第14話 分岐点
ダンジョンから脱出した後、新たな問題が発生した。しかし、あまりにも難しい選択を迫られ私はそれに頭を抱えた。そうしている間にも時間は刻一刻と過ぎていく。
「急いでエルフの里にいきましょう!」
「……でもユリム、魔物はどうするの」
「あ……そうですよね。一緒に……は無理ですか?」
私が離れている間、少しばかり体を大きくしたドラゴンがしっかりとユリムくんを守ってくれていたらしい。ヴァルトの体の所々に格闘した形跡が見られるがそこは……今回は突っ込まないでおこうと思った。
「一緒には無理ね、私たちの早さについて来られないわ」
「そうですよね……」
「……なら私がデステンブルクまで連れて行けばいい。私もそろそろ戻る予定だったから」
「あんたが魔物率いてデステンブルクに行ったら軍隊が出てくるわよ軍隊が! てか、その噛み跡痛々しいんだけど……バカね。逆立ちしても人間じゃドラゴンには勝てないのに」
「女神様聞いてください、そうだと言ってるのにこやつ諦めんのですよ! わかったか人間!」
「……また余計なプロテクトが。チ」
この危機感のなさ! 強力な精霊術も使えて頭もいいエルフは同盟軍の主戦力でしょうに! 自分の劣情が第一だこの子!
「サテラさんとアテウさんでこの子たちをデステンブルグまで連れて行ってください! 僕がエルフの皆さんの元へ向かいます! 場所を教えてください!」
「それなら私がいるから攻撃を仕掛けられたりはしないと思うけど、でもユリムくんを1人で行かせることはできないわ」
「何故ですか……!?」
「女神様……あんまり主人をいじめんでくれんかの……」
「はっ、いえ、違うんです……ドラゴンさん。サテラさんは僕を心配してくれてるんです。サテラさんを責めないであげてください」
「ぬぅ、主人が言うのであれば……」
「……でも本当にどうする。最善手はユリムに行ってもらうことだと思うけど」
確かに、ユリムくんが行ってくれるのが一番いい選択肢なのは間違いない。でも、いくらなんでも危険すぎる。土地勘のない場所で、しかもエルフの里は巨大な木々がそびえ立つ森林のど真ん中。空でも飛ばない限り遭難は免れない。
『ワチをここから出せば飛んで行けるがなぁ』
「バカ言うんじゃないわよ? 自分の立場わかってる?」
『ぬなぁ! ワチは魔王様から命令された身だぞ! ワチが魔王様に半目するわけあるか!』
「……何こいつ。人質の価値もない雑魚のくせに」
「ははは……アテウさん」
このユリムくんの一撃で撃沈した魔族を信じるのは厳しい。裏切らない保証はどこにもないのだから。もしエルフの里について反逆を起こしたら最悪だ。
「この子たちをここに置いていくわけには行かないし……万策尽きたわ。もうこの子たちはダンジョンに……」
「サテラさん! 飛べればいいんですよね!」
「ええ? まぁ、確かに飛べれば森に迷うこともなくなるだろうし……いいんだけど……」
この世界で飛べる種族はハーピーと魔族のみ、いずれも魔法ではなく翼で飛んでいる。魔族の場合はその膨大な魔力を具現化させた翼だが。
「飛べます!」
言って、魔法を使うわけでもなくユリムくんはドラゴンを地面に下ろし、ジャンプした。みるみるうちに空高くに登っていく。
人間の所業ではないが、まぁ一度見ているので驚くほどでもない。
「確かにすごいけど! 『跳ぶ』じゃなくて『飛ぶ』だよ! ……えぇぇぇ!」
「……飛んでる? なんの冗談?」
「流石主人です!」
三者三葉。それぞれ感想を述べる。
「ゆ、ユリムくん? どうやってるの? 浮いてるよね……?」
「あはは……上から失礼します。有り体に言えば、片足を上げたあと下に落ちる前にもう片方を上げて、それを継続しているんです!」
「…………」
え……確かに理論上できるのかもしれないけど。
それ人間にできるものじゃないよね!? 物理超越しちゃってるよね!?
そんなわけで、女神と勇者なのに別行動をとる事となった。
通常ならばありえない事なのだが、ユリムくんは純粋な身体能力……と言っていいのかわからないが魔法使わず空を飛べるほど馬鹿げた能力を持っているので今回は特例だと自分に言い聞かせた。
ユリムくんだけ物理法則が働いてないのかな?
なんて思ったが。
どうやらしっかり働いているようで、ソニックムーブを纏いながら飛んでいくユリムくんを見送った後、私たちは王国へと戻った。
*
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案の定、城内が大騒ぎとなる。
「女神様!! これは一体!」
血相を変えて飛び出してきたのは国王ネフマトだ。
確かに女神が魔物を引き連れて現れるなんて、我ながらどうかしてると思う。
「事情を説明しますので、とその前にこの子達を安全に待機させられる広めの場所を用意してくれるかしら?」
「は、はぁ……広い場所ですか。今すぐ準備できるところといえば士官学校の校庭でしょうか。そこに連れていきましょう」
「……では、私は軍総司令のところへ行ってくる」
そこでヴァルトと別れて、私たちは魔物達を引き連れ校庭へと向かった。
城の中を歩いていくが、人間にとっては一匹で充分な脅威となる魔物達がついてきているのだ、すれ違ったもの達が悲鳴をあげるか卒倒している。
一応安心させるために天翼を広げてはいるけど、どう見えてるんだろうなぁ。
「女神様、勇者様の姿が見当たりませんが勇者様はどこへ?」
「ユリムくんなら空飛んでエルフの里へ向かったわ」
「エルフの里、同盟の件でしょうか?」
「んー、間接的にはそうなるかもしれないわねぇ」
魔王が接触してきたことやユリムくんがとんでもない人外だってことは言わない方がいいわよね。混乱させて余計な不安を与えてしまうことになるし。
「なるほど! それは助かりました。エルフは矜恃が他種族とは比べ物にならないと聞いていたものですから、憂慮していたのですよ。勇者様が直接交渉に行っていただけたのなら安心ですな」
「ヴァルトもそう言えば言ってたわね」
前々から危惧してたものね、プライドの高いエルフが仲間になるだろうかって。
もしユリムくんが間に合ってエルフの手助けをしたとなれば、同盟も案外すんなりといくかもしれない。
しばらくいくと校庭が見えてきた。
「よし、じゃあ、あなた。この子達の監視役お願いね? いきなり暴走したりしないとも限らないから。それと人間がちょっかい出してきても襲ったりしちゃダメよ?」
「わかりました女神様」
ちょっと不安ね。流石に人間もこの高レベルの魔物達にちょっかい出すことはないだろうけど……この子達のうち十匹が暴走したらこの国確実に滅ぶし。
ドラゴンが喋ったところを見て、ネフマトは驚愕していた。
「魔物が喋った……!」
しまった、先に紹介しとくべきだったわ。
と、私が説明をするより先に、二メートル台のサイズになったドラゴンが王へと擦り寄る。
「貴様が人間の王か。我は勇者ユリム様の配下である」
「…………」(口をパクパク)
「こらこらあんまり凄まないの。じゃあ、ここは任せたから、しばらくしたら戻るわ」
「お待ちしております」
震える王を尻目に城の中へと戻った。
それから会議室へと行き王にここ二週間のことを告げる。
初めはリアクションをとっていた王も、次第に表情筋が『超驚愕』一色に固定されてしまった。
まぁ、普通はこの反応になるわよね。ヴァルトが動じなさすぎるのよ。
「てなわけよ」
「勇者様スゲエ。マジパネエッス」
そう! これが通常の人間の反応なのだ!
私は普通の反応を見れたことに安堵するとともになんだか妙に誇らしさを感じた。
コンコンコン。
王の表情が固まったままの中、会議室の扉が鳴る。
「軍総司令マクス、並びに軍曹ヴァルトアテウでございます」
「入っていいわよ」
表情筋が固まり動けないでいるネフマトの代わりに私が返事を返した。
円台の席についたマクスとヴァルトは真剣な様子で今後の展望について話す。
「女神様、ヴァルトから伺いました。まずは度重なる非礼をお詫びしたいと思います」
「いいのいいの、ヴァルトも反省してるみたいだし……してるよね?」
仏頂面のヴァルトに視線を送る。
「…………」
「うん、多分してるよ。で、調子はどうなの?」
「はい、同盟の件につきましては、順調に進んでいる模様です。先ほど竜人族の族長から連絡がありました。戦力についてもある程度の把握はできております。ですが魔族についての情報が少ないのが難点です」
「それなんだけど……」
言っていいのかしら。この魔族は多分たくさんの人を殺してきた。死んでいった人たちのことを思えばこの子達がこいつを憎んでいるのは当然のことだろう。
「はい、聞いていおります。確かに目に入るだけで殺したい衝動にかられます。しかし、他の大多数を守るため、私怨を抑え軍人に徹するつもりです」
「そう……心中お察しするわ。ここに魔族が封印してあるから、これから尋問をしましょう」
言って、エルプスを取り出し、台の上に静かにおく。なんの変哲もないただの袋だが、これが女神全てに与えられる万能神具なのだ。
「これから事細かに魔族について質問していくから嘘こくんじゃないわよ」
「へいへい。魔王様の命令なんだからするわけないだろぅ」
「あとその喋り方もやめなさい。むかつくから」
「はい」
魔王に命令されているからなのか、命令には従順だ。
「これが捕まえてきた魔族ですか」
「女神様の御前ではなければもはや殺していたやもしれん」
歯軋りをする音が鳴る。ネフマトが憎悪の視線を台の上のエルプスにむけていた。
マクスは一瞬憎しみの表情を浮かべたが軍人としてパッと態度を切り替える。
「では、魔族について知ってることを全て話してもらおう。最初に、魔王の目的について、その後魔族について」
「魔王様の崇高なる目的がワチに推考できるわけないだろ。ふしししししし」
ダンッ!
「ヒッ。すみません。ゾンジアゲマセン」
「本当に自分の立場を弁えなさいよ。じゃあ、私は勇者様のところに戻らないといけないから、席を外すわね。魔物達のことはヴァルト任せたわよ」
「……了解」
「じゃあ、この魔族置いていくわね、でも力は封印してるからあなた達でも勝てるけど、気が済まないなら拘束なりなんなりしていいわよ。でも、殺さないでね」
封印を一部解除すると、体操座りしたへっぽこ魔族、もといフィノクが現れた。
「やはり貴様、先日ここを襲った魔族ではないか! 民の怨念今晴らしてくれる!!」
「ひいい!」
「王、抑えてください」
「はぁ……はぁ……取り乱してしまった。すまない」
マクスが抑えてようやく正気に戻ったネフマトが頭をポリポリ掻いている。
いや、心配になってきたわ……!
「じゃ、じゃあ行ってくるからね」
「あぁぁ!! 置いていかないでくれぇぇ!! 女神様ぁぁ!」
私は急いでその場を後にした。
王国の外にきた私はそれ空を見つめる。
「さぁ、急いでユリムくんのところに戻らないと! 強いから負けることはないと思うけど心配だわ」
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