第19話 過去

 地震の影響はサルステラ世界全土に伝わっていた。



 魔王城。魔王の間。


「わぁぁ! 揺れた! 今揺れたぁぁ!!」


 玉座の前で少女が走り回り大騒ぎしていた。

 その様子を突然の出来事に驚きながらも玉座にたたずむ魔王と魔神が呆れた様子で見ている。


「……やっぱり子供じゃん」

「あぁ!?」


 アイリスの言葉に、魔王の間を走り回っていたフィージュが噛み付た。それに対抗してバステアの膝から飛び降りたアイリスは、額をかち合わせて応戦しはじめる。


 その傍ではバステアが眉を潜めて一点を見つめていた。


「なんだ今のは……」




 同刻 王国デステンブルグ。

 ガチガチに拘束されたフィノクを囲い、対魔王について協議が行われている真っ只中だった。


(国王ネフマト)「な、なんじゃ今の揺れは……」

(ハヌマ)「なんスかね……? こんなこと初めてっスよ」

(イーア)「ワシが酔っておるからじゃなかったか。いや、もちろん飲んではおらんぞ?」

(ヴァルトアテウ)「……魔王が動いたのかもしれない」

(軍総マクス)「この揺れについては至急私の軍で原因究明に当たる」


 国王ネフマト、軍曹ハヌマ、筋肉軍曹イーア、仏頂軍曹ヴァルトアテウ、総司令マクスが一堂に会すその中心で、フィノクは縮こまり退屈そうにしていた。


「先に申し上げておきますが、これは魔王様の御所業ではありませんからね」

「貴様のいうことなど信じられるか。身の程を弁えろくそ魔族」

「ですよね……くっそ、ツライ……」

「何かしら?」

「ヒッ……!!」


 ケリドの毒舌に、流石の周りも苦い笑みを浮かべ、フィノクはボソリと呟いた。




 同時刻 エルフの里。


「今の揺れ……これが精霊術だとでもいうのか……?」

「そんなまさか……! 大地を揺らすなど……そんなこと……尋常でない程の器が必要ですよね……」

「いや、これは確実に精霊術だ。ここではない……とすれば妖精の里か?」

「妖精の里だなんて! ここからひと月はかかる距離ですよ!? 影響を及ぼす範囲が増えるに伴い負荷も相当増えますし、にわかには信じがたい……」

「それ以外に考えられないだろう。器が発現するのは我々と妖精族のみだ」

「た……確かにそうですね」





 地震騒動から一夜明け、私たちは妖精の里を出てドワーフの里へと向かっていた。ケリドが居たため神界の規則に則り、里へは徒歩で向かっている。


「いやぁ、それにしても昨日はびっくりしたわ」

「すいません、フィノさんと自然を扱うゲームをしていたんですよ。それがエスカレートしていって、水の次は植物、風、最後に地面と」


 自然を操るって……せ、精霊魔法?! この世界だと妖精とエルフしか使えないはずなのに、ユリムくんに使えるの? 他の世界にもいるにはいるんだし、エルフか妖精の血が流れているのかしら。


「すごいわね……」

「その特技、対魔王軍戦で使えるかもしれませんわ。もし上手くいけば魔族を捕らえることも」


 そっか、ケリドは既に行軍してたから知らないんだ。


「実はユリムくんはもう魔王軍の幹部を倒してるのよ」

「なんですって?」

「フィノクって言うデステンブルグを襲った魔族ね」

「トロールの里に行く途中で襲撃があったんですよ」


 ケリドに経緯を説明すると、驚いた顔を見せた。


「勇者様がお強いのは知っておりましたが、まさか一撃なんて……」

「それで、気になった情報があったんだけど、その魔族によると、魔王は他種族を殺すなっていってるらしいのよね」


 すると、ケリドはハッとし、口に手をあて虚空を見つめる。

 何か心当たりがあるみたいね。


「確かに、今思い返してみれば魔族の襲撃で我が軍から死者が出たことはありませんわ」


 !?

 てことは! 眉唾だったフィノクの話も信憑性が増した! でも根本的な問題……その目的が何もわからないんじゃどうにもならないわね。


「他の軍はわかる?」

「いえ、マクス総司令が全ての管理をになっているのでそこまで詳しいことはわかりませんわ」

「マクスね、なるほどなるほど、わかったわ」


 人を殺さないって、魔王は本当に何が目的なんだろう。

 いやしかし、それが本当なのだとすれば、ヘインの村に現れたケルベロスが村人を殺さなかったのも、その証拠と言えるのかもしれない。


「今その魔族はいずこへ?」

「デステンブルグの王城でガチガチに拘束されて詰問されてると思うわよ」

「それなら、これまで判然としていなかった魔族についての情報が……しかし、もしそれが本当なのであればなぜ魔王は国を襲わせるのでしょう?」

「私もわからないわ。私たちが魔王を倒そうと躍起になっているのを楽しんでいるのかもしれないわね」


 この世界を滅ぼすのが目的なのかと思ってたけど、一度救済者が現れてから二百年は立っている。

 勇者と女神を倒した力を持ってたとすれば、この世界を滅ぼす機会など数えきれないほどあったはずだし。だからその可能性は低いわね。


 やっぱり一番可能性が高いのは、私たちが躍起になっているのを高みの見物で楽しんでいると言う可能性。

 言うなれば舐めプ。もしそれならユリムくんに稽古をつけ、私たちが最大戦力を集めるまで襲撃を仕掛けないと言うのも納得がいく……いや、だったらトロールとエルフの里を襲わせたのはなぜ?


 その言葉を聞き、ケリドはぎりっと歯がみした。


「……気に喰わない。やはり魔族は強欲で傲慢で身勝手。殺すべき」

「ケリドさん……?」

「すいません。お見せ苦しい物を」

「でも、あなたが魔族をどう思っていようと『魔王を倒す』それだけは変わらないわ、共に頑張りましょう!」


 不安を煽らぬように気丈に振る舞ってはいるけど、

 魔王の目的がわからないのは仕方ないが、私たちが今生きているのは単なる偶然でしかない。私たちは魔王の気まぐれによってにすぎない。という事実がなんとも言えぬ怒りを感じさせた。


 そろそろここにきて時間も経ってるんだし、神界から助けがきても良い頃のはずなのに。でも、こないものをいくら考えても意味がないからとりあえずは私たちの力で倒すことを考えましょう。




 それからドワーフ岩窟について、目的を果たしたケリドは自分の軍と合流しデステンブルグへと戻り、私たちは残りの素材をドワーフの族長バウルに渡し、聖剣の完成を待った。


 その後、バウルの計らいでユリムくん専用の剣を早めに受け取った後に妖精族の里へ戻り、フィノに祝福をかけてもらう。

 そしてすぐさまエルフの里へ戻ると、そこでもユリムくんを族長ミルから守りつつ祝福を受けさせた。

 そしてもう一度ドワーフの里へ戻りこの手順を繰り返し、そうして聖剣を完成させた頃には妖精族の里を出てから一ヶ月が立っており、その間一度も魔王の接触はなかった。もちろん神界からも。


 何もないまま不気味にすぎていく時間のなかで、私は考えを凝らしたもの、魔王の目的については結局分からずじまい。挙句、どう戦争を展開するかについても全く思い付かずにいた。それに、転移についての対策もいまだに思いついてはいなかった。


 なぜなのかはわからないが未だ野生の魔物も現れず、本当に聖剣を作るだけの旅になってしまった。

 束の間の平和を楽しんだ私たち……いや私だけかもしれないけど。だったが、今、普通の救済ではまずありえない救済神具を作ると言う工程も終わり、ようやく魔王討伐に本腰を入れることとなった。






 魔王城。魔王の間。


「ぶぅぅ!! ふぬがぁ! ぬぅ! むぅ!」


 また例の少女が玉座の前でこれ見よがしに顔をしかめていた。


「……バステア。かれこれ二週間はフィージュが駄々こねてる」

「城の中で大人しくしているではないか」

「そうだけど、うるさい」

「うるさいとはなんだ! もうあれから一ヶ月も何もしてないじゃないか! もうしばらくで大戦が始まるって言ってたくせに! もう一ヶ月も何もしてないじゃないか!」

「二回言ってる。子供かな」

「待ちくたびれたぁぁ!」


 地面に転がりまた駄々をこねる。アイリスはそんなフィージュの様子を見てクスクスと笑い、バステアはアイリスを抱いたままフィージュに近寄った。


「みっともないから立て。久しくここで過ごしているのだからそれで充分ではないか」


 むすっとしながらもフィージュはバステアの手をとり起き上がった。

 軽く服を整えてバステアによじ登ると、一息ついた後にパッと頬を膨らませ。


「パパが言うなら。でもつーまーらーなーいぃぃ!!」

「俺はお前の親ではない」

「いいじゃんパパで! パパ大好き!」


 一瞬困った顔を見せたバステアは腕の中のフィージュに不器用ながらもフッと微笑を向ける。


「お前の親ではないと言っているのに。そんなに暇であれば食事にでもするか」

「おぉ!! 食事!」

「ついでにかつての勇者についても話してやろう」

「かつて? 前に勇者がいたのか?」

「あぁ」

「いついつ?」


 フィージュが目を輝かせて食いつく。


「お腹空いてたから駄々こねてたんだ。やっぱり子供」

「ちがうしばか!」



 場所を移し魔王らは食事をしていた。


「んん!! うましー!!」

「そうだな」

「フィージュ、はしたないから落ち着いて食べる」

「はいはーい、それより勇者の話!」


 催促するようにフィージュはバステアを見つめた。


「勇者が現れたのはお前を拾う百二十年程前だ。今回と同じように、人間どもの住むエリアにな。そして順調に魔物を倒し、ついには当時の最強角、【四川陰しせんいん】を順当に倒した末にエルフの里へと歩を進めた」

「今の四狂衆見たいのか?」

「そうだ」


 咀嚼しながら首を傾げるフィージュに、バステアが肉を口に運びながら答える。


「ふーん、勇者ってのは強かったのか」

「エルフの里に一人で向かった俺をギリギリまで追い詰めたのは確かだ」

「え! パパが負けそうになった!?」

「あの時なんで一人で行ったのか未だに教えてもらってない」

「ただの気まぐれだ。危うくリミットを外すところまで追い込まれたからな」

「気まぐれって……」

「なんだ、余裕じゃないか。びっくりして損した」

「その勇者は途中で逃げたからな」

「パパの強さに恐れをなして逃げたのか?」

「有り体に言えばそうだ、勇者と女神は魔族がそれをできるのを知っていた。だから逃げたのだろうな。あそこで聖剣を俺に刺していれば、流石の俺でもリミットを外さざるおえなかった」

「うん? どゆこと?」

「勇者はかけたのだ。俺がエルフを抹殺せずに勇者を追うという選択肢を選ぶ方に。あいつは少しでも犠牲を減らそうとしたのだろうな。しかし、助けられた側のエルフからは最大の裏切り者として憎まれているがな。皮肉なものだ」

「ふーん、エルフ殺してないのか?」


「ああ、1な」




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