第17話 聖剣の材料集め

 広大な森の極北。山岳地帯の狭間にアラクネの里はある。

 アラクネとは下半身が蜘蛛、上半身が人間の姿をした亜人だ。ナーガ族と同じく女しか生まれない種族だが、ナーガのように年中発情しているわけではない。今は発情期じゃないからあの時のようなことにはならないはず……。


 と言うわけでアラクネの里についた私たちは族長の家へときていた。

 下半身が蜘蛛と言っても上半身は人間の姿をしているので、糸で巣を作ってそこに住むわけではなく普通に木材を加工した家で生活している。

 生活様式も人間とさほど変わらない。


「そう言うわけで、糸をちょっとくれないかしら?」

「そ、そ、そ、そんな恥ずかしいことを堂々と! あ、すいません……女神様。糸はその……主にあれに使うためのものでして……」


 今目の前で恥ずかしそうに顔を隠している乙女チックな少女がアラクネ族の族長【ユラノギ】だ。アラクネ族は老けないのでほとんどが幼気な顔立ちをしている。

 これまで出会ってきた人々はみな一様に美女ばかりであったが、この子もご多分に漏れず愛らしい顔をした美少女だ。立派な蜘蛛の下半身は毒蜘蛛の警告色を彷彿とさせる。


 そして……私はこのことを知っていた。アラクネの糸は主に生殖を行う際に男が逃げないように、縛り上げるための用途に使われていることを。


 もう! だからさらっと流す感じに言ったのに!! ユリムくんの教育に悪いから!


 アラクネ族にとって、糸の話題は下ネタの部類に入るのだ。


「知ってるわ。でも聖剣に必要なの! 大丈夫、私たちにはそんな意識全くないから!」

「さっきからなんの話を?」

「大丈夫よすぐ終わるから心配しないで! あ、そうだ外に出てこの里でも探検しておいでよ。珍しいものを見れると思うわ!」

「は、はい。わかりました。どれくらいでここに戻って来ればいいですか?」

「うーんわかんないわね、とりあえず終わったら通信送るからそれまで探索してていいわよ」


 ユリムくんは一礼した後、家を出た。ユリムくんの後ろ姿を見送った後、私はユラノギの方を振り返る。


「さて、じゃあ糸を」

「ふぁい……っ」


 ユラノギがさらに顔を赤くする。

 人間の子で言えばまだ十五歳にも満たないような顔立ちだがこれでも年齢は百歳は超えている。アラクネ族の寿命は百五十年なので結構な歳だ。


「大丈夫だって! 本当に私にとっては全く性的な意味合い無いから!」

「で、でもぉ……私たちにとっては恥ずかしいことなんです……」

「気にしない気にしない!」


 ユラノギが赤面しながら差し出した糸をエルプスへと収納する。

 発情期になるとこれで他種族の男を縛って生殖行為すると言うのだから……一体発情期になったらどんな惨状な状況が待っているのだろう。


「それでね、全種族で手を取り合って魔王を倒そうとしてるんだけどアラクネ族も参加するわよね?」

「ええもちろんです!」

「よかったわ、共に戦いましょう。……ねえ、あなたたちは勇者や女神についてなにか知ってる? 過去にこの世界に現れた者についてなんだけど」

「いえ、特にそんな話を聞いたことはありません。なんせここは広大な森と山岳地帯に囲まれたところにありますから他種族が来ることはないんですよ……おかげで苦労します」


 うーん、やっぱり先代の勇者と女神の消息はおおよそ不明……かぁ。

 それもそうよね、レイヴァスファダン《聖滅魔神力剣》があればこんなところに来る必要がないもの。


「そっか、わかったわ。じゃあ共に魔王と戦いましょう! 私たちはこれでこの里を出るわ」

「そうですか……なんのおもてなしもできずに申し訳ございませんでした」

「いいのいいの、急に来たのに時間とってくれて助かったわ。それじゃあね」


 手厚い見送りを受け取ったあと私はユリムくんを迎えに行った。

 外へ出るとすぐ目の前の林の前で立ち尽くしているユリムくんが目に入った。


「サテラさん! 話は終わったんですか?」

「ええ終わったわ、何してたの?」

「特にすることもなかったのでこの辺りをウロウロしてました。緑って見ているだけで落ち着きますよね!」


 よかった、とりあえずアラクネに襲われることはなかったみたいね……。


「森林セラピーって言うのよ」

「へぇそうなんですね、なんだか見てるとこの森を動かせそうな錯覚に陥ります」


 え……なんか私の感性と違う。

 私は森に向かって手を掲げるユリムくんを見て私は不思議な気持ちになった。なんだろう、勘だけど本当に森を動かせるような気がする。

 精霊術のようなものかな……でもこの世界だと精霊に準ずるものしか【器】は発現しないはずだし。勇者だからと言ってそう言う血脈による特殊な力を扱えるようになるわけじゃないし。


 うーん、勘違いなのかな?


「そ、そうなんだ、動かせたらいいね……それじゃ、聖剣造りを再開するわよ! あとひとつ【妖精樹の聖木】があれば素材は揃うわ。でも一旦それは置いておいて先に【ドワーフの里】に向って聖剣の刀身を打ってもらうわ、その間に妖精族のところへ行って木をもらうから! これからの大まかな流れはこんな感じね」

「わかりました!」


 この剣と魔法が支配する世界【サルステラ】において、そのどちらも使わずに主力を一撃粉砕するユリムくんのデタラメさに、私はユリムくんについて深く考えることはしなくなっていた。






 魔王城……魔王の間。


「むぅ! ぶすぅ! ふぬがぁ! ふんす!」


 細い角の生えた少女が玉座に座る魔王に対して、不服を前面に押し出すように頬を膨らませていた。


「……バステア、さっきからフィージュが不機嫌そうにこっち見てるけど」

「そうだな、久しぶりに顔を合わせたのだ。話でも聞いてやるか。で、先ほどからのそれはなんのつもりだ」


 バステアとアイリスは戯れに小芝居をうつ。

 すると少女は頬を膨らませたまま眉根を寄せてさらに不満をにじませる。


「話が違うじゃないか! 攻めていいって言ったくせに! ちっとも楽しくなかった!」

「もうじき大戦が始まる。それまで待て」

「ほんと!? その時は皆殺しにしていいの!?」

「あぁ、かまわん」


 バステアの一言にフィージュと呼ばれた少女は機嫌を治したようで、

 フィージュはヒューと口笛を吹くと表情を明るくし、玉座の段へと腰を下ろした。


「同盟の話?」

「そうだ、うまく事が運んでいるらしい。最大戦力で挑んできたところを一気に叩き潰しその一戦でこの世界を滅ぼす」

「それがバステアが考える効率の良いやり方だったんだ」

「簡単ではなかったがな。まず第一に地形の問題だ。北半大陸と、」

「はいはい! 難しい話は聞きたくない!」


 と、フィージュは立ち上がりバステアを向く。


「聞いてくれないか! 私がエルフの里襲ってたら子供が現れたんだ!」

「フィージュも充分子供だと思うけど」

「それとこれとは話が別!」


 バステアはフィージュの話にピクリと眉を動かした。


「いつ頃だ?」

「魔物召喚して二派目だったからちょうど襲いはじめたその日かな。なんでそんなこと聞くんだ?」

「そうか。いや、で、お前から見てそいつはどうみえた」

「バカに見えた。空飛んでたし確かに強かったけど、三日間も、しかも休みなしに戦うんだから持久戦なら使い物にならないね」

「なるほど、お前にはそう見えたか」


 言うとバステアは一考するそぶりを見せる。


「魔法? 翼生えてた?」

「生えてなかったから魔法だな」

「三日も飛び続けるって人間にしてはすごい魔力量……」

「あれが勇者なんだろ! でもなんであそこにいたんだ? ハーピーの報告だと襲撃の三日前には南半大陸にいたはずなのに」

「洞窟がつながってたんじゃない? 山の中を横断できるように」


 たったの三日で大陸を南から北に移動した事の重大さを理解しているのはバステアただ一人だった。

 しかし、そのバステアも少年が空中を歩いていたとは思うはずもなかった。






 北半大陸の中央部最上位に位置する【アラクネの里】と南半大陸最南東に位置する【妖精の秘境】を結んだ直線。

 その線と中央山脈の交わる位置に【ドワーフの岩窟】は存在する。


 私たちは往復する間に剣の刀身を打ってもらうため、そこへ向かっていた。四日ほどかけてようやく今中央山脈を超えたところだ。


「霧が濃いですね……地面が全く見えない。まるで雲が地面に降りたみたいです。これだけ濃ゆいと息もしずらそうですね」

「そうね、確かケリドたちがここに来てたんじゃないかしら? ヴァルトの話だと、行軍するなら濃霧地帯に入るまでに1ヶ月はかかるらしいから」

「それならちょうど今この辺りにいるかもしれませんね! デステンブルグを出てから大体一ヶ月くらいですし」

「そうね、不毛地帯を避けて南部から行軍したと思うから……だとしたら【ヴァンパイアの幽村】が一番近いわね。今その辺りにいるんじゃないかしら?」

「ヴァンパイア……ですか?」

「ヴァンパイアってのは、【夜の王】と呼ばれてるこの辺りじゃ一番強い種族の名前よ」


 記憶の間で見た情報だと、魔族はこの濃霧地帯には一切手を出すことはできなかった。それはひとえにヴァンパイアの存在があったからだ。

 ヴァンパイアは環境次第ではあるがこの世界最強種エルフをも凌ぐほどの力を発揮する。それに加えてヴァンパイアは不死身なのだ。


「へぇ夜の王ですか、すごいですね」

「っと、ドワーフの岩窟はこの辺りね。それじゃ、剣を打ってもらいに行くわよ!」

「はい! 楽しみですね」


 そうして、深い霧の中へと降りて行った。

 着地し、あたりを見渡す。


「本当にケリドさんたちはどうやってここを行軍してるんでしょうか? 足元も霞んで見えますし、それにやっぱり息がしづらいです」

「確かにこの濃さは異常ね……」


 この霧の濃さ……魔族が襲いに来ないのもうなずけるわね。普通にしてても呼吸が困難なのにここで全力疾走なんかしたら酸欠で死ぬわ。


 と、そんなことを考えながらドワーフの岩窟へと入っていく。

 中は霧が晴れており、ナーガの里と同じように蓄光石が埋められていた。


 私が来たことを知ったドワーフ達が騒ぐ中、軽く挨拶しながら進んでいく。もちろんユリムくんの手を握って多少強引に。


 ほっといたらまた何時間もここに留まることになりかねないからね……私は失敗から学ぶ女神なのよ!

 ……言っててなんだか虚しくなった。私の知識は主に移動でしかユリムくんの役に立っていないからだ。ともに戦って成長していくのが救済の醍醐味なのに……!!


「ナーガの里とはちょっと雰囲気違いますね? 華やかというか、」

「ドワーフは物づくりが得意だからねー、武器や防具なんかの加工はドワーフ達の十八番よ」

「なるほどぉ」


 興味深そうにあたりを見渡すユリムくんを連れ、ドワーフの1人に案内させ族長の元へと向かった。


 しばらく歩くと石を削って細工を施した綺麗な扉が現れた。


 扉をあけ、中に入る。

 工具が散在する部屋の中心にいた、言い方は悪いが小さいおっさんがこちらを見るや、作業を取り止め会釈をし軽い自己紹介のあと。


「女神様! す、すみませんこんなに汚いところに! ここは作業部屋でして、今客間へと案内しますので!」

「いいえ結構よ、今回はあなたに頼みたいことがあってきたの」

「そうですか、頼みたいこととは?」

「剣を打ってほしいの。オリハルコンで」

「女神様直々の御命令とあらば喜んで引き受けるのですが、オリハルコンですか!? あの伝説の……」


 命令……になるのかなぁ。

 そんなことを思いながらエルプスから直径五十センチ程度のオリハルコンを取り出し、ドワーフの族長バウルへと手渡す。


「これがそのオリハルコンよ、」

「お願いします!」

「お任せください! それで、お使いになるのは勇者様……ですよね? サイズの方はどうしましょうか?」


 あ、確かに特注で作るのならサイズを指定しといた方がいいわね。


「ユリムくんの使いやすいように合わせてくれないかしら?」

「心得ました。それと、これだけあれば二本程作ることができるのですが、どうしましょう?」

「そうね、予備に作ってもらおうかしら。一本はユリムくんに合わせて、二本目は標準サイズでお願い。あ、それとこれから柄の部分の素材は取ってくる手筈だから、待ってて」

「は! では少し失礼いたします」


 バウルは言うと、ユリムくんの体をじろじろと全身舐め回すように凝視し始めた。真剣な様子なのはわかるけど……なんか嫌ね。


 小さいおっさんに全身視姦されるという普通に生きていればまず起こらないであろう事に、さすがのユリムくんも苦笑いを浮かべていた。


 一分ほど様々な角度から熟視したのち、驚いた顔を見せたかと思えば今度は納得したように首を縦に振る。


「わかりました。作業に一週間ほどかかりますので、そのくらいに残りの素材を持ってきていただければ、」

「ありがとうね、多分そのくらいに人間の女の子がここにくると思うわ。魔王討伐の件に関して」

「魔王討伐ですか、微力ながら尽力させていただきます。女神様の御命令とあらば!」

「う、うん……それじゃよろしく頼んだわよ!」


 軽く会釈して私たちはドワーフの岩窟を抜け、妖精の里へと向かった。

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