第15話 世界の真実

 広大な森が広がる北半大陸中央部。五十メートルを超えるほどの高さの樹木がまばらにそびえ立ち、鳥型の魔物や木に生息するタイプの魔物が多く生息している。


 森の中心にはエルフが住み、上部にはアラクネ、西部にはゴブリン、東部にはオークが住む。


 そんな森の遥か上空を私は飛んでいた。


「あぁ風が気持ちい! 神界で空はできる限り飛ぶなって言われてるけどユリムくんが空飛んでるんだし、もういいわよね。それにしても森見てると落ち着くわ、これがアロマセラピーってやつかしら?」


 ある意味私は吹っ切れた。


 ユリムくんの素が凄すぎて女神である私のおまけ感が強くなってきたけど、私だってちゃんと女神の仕事をこなしている。


 ダンジョンの帰りに捕まえておいた魔族、フィノクに聞いた話によると、魔王の下には四天王と七怪傑という集団がおり、計九人の魔王軍主力メンバーがいるらしい。9人というのは、1人欠員が出ており、もう1人はフィノクがその七怪傑の構成員だったからだ。


 魔王軍の主力を一撃で倒してしまうユリムくんは一体……。


 なんて思っていたが、魔族全員が転移を使えるという恐ろしい事実も発覚してしまった。はっきり言って最悪の状況だ。前々からそれについては何かしらの対策を練っておかなければと思っていたのだが、どうにもできずじまいでいた。

 転移が使えるということはその気になればいつでも私たちを殺しせるということだ。ユリムくんでも流石に主力九人と魔王を同時に相手にするのは厳しいだろう。


 てか、敵が転移使うなんて上流世界の話よね!? 下っ端女神が初めて救済する世界としてはありえないレベルだと思うんだけど!? 

 魔王が転移使うならまだわかる。

 でも魔王軍の主力メンバー全員が使えるとか、上位神でも苦戦するレベルの世界よ!!


「本当、私あの上位女神様に嵌められたんじゃないかしら」


 なんて毒付いてみたがこんなこと聞かれてたらどんな目に合うことやら。素っ裸で丸一日晒し者にされるかもしれない。……怖い。


 他にも、疑問に思っていたことはかたっぱしから聞いておいた。

 しかし、妙なことに、聞いた話では不可解な点が多かった。


 普通、魔王が強くなるにつれて世界の荒廃度は増す。まだ全力を見たわけではないが魔王バステアは中流、ひょっとしたら上流世界の魔王に匹敵かもしれないほど強い。

 世界の階級が上がれば平均的な強さも上昇するのが当然だが、それにしても例に沿えば、人間やゴブリンなど、弱小種族の国などとうに滅んでいてもおかしくない強さだ。

 しかしこの世界は救済を必要とするほど追い込まれてはいないように見える。これまで会った人々の目に、まだ光が宿っていたのがその証拠だろう。


 おそらく、魔王のいるところが1万メーロル級の山々で隔離されているという地理的な要因もあるのだろうけど……いや、転移使えるんなら関係ないか。一番の要因はバステアが『他種族を殺すな』と命令していることね。この事実を聞いて私はますますバステアの目的がなんなのかわらなくなっていた。


 それと、魔族の使役する魔物は自身の魔力から生み出したものらしい。生み出したものの命令にしか従わないため、ダンジョンで出会った魔物のようになつくことはないとのこと。


 にしても、ユリムくんのあの強さはなんだろう。私の見立てでは、最上流世界の住人なのでは? と予測を立てている。それこそ魔王やそれに準ずるものが現れれば特例で神が直接戦うことを認められるほどの世界。


 これだったら、世界の階級が上がるごとにそこに住む住人の基礎能力が比例するため、あの強さにも納得がいく。

 でも、いくら最上流世界だとは言え、戦ったこともないような平民があれほどまでに強いなんてことがあり得るのかしら? 

 考えれば考えるほど謎が深まるばかりだわ。


 勇者の出身の詮索は、いろいろ問題があるので御法度にあたるのだが、明らかに普通ではないユリムくんに、私はどうにも気にせずにはいられなかった。


 はぁ……予想外なことばかりね。魔王の勇者も、魔物達も。でも、とりあえず早いところ魔王を倒してこの世界を救済しないと。


 そうこうしているうちにエルフの里が見えてきた。里と言っても木の上に作られたログハウスみたいなものだ。木の上に足場を作り、エルフ達はそこで生活をしている。


「ついたけど、やっぱり四天王が襲ってきたってのは間違いないようね……」


 枝葉の隙間から覗く木造の建物、その至る所に損害の跡が目に取れる。


 私は里へと降り立った。

 と、一人のエルフの少女が目に入る。

 その少女は私の天翼をみるや私に憎しみのこもった目を向け、


「女神は出ていけ!!」


 と言い放った。


「え……と、今なんて?」

「我らに神の手助けなど要らない!! 出ていけ!」


 間違いない。拒絶されている。

 どういうこと……? なんで女神である私が拒絶されているの……?

 見れば周囲に集まった他のエルフ達も私に排他的な視線を向けていた。


 おかしい……魔族に拒絶されることはあっても【人】に拒絶されることはありえない。

 周囲の視線にたじろぐ私に聴き慣れた声がかかった。


「サテラさん! きてたんですね!」

「あぁ! ユリムくん! 四天王は大丈夫だった?」

「はい! 僕が到着した頃には既に魔物達が押し寄せていましたがなんとか皆さんと協力して追い返すことができました!」


 今回は四天王を倒すに至らなかったのね。でも十分すぎる活躍よ!


「それで……私がくる前に何かあったの……? そんなことはないと思うけど、もしかしてユリムくんが何かやっちゃったとか……」

「いえ、特におもいあたる節はないです。昨日の夜はぼくを歓迎していただけましたし。でも確かにサテラさんに対して訝しげな視線を向けてますね」

「そう、ならよかった。族長にはあった?」

「はい! 多分そろそろここにくると思いますよ。とても優しい方でした」


 ユリムくんの声を聞けて安心したけど……わからないわ。私何かした……? 


 話しているうちに族長らしき人が現れたのか、エルフたちが頭を下げ始めた。


「これはなんの騒ぎだ。早く修復作業に取り掛かれ!」


 その一言でエルフらがずらかる。

 見た目は若く見えるが気迫は少女のそれではない。

 そして注意は私へと向いた。先ほどのエルフの少女よろしく私へと憎しみのこもった目を向ける。


「少年。その女とは知り合いか」

「はい! 女神のサテラさんです。えと、もうご存知かもしれませんがあの方が族長のミルさんです」


 うん……? 族長の……ミル? いや、ここはとりあえず。


「ありがとうユリムくん。初めましてエルフの族長ミル、私は女神サテラです。共にこの世界を魔王の魔の手から救いましょう」


 女神としての威厳を持って救済のテンプレートを口にする。

 初見でこんだけ睨まれるって相当よね……。でも私は女神、人々のわだかまりを解消するのも女神の務めよ! 気合入れていきなさい!


 どんな返事でもドンとこい! と構えて待っていると、ミルはユリムくんへと視線を向けた。


 ……お?


「ということは、少年、お前は勇者なのか」


 まさかの無視!!


「はい! すいません昨日はなかなか言い出すタイミングがなくて……」

「……そうか」


 静かにそういうと、ミルは私たちに背を向け去っていった。

 女神のプライドにかけて一言言ってやろう、そう思っていた私はミルの様子に一気に毒気を抜かれてしまった。

 去り際の一瞬……ほんの一瞬だけ見せた激しい葛藤をにじませた瞳が、私の心を強く打ったからだ。


「何かあるわね」

「何かぼくにいたらないところでもあったんでしょうか……」


 悲しげな表情を浮かべるユリムくんの背中を押すと、私たちは彼女の後を追った。


「ううん、あの感じはユリムくんに何かあったわけじゃないと思うわ。【勇者】と【女神】に反応した気がする。だから元気出して! 今からその原因を調査するわよ! 人々の闇を払うのも私たち救世主の役目だからね!」

「そうですか! ならよかったです! はい! 頑張ります!」


 ミルの後を付かず離れずついていく。


「ユリムくん、別れてからのこと教えてもらっていいかな?」

「はい、別れた後サテラさんに言われた通りまっすぐ山をこえてここへと向かいました。三日ほどかかってここへついた頃にはもう既に魔王軍が攻めてきてて、」

「それで追い払って今の状況というわけね?」

「いえ、それから何日か続いたんですよ」

「ええ?」

「何日か続いて、一昨日ようやく完全に追っ払ったんです」

「それで昨日はユリムくんの活躍を祝って歓迎会が開かれたというわけね、なるほど」

「は、はい……でもなんだかそう言われると恥ずかしいです……」


 まっすぐに褒められるとむず痒くなるのね。ユリムくんは年相応に顔を赤らめた。

 こういう強くても謙虚なところがこの子のいいところなのよね、本当に可愛くていい子だわ!


「いいのよユリムくん! どんどん照れて!」

「ええ!? なんだか話の内容変わってませんか?!」

「よしよーし、これからもその調子で頑張るのよ」


 髪の毛をくしゃっと撫でるとユリムくんは気恥ずかしそうに頬をポリポリかいて俯いた。


「あ、ありがとうございます……」


 あぁ、癒される! 不貞のヤカラ(ヴァルト)もいないから余計にいいわぁ!


 と、そんなことをしているとミルが家に入っていった。

 私たちは外から聞き耳を立てる。


 ダン! と何かを叩く音。


「話が違うだろう!! もうここには手を出さないと言っておきながら!! あのくそったれ! 今から乗り込んで問いただしてきてやる!」

「ミル様! 落ちついて下さい! お気持ちはわかりますが! 流石に危険すぎます! 今度ばかりはこのタナクがいかせません!」

「タナク、お前はこのままでいいと思っているのか!?」

「いえ……ですが! 我々が総出で魔王に挑んだとしても万が一にも勝ち目はありません! 今回の襲撃だって、あの少年のおかげでなんとか耐え忍んだのですよ!」


 デステンブルグでもこんなやりとりがあったわね……てか、やっぱりユリムくん大活躍じゃない! これなら同盟交渉もうまくいきそうね。


「……だがあいつは勇者だ」

「あの少年が!? 確かに……勇者であればあのデタラメな強さにも納得いきます。空飛んでたし。それに、お気持ちはわかりますが、あの少年が勇者でしたら尚更同盟を組むべきではないでしょうか。あの少年はとはレベルが違います」

「……おい、思い出させるな」

「も、申し訳ございません!」


 先ほどまでの浮かれた気分は吹き飛び、私は戦慄していた。

 ありえない。いや、もしこの話が本当であれば、これはとんでもない事態だ。


 前代の勇者が…………いた……?

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