第18話 妖精族の里
妖精族……大陸の右端に位置する妖精の里に住んでいる虫のような翅が生えた種族だ。妖精はエルフと同じく精霊術を扱うための技術……【器】が発現する。
二日ほどかけ私たちは妖精族の里の上空まで来ていた。
この辺りは霧も薄くなり、煌びやかな樹木が神秘的な雰囲気を醸し出している。
「うわぁ! 綺麗ですね! 森林地帯とはまた違った趣があっていいですね!」
はしゃぐユリムくんを見て心がほっこりする。これから大戦が始まるとは思えないほど平和な景色だ。
「それじゃ、妖精族に妖精樹の聖木を貰えるように頼みにいきましょうか!」
「はい!」
地面へと降り立つ。この景観もあいまり、天からの使いに見える事だろう。
……いや実際そうなんだけどねっ!
「不思議な感じがしますね……家なんかはないんですか?」
「妖精族は衣食住を必要としないのよ、【完全精霊体】って言う精霊に限りなく近い種族だから」
「完全なのに限りなくなんですか? 不思議ですね」
「あぁそれはね……」と、説明をしようとした時、不意に子供のような甲高い声が私の言葉を遮った。
「女神様!? 女神様だぁ!! みんなー女神様がいるよぉ!」
「こんにちわ! 綺麗な翅ですね」
突然聞こえた声に物怖じせずいつも通り挨拶するユリムくん。
「ありがとうー! 君はー……勇者?」
「はい! ユリム・ベン・ホワイトと申します!」
ユリムくんが妖精と意気投合するなか、続々と妖精達が集まり、あっという間に私たちは妖精達に囲まれた。
「女神様だぁ!」「本当だぁ! 女神様いるー!」「何しにきたのかなぁ?」
みな様々な翅をしており、身長は大体ユリムくんと変わらないくらいの子が多い。そしてご多分にもれず全員美の塊だ。
うーん、たくさん集まっちゃったなぁ。まぁ往復する時間を含めても三日ほど時間あるわけだし、少しゆっくりするのもいいわね。
でもまずは族長に会うのが優先ね。
「あのね、あなた達のリーダーに用があってきたんだけど、どこにいるかわかるかしら?」
「リーダー? フィノのことー? 知ってるよぉ! あっちにいるよぉ!」
「あっちってどっちかな? 連れて行ってくれる?」
「いいよぉ!! こっちこっちー」
素直でいい子で助かったわ。
ユリムくんを連れ、妖精の後へと続いた。
息を飲むほど幻想的な湖に、宝石のように輝く露を身に纏う木々。
そんな宝石を撒き散らしたような景色の中を歩いていくと、しばらくして神々しく煌めく巨大な樹木が見えてきた。
あれが【妖精樹】だ。
「すごく大きな木ですね。でも、これだけ大きいと上空から見えるはずじゃないですか?」
「あれは妖精樹って言って、妖精達に誘われたものしか見ることができない特殊な樹なのよ」
「なるほど、だから上空からは見れなかったわけなんですね」
あとはこれを柄の材料になるだけもらえれば素材は揃うのだけど。
妖精族にとってこの木は命よりも大切なものだからなぁ、大丈夫よね……?
「フィノー、女神様きたよー」
案内してくれた妖精が何もないところに声をかけている。
すると……
「ばぁ!」
背後から突然大きな声が!
「わっ!!」
「ヒッ!!」
思わず二人して驚く。
振り返ると、満足げな顔の前に手を広げたままの妖精がいた。蝶を模した翅にクルクルとカールしたブロンドの髪、軽く開いた薄い唇から八重歯を覗かせる幼い顔立ちの少女だ。
「いひひ、驚かせるの好きなんだ」
「フィノは隠れるのが上手だもんねー」
「ねぇねぇどうだった? 驚いた?」
「はい、驚きました……」
「今の反応見てわかるでしょうが……」
危うくユリムくんの前で醜態晒すところだったわ!
「と、それより。私が女神サテラです。妖精族の族長フィノ、共に魔王を倒しましょう!」
するとフィノはプイっと口を尖らせ手を腰に当てる。
「やだ」
「え?」
「やだよねー」
「ねー」
なんで!?
「敬語なのやだよねー」
「ねー」
あ、なんだ。
女神は厳格さを醸し出すためにあえて壁を感じさせる敬語使うけど、それが嫌だったんだわ。
「じゃあフィノ、一緒に魔王を倒しましょう!」
「やだ」
いや、だからなんで!!
「なんで嫌なんですか?」
「だって、まだ遊んでないんだもん。ねー」
「ねー」
遊びって!! この世界の命運がかかっているときに!
「あはは、どうしますサテラさん?」
「どうするも何も……遊ばないと話進まないんじゃそうするしかないわね……幸い、時間はあるんだし付き合ってあげましょうか」
「やったー!」
「わーい!」
……これでいいのよね。仕方ないわ。妖精族を味方につければかなりの戦力になるし、この調子じゃ目的の物もくれなさそうだしね。
と言うわけで、フィノと遊ぶことになった。
案内をしてくれた子は何か別のものに興味を奪われたらしくどこかに行ってしまった。
「それで、何をするの?」
「湖で水遊び!」
なーんだそんなことね、簡単じゃない! この子飽きっぽいだろうからすぐ終わるわね。
内心ほくそ笑みながらフィノの後ろをついて、来た道を引き返す。
しばらくすると先ほど通った湖へと到着した。
すると、おもむろにフィノは湖の中へと入り出す。
「早く! 遊ぼ!」
催促するフィノ。しかし、今まで間をおかずに反応していたユリムくんが一瞬思いとどまったように立ち止まり、
「そういえば ぼく着替え持ってなかったです」
それだぁぁ!! よし、私もこれに便乗して!!
「私も持ってないわ、これじゃ入れないわね〜」
ユリムくんナイスよ! 本当は別に着替えなんて必要ないんだけどね!!
私は大袈裟に、さも残念そうに眉根を寄せた。
それを聞いて振り返ったフィノは……
「えぇー。つまんないつまんないつまんない!」
湖の上で駄々をこね始めた。
これがただ駄々をこねているだけなら、幼女がただ駄々をこねているだけだから可愛いのだが、完全精霊体である妖精族は体そのものが【器】の状態なので、感情が高ぶると稀に周りに影響を与える場合がある。
なので今……フィノが暴れると同時に湖が渦を巻き、激しく舞い上がった水飛沫が龍を模し、その余波で水がバシャバシャと私たちに降りかかっていた。
「ちょ! 落ち着いて! もう全部かかちゃってるから!」
「あはは。これは……早く乾かしておかないとせっかくサテラさんに買っていただいた装備が錆びちゃいますね」
「怒らないも物を大切にするその姿勢は好感だけど!」
「やだやだやだ!!」
フィノの駄々に比例して一層激しくうねる湖!
考えるのよサテラ……この状況を打開する方法を! 私は女神、子供一人あやなくてどうするの!
「わかった! フィノ! 一緒に遊ぼうか! でもこれじゃ中に入れないから落ち着いて!」
「ほんと? やったー!」
ちょろいなぁ……いや! ここからが勝負所よ!!
「はやくはやくー」
着替えはないけど入るしかないわよね……はぁ気が進まない。
思い足を一歩踏み出したところで、背後から声がかかった。
「女神様に勇者様! どうなされたのですか? びしょ濡れではありませんか?」
この声は……。
聞き覚えのある声に、ふと振り返る。
「あれ? ケリドじゃない?」
「こんにちは、今フィノさん……妖精族の族長さんと遊んでたところなんですよ」
「は、はぁ。……遊び?」
これから戦争が始まるというのに、危機感の持てない勇者の言葉にケリドが目を白黒させる。
「ま、まぁ! 細かいことは気にしないの! これもユリムくんの修行だから!! わけあってその……ね? てか、それで、どうしてここに? ここを抜けた後にドワーフの岩窟で落ち合うつもりだったのに」
効率よく回るだろうからヴァンパイアの幽村へ行った後、ドワーフの岩窟目指して北上すると思ったんだけど。
「濃霧地帯に入ってからも魔物の襲撃がありませんでしたのでそこから二手に別れたのですわ」
「なるほどね、確かにこの濃霧で激しく動ける魔物は限られてくるものね」
「案の定、魔物の襲撃も魔族の襲撃もありませんでしたわ」
話していると、先ほど何処かへ行ってしまった妖精がケリドの後ろからひょこっと顔を出した。
「遊ぼー」
「あぁそう言うことね」
行動の意味を理解し声を上げる。目新しいものが好きってのは本当のようね。
「それで、なにをなされていたのですか?」
「同盟の件でちょっとね。それよりちょうどよかったわ!」
ケリドを遊び相手にすれば……! 私がフィノの遊びに付き合うこともなくなる!
私はゆっくりとケリドに歩み寄る。
「え……え……女神様? なにを?」
「魔王討伐のためよ!」
そしてケリドの細腕をギュッと掴み。
「せぇぇい!」
背負い投げさながらにケリドを湖へとほうった!
「ひゃぁぁ!」
絶叫とともに水飛沫を上げ、フィノの近くへと着水する。
「フィノ! その子が遊んであげるから私と一緒に魔王討伐するのよ!」
「やったー! いいよー! あそぼー」
「さ、サテラさん!? ケリドさんは大丈夫なのでしょうか?!」
「大丈夫よ!」
ケリドの頑丈さは私が保証する! なんせずば抜けた戦闘センスを持ってるんだもの!
そして、フィノに遊ばれ……もとい戯れること数分。しばらくしてケリドがはい上がってきた。ゆっくりとこちらに歩いてくる。非常ににこやかな笑顔だ。
「えと、ケリドさん? 大丈夫ですか?」
「ええっ! とっても楽しかったですわっっ!」
「ほら、ね? ユリムくんは心配症なのよ」
言って私はユリムくんの肩をぽんぽんと叩く。すると同じようにケリドが私の肩を……
「それじゃ次は女神様の番ですわ」
ガシッと掴み……
「え?」素っ頓狂な声を上げると同時、体がフワッと浮かび上がった! 気持ち悪さを覚える浮遊感と共に私の体が宙を舞い、水面が眼前に迫る!
あんな華奢な体のどこにこんな力が!?
平手打ちのような衝撃とともに私は顔面から湖へとダイブした。
「ケリドさん!? サテラさん!?」
「ふぅ……女神討ち取ったりですわ」
「ケリドさん!?」
「おぉー! フィノもフィノもー!」
「いいですわよ」
そんな会話が聞こえてき、水面に浮かび上がった私の眼前にフィノが迫っていた。
「プギャっ!!」
顔面でフィノを受け止めまたしても水中に潜る!
続いて連投で案内してくれていた子が落ちてきた。
私は天翼を器用に使い急いで陸へと這い上がる。そしてバレないようにケリドに近づき、がっしりとホールドする。
「はぁ、はぁ、はぁ。楽しいわねこれ」
「そ、そうですか……それでこれはなんのつもりですの?」
私は不敵に笑い、そして!
「次はあんたの番よケリドぉぉ!!」
飛び上がり一回転!
「ひゃぁぁ!! 女神の戦闘行為は禁止のはずではぁぁ!?」
「これは戦闘行為じゃないのよ! お遊びなの! くらいなさい! 『必殺 サテラ式天空落とし大車輪』アターック!!」
「今アタックとか必殺とかいいましたよねぇぇ!?」
勢いそのままに湖に向けて手を離すと、先ほどとは比べ物にならないほどの水飛沫を上げて着水した。
「ふぅ……魔法使い討ち取ったり」
「サテラさん!?」
目の前の光景にユリムくんがあたふたする中、フィノと案内してくれた妖精たちが上がったきた。
「もう一回やってー!」
「もう一回もう一回!」
「んもぉ、仕方ないわね! そいそい!」
妖精達が着水すればまたケリドが上がってくる。
「女神様、本当にこれ楽しいですわね」
「楽しいわね、投げる側は! ちょっと離しなさいよ!」
「おほほ。投げられる側も楽しいではありませんか。……せいやぁぁ!」
華奢な体からは想像がつかないほどの膂力で、綺麗に腰の入った一本背負いをくらい、なすすべなく私は湖のど真ん中に着水した。
妖精達がまた上がり、投げられ、私が上がり、ケリドを投げる。
妖精達がまた上がり、投げられ、ケリドが上がり、私が投げられる。
そう、歴史は繰り返すのだ。
そんなことが延々と続き、既にお互いの目的など忘れて投げ合いに没頭し、疲弊し切った頃。
「ひゅーひゅーひゅー……もう……いいでしょ」
「なかなか……やりますわね」
「だ、大丈夫ですか……?」
お互いの健闘を称え合っていた。
「楽しかったねー」
「ねー」
「……よかったわ。これで一緒に魔王倒してくれるのよね?」
「いいよー」
「それと、妖精樹の聖木を少しもらいたいんだけどいいかしら?」
「いいよー」
はぁ……意外とあっさり終わったわね。本当に疲れたわ。
ようやく魔王に対抗し得る武器が手に入った。これで勝て……
そのとき、不意に魔王の言葉がフラッシュバックした。
『戦ったことがないのだろう?』
そうだ、ユリムくんは魔物と戦ったことがあっても人型との戦闘経験は皆無……ましてや剣を抜いたのなんて魔王戦の一回だけ。
これじゃ聖滅魔神剣の本来の力を発揮できない。
大きめの【妖精樹の聖木】をフィノから受け取ったあと、日も暮れていたので私たちは妖精の里で一晩過ごすことにした。
ユリムくんはフィノの遊びに付き合ってどこかに行っている。
とても静かな夜に、ケリドが持ってきていた蓄光石を加工したランプの灯が淡く光る。
「それでヴァンパイアの方はどうだったの? うまく行ったの?」
「はい、二言返事で」
「へぇ? やるじゃない? でもあれね、ケリドに対するイメージが変わったわ。もっととっつきにくいツンツンした子だと思ってたから」
「あれは半分は舐められないための演技ですわ。こんな
「舐められるって、そんな馬鹿なことする人間いないと思うけど? あんた魔法に関してなら他の追随を許さないほど頭抜けてるし。もちろん人間の中での話だけど」
ちなみに二番目はヴァルトだが、魔法に関してケリドはヴァルトの倍のポテンシャルを持っている。
魔導部隊を牽引するだけあってか、もはや下流世界の人間とは思えぬほどのレベルだ。
「一番……ですか」
「え? そうだけど」
なんか引っ掛かりのある言い方ね?
――ゴゴゴゴゴゴッッッッッ!!!!!
どうしたのか訊こうとしたとき突然大地が震え、轟音が闇夜に響いた。
「え?! なになに!?」
「地震でしょうか?」
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