


「女神様の言う通りだ。魔族はいきなり現れいきなり消える。これだけでも我々は圧倒的に不利。それに加えて七怪傑のうち同時に二人を相手取らなければならないとなれば、我々の勝利への道筋は完全に絶たれてしまうだろう」


 よかったわ……マクスがうまく話を拾ってくれた。周りの目もそっちに向いたから安心安心。女神エフェクト様様ね。


「問題点は、神出鬼没であること。いや、それだけではない。問題が解決すればまた新たな問題が無限に浮上してくる状態だ、万全での状態で戦いを移動ことはできないだろう。今の間は魔王がこちらが準備するまでは攻撃の手をやめると言っていたため魔王軍の進行はないが、いつしびれを切らして襲ってくるともわからない」




 マクス主導で会議はすすみ、その日から各連合軍は合同訓練を始めることとなった。

 集団戦闘が得意なハヌマ軍には、個の力が乏しいリザードマン族二万五千、ゴブリン族四万、オーク族一万九千を組み込み。

 力でゴリ押しのイーア軍には、無駄に連携をとろうとするより好きに戦った方がいいと、個の力が強い竜人族一万、オーガ族一万二千、ミノタウロス族一万八千を。

 魔法を得意とするケリド軍には、前線補強の為に圧倒的な個の力を誇る巨人族四千、ナーガ族六千、アラクネ族四千が組み込まれた。

 オールラウンダー臨機応変に戦闘に対応できるヴァルトアテウ軍には、ヴァンパイア族六千、エルフ族五千、トロール族七千が、他と比べれば数こそ少ないが最強の戦力が揃えられた。



 数日後。

 ユリムくんはヴァルトアテウ軍の訓練に参加しており、剣の訓練や魔法の訓練に励んでいた。魔王側にも動きはなく、嵐の前の静けさのような、そんな平穏な日が続いていた。


「ユリムくんの調子はどう?」

「……上達がとんでもなく早い」


 まぁ、勇者には【成長速度上昇】があるしね。


 言い方は悪いが、暇を持て余していた私は、ヴァルト軍とユリムくんが訓練している訓練場へと赴いていた。

 救済中の女神の仕事は勇者のサポートだから、別にサボってるわけじゃないけど!?


 とまぁ、そんな感じで、他の軍人、種族たちと訓練しているユリムくんをヴァルトとくっちゃべりながら見ているのだ。


「でしょうね……勇者だし。他はどうなの?」

「……かんばしくない」

「でしょうねぇ……お互い自尊心の強い種族だし。【森の王】と【夜の王】どっちも王って呼ばれてるくらいだし。あんたならうまくやるんじゃないかと思ってたけど、流石のあんたでも難しかったようね」


 自尊心がとんでもなく高いエルフとヴァンパイア。言葉が通じず頭も悪いトロール……。

 おそらくヴァルトが一番大変な役を任されたのは間違いないだろう。

 下手すれば連合軍総司令のマクスより大変な役だ。

 いや……もしかすると、発情期のアラクネ族と年中発情してるナーガ族を任せられたケリドの方が大変かもしれないけど……。


 しかし、あの顔に表情を出さないことが最大の特徴と言えるヴァルトがかなり疲弊しているように見えた。苦労してるのね。


「……あの二種族は面倒くさい喧嘩はするけどまだマシ。極め付けはトロール。頭が悪いからすぐ教えたこと忘れるし、苦労して指導したことが一時間後には水の泡」

「大変ね……でもトロールは個の戦闘力は本当に高いから、」

「……わかってる」


 軍事関連になると真面目なのよねぇこの子。体調崩したら元も子もないからそこはいい塩梅で頑張ってほしいわね。


「体調崩さないようにちゃんと休養は取るのよ」


 と、声をかけると同時に、訓練を終えたユリムくんがこちらに走ってきた。


「サテラさん! 来てたんですね!」

「お疲れ様。調子はどう?」

「皆さんのおかげでうまくなったと思います!」


 謙遜してるみたいだけど実際はどうなのだろう? できるだけ正確に……いや、今じゃなくても良いわね。


「……ユリム。疲れた」

「え……? あの、アテウさん?」


 私が瞬いた間に、腑抜けたつらでヴァルトがユリムくんに抱きついていた。


「ちょっあん……!」

「おいこらぁ!! 抜け駆けすんなこの……この……!! えぇと……!!」


 虫の知らせを感じ取ったのか、私の声を遮りとっさに走ってきたミルがバッとこちらを振り向く! 

 すかさず私はミルが何を言いたかったのか察知し、即座にその言葉を発する!


「女狐よ!!」

「女狐ガァァ!!」


 しかし先ほどまでのしおらしさはどこへやら、ヴァルトは気迫あふれる顔で私たちの方を向くと。


「あっちいけ!! 今は休養中なんだ!!」


 いつもの溜まりのある語調ではなく、はっきりとズバッと、力強い声で叫んだ。


「何貴様だけ休んでんだよ! 貴様は何かしたのか!?」

「うるさいなぁ!! 疲れてるの!!」


 どうやら……ヴァルトに休養は必要なかったみたいね。

 ヴァルトに抱かれたままのユリムくんは頬を染めながら流石の状況に苦笑いをしていた。



 ……かくして、各種族のわだかまりはほぐれて(?)いき、魔王討伐に向けた訓練が着々と進んで行ったのであった。



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