第16話 エルフ族長ミル
壁に張り付き聞き耳を立てていた私たちに声がかかった。
年老いた男とも女とも取れないエルフだ。
「ぬしら、ここで何をしておるのじゃえ?」
「こんにちは! 人を救ってます!」
「あなたはもしや、エルフ部隊長のディオネス?」
「ほっほっほ、殊勝なことじゃの。ワシをしっておるのかえ? じゃが今はただの老いぼれじゃよ」
ユリムくんが感謝を述べている隣で、私は食い気味にディオネスの言葉に食いついた。
「え? ちょっと詳しく教えてもらってもいいかしら?」
「? 何をじゃ?」
「今言った、『今はただの老いぼれじゃよ』のところよ。具体的に」
「まちんか、立ち話は老体に堪える。なんじゃ、中に入りな」
私たちはミルたちが話していた家の隣へと入った。
中に入り、木製の自然味あふれる椅子へと腰を下ろす。
「それで、できれば部隊長をやめた時期なんかを教えて欲しいのだけど。ついでに私たちがこの里で冷遇されることについても」
「そうじゃったの、ワシが部隊長を引退したのは今から百五十年ほど前じゃったか、」
百五十年!? 確かにエルフは長命種だけど、驚くことはそこじゃない。驚くべきは記憶の間の情報が少なくとも百五十年以上昔のものだということだ。
「百五十年ですか……随分昔のことなんですね」
「それで、続きは?」
「引退の理由は歳じゃ、ヨボヨボの部隊長じゃと示しがつかんからのう」
確かエルフの寿命は七百年ほどじゃなかったかしら? この世界ではかなり長寿な種族よね。
「それで、女神様と勇者様がエルフから嫌厭されとる理由じゃが、話せば長くなるのう」
「結構よ、話して」
「うぬ、今から二百年ほど前じゃったか、勇者様と女神様が現れたのは」
二百年……てことはおそらくそこで記憶が途切れている……やっぱり……だとしたらこの世界は……
「魔王軍の執拗な攻めにあっておったワシらは女神様と勇者様の降臨に盛大に喜んだ。当時の族長……ミルの親父さんは勇者と手を組み魔王と戦うことを即決したのじゃ。他種族を寄り付けないエルフとしては異例のことじゃった」
「確かにそこまですんなり受け入れるというのは珍しいわね」
プライドの高い種族は交渉が難航する場合もあるって習ったわ。
「当時は魔王軍の攻めは今とは比べ物にならなかったからのう。有無を言えぬほど追い込まれ取ったんじゃ。最初のうちは魔王討伐にのり気じゃったワシらだったがその後、揉めた」
「揉めた? 何があったの?」
「その勇者も女神も適当なやつでの、作戦もねらずに魔王討伐に行こうだのと言い出したのじゃ。もちろんワシは止めたが、ミルの親父はそれに便乗した」
「それで、死んじゃったと。確かにそれならこの里の人たちが私とユリムくんを拒絶するのも納得できるわね」
「そんなことが……」
確かにそんな勇者や女神だったとしたら嫌われるのも仕方ない。しかもエルフは長寿。その当時の人たちが沢山いるんだとしたら尚更よね。
「まぁそう簡単な話ならよかったのじゃがな。親父さんはミルの目の前で殺されたのじゃ。勇者の裏切りによってな」
「裏切り!? 勇者が!?」
「語弊があったわい。厳密に言えば、勇者の逃走じゃな。ミルの親父さんは歴史上稀に見るほどの【器】を持っておった。それを見込んだ勇者は仲間に引き入れ共に魔王を討伐しようとしたのじゃ」
器……精霊術を使うために必要とされるある種の器量のようなものだ。精霊術とは魔力を消費しない自然のエネルギーを直接扱う技術。自然にあるエネルギーを直接扱うので、魔法のように魔力ないと使えないなどの制限がない。だがその反面かなりの期間の修練が必要になるため、長命種ならではの特殊技能だ。
「ワシらはこの里に1人で乗り込んできた魔王を命懸けで追い詰めた。全員が満身創痍になりながらも魔王に立ち向かったのじゃ。そしてあと一歩、勇者が聖剣を突き刺せば倒せるというところでその勇者は何を思ったのか、逃走した。女神もろともな」
「なんで!? そんなことする必要ないじゃない?! あと一歩で倒せたのなら……」
「わからん。魔王は誰の目から見ても弱っていることは確かじゃった。勇者が逃げなければ確実に殺せるというところまでにの。じゃが逃げた。それだけは変わらぬ事実じゃ」
「そうね……」
「満身創痍、文字通り死ぬ気で戦ったワシらはもはやなす術無く、魔王が体力を回復していくのをただ黙って見ていることしかできなかった」
「…………」
「動けるまでに回復した魔王じゃったが、ワシらを皆殺しにはせず運悪くその場に居合わせたミルに対して『恨むならあの腰抜けの
「そう……なんですか……」
「なるほどね、事情は分かったわ。それじゃユリムくん、行きましょうか」
「どこにいくのじゃ?」
「決まってるでしょ、ミルを説得しにいくのよ!」
困惑の表情のユリムくんの手をとり、身を翻して隣の家に転がり込んだ。
ドアを勢いよく開け、凛とした表情で真っ直ぐにミルを見つめる。中にはタナクと呼ばれた男と、ミルの二人がおり、唐突の来訪者に驚いた顔を見せた後、こちらにガンを飛ばしてきた。
「なんだ貴様! 何しにきた!」
「ミル! あなたの話は聞いたわ。でも聞いて欲しい。私たちは昔現れた者たちとは違う! 一緒に魔王を倒しましょう! あなたも見たでしょう! ユリムくんの強さ!」
私はミルに肉薄する。しかし、そこに意外な人物が割って入った。
「サテラさん、それはちょっと強引じゃ無いですか……!」
「え? どうしたのユリムくん……だって私たちは……」
「分かってます! でも……違うんです。サテラさんは神様だからわからないかもしれませんが、僕たちにとって家族という存在は他の何者にも変えがたい大切な存在なんです」
「えぇ、それは分かってるわ……」
「本当ですか? 僕の目にはそうは見えませんでした。大切な人を失った感情はその人にしか理解できません。サテラさんの言葉はミルさんの気持ちを軽んじているように聞こえました!」
「ユリム……くん?」
私は初めて感情を高ぶらせたユリムくんの姿に、言葉に、胸がきつく締め付けられる感覚に襲われた。
何か言わないと、でも驚き戸惑い混乱し、うまく言葉が紡げない。
私は鳩が豆鉄砲を喰らったように口をパクパクするだけのオブジェと化した。
なおもユリムくんは言葉を続ける。
「ミルさん!」
「な、なんだ少年……」
ユリムくんはミルに詰め寄り両手を掴んだ!
私はとっさの出来事に目を開けっぴろげ驚愕する! 私だって手繋いだことないのに!
しかし、それは私だけではなかった。掴まれたミルも同じく目を丸くし、エルフ特有の長い耳を赤くしていた。
「はっ……なっ!?」
「ぼくは命を賭けて魔王を倒し、この世界を救います! ミルさんのように大切な人を亡くして悲しむ人をこの世界からなくしたいんです!」
「わ、え、う、うん……」
「そのためには、ミルさんの、皆さんの力が必要なんです! この世界から理不尽に悲しむ人がいなくなるように! 僕たちに力を貸してくれませんか?」
「…………」
「す、すいません! ぼくなんかがでばったマネを!」
ユリムくんが超速で腰を折る。
私には今の言葉はただ人助けに夢中になって周りが見えなくなるような、そんな少年の言葉ではない気がした。いろいろ言われてしまった私だが、不思議と嫌な気はしない。
「……いや、いいんだ。君の強さは私もしっかりと確認した。少なくとも二百年前のあのクズとは違う。すまないがそこのオブジェ女神とタナクは外に出てくれ」
「はい。わかりました」
「いや、誰がオブジェじゃ! なんで出ないといけないのか説明してもらわないと、」
「タナク、連れていけ」
「ちょっ!? 私は女神だぞっ!!」
あれよという間に外へ連れ出された。
ようやく振り切った私は壁に耳をあて聞き耳を立てる。
「何をしている女神」
「あんたらが女神嫌いなのはわかるけど私と昔の女神は別物だからね!? とんだ風評被害だわ」
「我らからしてみれば女神などどれも同じだ」
「タナクとか言ったっけ? ちょっと静かにしなさい」
エルフは見た目で年齢を推し量るのが難しい種族である。このタナクも青年風だが実際は二百歳などとうにこえているだろう。
たく、女神のこと物扱いしてんじゃないわよ!
私は中の声に耳を澄ます。
「えと、ミルさん……?」
「結婚していくれ」
バタンッ!!(ドアを開ける音)
「何言ってくれとんのじゃぁぁ!!」
「なっ! おいタナク! 連れていけと言っただろう!」
「す、すいません、とっさのことで……」
「どいつもこいつもなんでこの世界の連中はみんなこうなの!? ユリムくんは勇者だからね!? 結婚なんてそんなのお母さんが認めません!」
「助かりました……て、え? お母さん?」
「チィ……っ いいところで」
何この既視感……! あ、そうだわ、ヴァルトよ! 妙に既視感があると思ったらまんまあいつじゃない!
「どこをどう勘違いしたらそういう感想になるのよ。感性おかしいんじゃないの? ユリムくんだって困惑してるじゃないの」
「お前に言われる筋合いはない」
「……まぁいいわ。ともあれ同盟組んで一緒に魔王討伐してくれるってことで間違い無いのよね?」
「勘違いするなよ。私は少年の言葉に答えたまでだ。貴様のためでは無い。一時的に手を組むだけだ。魔王討伐が終わればこの少年を置いて消えてもらう」
「……う、まぁうん。突っ込みどころは多々あるけど、」
「一時的に組むだけだからな。終われば絶対不干渉だ」
「はいはい。これがツンデレって言うのかしらね」
「黙れ!! 貴様馴れ馴れしいぞ! オブジェ女神!」
何こいつ! やっぱり口数が多いだけのただのヴァルトじゃない!
「こっちが黙って聞いていればね!」
「やんのか?!」
「さ、サテラさん!」「ミル様!」
「「落ち着いてください!」」
かくして、ユリムくんの活躍のおかげで私たちは無事エルフの里を救うことに成功し、同時に同盟を結ぶことができたのだった。
対魔戦争の大きな一歩である。
その後、エルフの里を抜けた私たちは聖剣の素材集めを再開し、森を北上していた。必要なものの二つ目【アラクネの蜘蛛糸】を得るためだ。
ちなみに用途はつかの部分に巻着付けるアレである。そう、あれ。グリップ的なあれである。
にしても……なんだかユリムくんの元気がない気がする。
ユリムくんの態度を気にしながらも無言のまま飛んでいると、腹を決めたようにユリムくんが口を開いた。
「サテラさん……さっきはあんなこと言ってすいませんでした」
「んん? あぁあのことね、それで元気なかったんだ? いいのいいの気にしてないわよ。それより、今回はユリムくんのお手柄だったわね! 全部持っていかれちゃったわ」
「あはは、全部サテラさんありきのことですよ」
「謙虚ね〜、もっと誇っていいのよ! 勇しさをアピールしないと人類の希望にならないしね」
「そ、そうですよね! 頑張ります!」
くしゃっと笑うユリムくんの頭をくしゃくしゃ撫でる。なんかこれすると癒されるのよね。
「それよりご飯とかどうしてたの? 三日とんでたんでしょ? 睡眠とか」
「飛びながら樹に果物が無いか探して不躾けながら少し拝借させていただきました。夜は寝ながらとんでました!」
とりあえず無理してないみたいで安心だわ……人間の所業じゃ無いことを除けば……。
「なるほどね……」
「今どこへ向かってるんですか?」
「アラクネ族の里よ! 聖剣の材料集めね」
そういえば聖剣は先代の勇者が使ったからないのはわかるとして、今それはどこにあるんだろう?
それに二百年も経っておきながら一番賢いはずの人間の文明がそこまで発展してなかったのもなんでなんだろう? 五十年もあれば生活が一変するほどの発明がある物だと思うけど、大して目新しいものはなかったわ。
「次で二つ目の素材ですね!」
「そうよ、頑張りましょ!」
まぁ、わかんなくても魔王を倒せば全部解決ね、そのために早いところ四狂衆と七怪傑を片付けないと。しばらくしたら異変を察知した神界から救援が来るだろうし。
ユリムくんの笑顔を見て私の心の中の不安が少し晴れたような気がした。本当は私がユリムくんの心の支えとして救済へと導いて行かないのにね……。
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