第20話 知略

 聖剣を手に入れた私たちはデステンブルグへと戻っていた。


「ここに来るのも久しぶりですねー、みんなはどうしてるかな」


 そう溢すユリムくんの腰には、最初に買ってあげた剣と、もう片方には聖剣が刺さっている。

 そして、未だに新品同様の輝きを見せるプレート……。

 そう言えばユリムくんが戦ってるとこ、デステンブルグにきた時と魔王と戦った……って言っていいのかわかんないけど、それしか見たことないわね。他は全部蹂躙に近かったし……。


「そうね、うまく話が進んでいると良いんだけど」


 大丈夫かしらフィノクは。

 いや、魔族を心配するとか気持ち悪いことこの上ないんだけど、でも魔王の目的がわからない今、それを知る手がかりとなるのはあいつ一人だからさ。

 たく、初めての救済なんだからわかりやすく「世界滅ぼす!」とか「他種族憎し!」とかにしときなさいよね。


 胸中で毒づきながら城内を歩いて会議場を目指した。




 会議場前につき、「私よ、入るわよ」と一言置いて扉を開ける。


「ののののののの!!! 女神様ぁぁああああ!!!」

「え、何があったのよ?!」


 会議室に入ってから最初に目に飛び込んできたのはフィノクの絶叫シーンだった。

 変わらず円台の中心に拘束されており、取り囲むように国王ネフマトらが会している。


 本当に何があったの……? 拘束されてる事自体はまぁわかるけど。


「聞いてください女神様!!」

「魔族が口を開く必要はありませんわ! 聞かれてことだけに答えていれば良いのですわ!!」


 フィノクの言葉に被せるようにして台を叩いたケリド。

 フィノクは顔面が真っ青にしビクビクと身体を震わす。

 周りも特に気にしている様子はないが、流石のユリムくんもこれには苦笑いだ。


 ……えと……まぁ生きててよかったわ。何があったのかは想像したくないわね。さしずめ帰ってきたケリドが、憎悪に任せてフィノクをしばき回したんだろうけど。


 しれっとユリムくんにすり寄ろうとするヴァルトを制しながらユリムくんとともに席につく。


「それで、どうなの? 魔王の目的については何かわかったのかしら?」

「いえ、目的については未だ」

「うーん。だとしたら望み薄ね」


 マクスがここ一ヶ月付きっきりで調べていたはず。賢いマクスだ、それが一ヶ月もかかってわからないというのだからおそらくフィノクは本当に知らないのだろう。


「……魔物無理だった」


 しばし一考していると、ヴァルトが申し訳なさそうな声音で耳打ちしてきた。


「え?」


 なんのことやらわからず素っ頓狂な声をあげた私に、ヴァルトは続ける。


「……戦争用の馬で埋め尽くされてるから空きがない」


 ここでようやくダンジョンでユリムくんに懐いた魔物達についての話をしていたのだと気づいた。

 あぁ、それか……って、


「ほら見なさい! あんたどうすんのよ!? あの子達今どこにいるの!?」

「……まだ校庭に置いてる」


 少し元気なさげな様子だが、どうやら珍しく反省しているらしい。

 もう! だからあんなこと言うなって言ったのに! てか、それなら前からわかってたでしょうが!


「……それと、やっぱりハヌマは一週間寝込んだ」

「そんなことはどうでも良いわよ!」


 どうしようかしら……いつまでもここに置いておくわけには行かないわよね……。

 こそこそしている私たちのことを不思議に思ったのか、


「どうしたんですか?」

「え?! いや、なんでもないのよ」


 不思議に思ったのかユリムくんが首を傾げた。


 置いとけないということはつまり処分……されるということなのだ。そんなこと絶対にユリムくんに知られるわけには行かない!!

 ユリムくんがこれで落ち込んだりすれば魔王討伐に支障が出る可能性があるもの……。比較的強い魔物に慣れているところはないかしら……。


 あ、そうよ! ヘインの村があるじゃない!


 私はヴァルトに耳打ちする。


「近くにヘインの村があるでしょ? あそこなら色々あってケルベロスがすでにいるから、ある程度魔物に不信感は少ないと思うの。あそこに移せないかしら?」

「……大丈夫?」

「あんたにそれ言われたくないんだけど……多分大丈夫だと思うわ」


 これでとりあえずは安心ね。ヘインの村の人には迷惑かけるけど。

 いい案が見つかったことに内心ほっとしていると、ある程度話が煮詰まったのかマクスが話をまとめ出した。


「これまで不明瞭だった魔族の特質については女神様、勇者様のおかげではっきりしてきた」

「わかってきたおかげで雲の上の存在だったのが目の前まで降りてきた感じになったスね、もう何がきても驚かないっスよ」


 何か含意があるような……気がしなくもない。

 ……ハヌマ。またさらに成長したのね。よかったわ……よかったのよね?


「軍の編成についても、人間の軍に各種族戦える者が編入する形にしようと思っている」

「上手くいくのか? 噛み合わなければ内側から崩れて戦争どころじゃなくなるが。ワシら人間の合同演習でさえかなり気を使うというのに」

「懸念すべきはそこだ。女神様のお力と、魔王に対する共通の敵対意識のおかげでいざこざは緩和されるだろうとは思っているが、しかしそれでもまだ難しい部分はあるだろう。それに、その先……魔王討伐後を見据える必要もある。なんにせよ他種族との調和は避けては通れぬ道だ」


 へぇ、この段階からその先まで見据えてるなんて、流石人間ね。


「でも、まだその七怪傑? とか四狂衆の居場所はわかってないわけなんスよね? しかも、魔王と同じようにいきなり現れていきなり消えるんなら、圧倒的不利と言うか、勝ち目がなくないスか?」

「この魔族を調査した結果を元にアンチ魔法の研究が行われている。おそらく転移の対策は問題ないだろう」


 と、マクス、ハヌマ、イーアたちで話が進められていった。

 どんどん作戦が練られていくなか、私ははっとする。


「ヴァルト、あんた人に物を教えたりするの得意かしら?」

「……なに」

「ユリムくん剣の扱いと言うか、戦い自体に慣れてない感じなのよね。だから戦争の準備が整うまで稽古をつけて欲しいんだけど」


 そう、ユリムくんの修行の件だ。ユリムくんは、相手がどれだけ恐ろしい魔物でも明確にこちらを害してこようとしなければまず攻撃しようとしない。ドラゴンの一件でそれはよくわかった。

 しかし、これでは救済が滞ってしまうどころか、痺れを切らした魔王が成熟する前に私たちを殺しにくる可能性だってある。

 なので『訓練』という体でユリムくんの強化を図ろうというわけである。


「……任せな」


 先ほどまでの塩らしい顔はどうしたのか、キリッとした……風な仏頂面でそう一言。

 うわぁ……心配だわ。


「仕事とか訓練があるのなら一緒にやってくれても良いから、くれぐれも手を出すんじゃないわよ」

「……わかってるって」


 まぁわかってるわけがない。何か保険をかけとかないと。


「よろしく頼むけど……ユリムくん?」

「はい?」

「ヴァルトが剣の指導してくれるから扱えるように頑張ってね!」


 本当は戦いの中で徐々に慣れる物なんだろうけど……敵がいないんだから仕方ない。

 フィノクに魔物を召喚させて戦わせるのも良いかなと思ったが、リスクが高いし、近隣住民に不安を与えてしまうのでそれは廃案とした。


「そうなんですか!? ありがとうございます!」

「……妻として当然」

「あはは……でもよろしくお願いします!」


 ……どうしてくれよう。いやまじで。本当にダメだってのに。ユリムくんがこの世界から去るときに悲しみが倍増するだけなのに。

 まぁ、大丈夫か。さてと、私は魔物達をヘインの村まで連れていきましょうかね。一刻も早くこの国の人間達の不安をとってあげないといけないし……ヘインの村の人間達には申し訳ないけど。


「それじゃ、私は魔物たちをヘインの村に連れて行ってくるから」

「今からですか?」

「怖がってるだろうしね……しかも一ヶ月も士官学校の生徒は校庭を使えなかったみたいだし。まぁてことで行ってくるわ。すぐ戻って来るから」


 まだあれやこれやと作戦を練るマクスらと、その隣の少しやさぐれた様子の国王ネフマトを尻目に、部屋を出て校庭へと向かった。



「にしても、フィノクのあの怯えよう……相当ケリドにしごかれたのね。演技だって言ってたけどあれ絶対素だわ」


 七怪傑のうちの一人は既に無力化して、もう一人は行方不明。つまり残るは五人。そして四狂衆がフルで四人だから、先に倒さないといけないのは九人ね。


 七怪傑や四狂衆が操る魔物たちは同盟軍に任せても大丈夫だと思うけど、四狂衆本体は勇者しか戦えないはずだから、ユリムくんには頑張って強くなってもらわないと。





 校庭につくと、預けた時と同じように魔物達が待機していた。

 私の気配にいち早く気づいたドラゴンが声をかける。


「女神様! ……主人はどこへ?」

「ユリムくんは今会議場にいるわ。それより、今から近くの村にいくから魔物達まとめてくれないかしら?」

「わかりました」


 あれ……この子達ってどうなるんだろう? ユリムくんに懐いたから仕方なく連れてきたわけだけど……魔王討伐が終われば私たちもここを去るわけで……。





 数日後、世界中から集まった人達がデステンブルグの王城の大広間に集結していた。長台の端、国王ネフマトの隣に象徴として私とユリムくんは立っている。


「すげぇ……」「エルフって御伽噺の中だけのやつだと思ってた……」「ドワーフも、妖精も、本当にいたんだな……」「全部でけえ……」


 などなど、女神のハイパー聴力で城内から人間の他種族に驚く声が多々聞こえて来る。


「まずは女神サテラの名の下に、ここに集合してくれたことを感謝する」


 国王ネフマトが種族を代表して挨拶をする。


「今回の対魔同盟について、まず初めに行っておかねばならぬことがある。今回の同盟について、指揮を執るのは我々人間族であると言うことだ」


 はっきりと堂々と述べた言葉に、会場が騒ぎ始めた。その中の一人が声を上げる。


「意義あり」

「やはりか……なんじゃ?」

「なぜ人間が指揮を取る。納得いく理由を説明してもらおう」


 声を上げたのは、巨人族固有の能力で体を人間と同じサイズにしている巨人族の族長【ネフニュ】だった。


 そうよね……個人の戦闘能力じゃ人間は最弱。いくら私がいるとはいえ、反発が出ることは容易に想像できたはず。マクスはなんでこんなことをさせたのだろう。


「それについてはこの軍総司令マクスから説明させてもらう。魔王軍の強さについてはここにいる誰もが知っているとおもう。それが幹部クラスになれば、言うまでもない」

「当たり前だ。だからこうして同盟を組み共に戦うことを決意したのだ。それがお前達人間が指揮を取ることとなんの関係がある?」


 確かに、それが直接的に人間が指揮を取る理由にはならないわ。どう言う意図が?


「もしあなた方巨人族最強と人間族最強が一対一で戦った場合、どちらが勝つと思う?」


 これから手を取り合おうとしているのに、全くそれとは真逆と取れる質問に私は冷や汗をかいた。会場の空気が張り詰める。

 喧嘩吹っかけるつもりなの!? やめなさいよ!!

 他の軍曹、それに国王でさえも驚きの顔をしている。


 これ、女神である私が止めるべき? いや、でも、何か作戦があってのことなのかもしれない……てか、戦争前に決裂なんてしたらそれこそこの世界は終わるわ!


「決まっているだ……」

「そうだ。百戦百勝巨人族が勝つだろう。それほどまでに


 マクスは巨人族族長の言葉に食い気味に答えた。


「じらすな。早く根拠を言え」

「馬鹿するにするつもりはないがあなたは巨人族の長、これで察しがつかない、いや、ここに来る以前に察しがつかなかったのも根拠と言えるだろう」

「貴様!! なにが言いたい!」


 空気はより一層張り詰めたものへと変わっていく。


「個の力で圧倒的に劣る我らが我らが、あなた方でも追い返すので精一杯だった魔王軍と戦えているのは、どう言うことか。それは人間には他の種族にはない【知恵】があるからだ」


 なるほど、確かにそれなら組織の脳……指揮を取る理由にもなり得る。指揮官に個の強さは求められない。

 いやでも、魔王軍と渡り合えていたのはそれは魔王の『他種族を殺すな』と言う命令があったからで……実際、魔王軍が、フィノクがあの時本気でこの国を潰そうと思えばできたはず。


 まさか……!? それを利用したの!? 

 確かにこの情報はフィノクから仕入れた情報だから、他の種族が知る由もないわ!


「魔王を倒す算段があるのであれば、我らの勝利のためにその方の指示に従おう。ないのであれば人間の指揮のもと動くと約束してくれ」

「………」

「異論はない。実際我らにこのような建造物を作ることは不可能だ。他の種族もそうだろう? 貴様らも認めろ、人間は最弱だが、他の種族には真似できない知恵がある」


 ここにきてエルフの族長ミルが口を開いた! そして『今のどうだった? よかっただろ?』と言う視線をユリムくんに送っている!


 それがなかったらカッコよかったのに!


 ミルの発言に、他の種族らから「森の王だ……」「森の王が言うなら間違いない」との声が上がる。


 すごい……魔王を利用して、しかも人間が最弱というのも利用して、知恵があることを強調した! なんて賢いの?! しかも、その一言でここにいる全ての人を納得させた。


 うまい……人間がこれほどまでに知略に長けているなんて!


「助かる、これでようやく魔王を倒す算段を立てられる。まず我らがやらねばならぬことは、お互いの特性を熟知し、理解することだ。そして信頼関係を築き上げ、お互いを信用すること。そのためにまず……」


 ミルの発言後、会場全体の注意はマクスの発言に向けられていた。一致したのだ。マクスの知略によって、容姿も文化も違った人々が、今魔王を倒すという目的において一つに。


「そのためにまずは宴だ!!!」

『………は?』


 そして、別の意味でもまた……一致した。

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