第13話 勇者と魔王
「案外早かったな」
「あなたは……!」
しばらく後、いろいろな感情のおり混ざった空気は一変して、緊張に包まれていた。
「バステア……!! ユリムくん剣を構えて!」
「は、はい!」
張り詰める空気。先ほどのドラゴンとは訳が違う!
ドラゴンと打ち解けた頃、さぁオリハルコン採取をしましょうかという時に魔法陣が現れたのだ。そこから姿を表したのは正真正銘まごうことなき魔王。
次会ったときは絶対に動いてみせると意気込んでいた私は、魔王の圧力に気圧されながらもかろうじて指示を出せていた。
そして今度こそ短剣を構えるユリムくん。
私の頬を冷たい汗が伝う。
『隙を見て逃げるよ………』
『……わかりました』
脳に直接通信を送る。同じ轍は踏むまいと、道中使い方を教えておいたのだ。
ゴクリと息を飲んだ時、魔王の荘厳な声が洞窟内にこだました。
「安心しろ。殺しにきたわけではない」
「え、と……」
「信じちゃダメよ!」
「本気でそう思っているのだがな」
言葉に惑わされぬようユリムくんに声をかける。
逃げよう、そう思っていたが肝心の足が動かないことに今気づいた。これでは逃げることはできない。
ヴァルトもかろうじて立ってはいるがどうやら動けないでいるらしい。
私は意を決した。
「あんた嘘ついたじゃない! 宣戦布告するまで手は出さないて言ってたわよね!」
そう、時間稼ぎだ。この圧力に慣れるまで話を食いつなげば、一瞬の隙をついて逃げられる……はず!
「俺がいつ手を出した?」
「トロールの里襲わせたのはあんたでしょ!」
「俺がその場にいたか? 貴様の目はどこについている? その顔についているのは目ではないのか?」
「はぁ! そんな屁理屈今時ちびっこ神でも言わないわよ! 魔王のあんたが手を出さないって言ってんだから魔族の総意になるに決まってんでしょ!」
「……勇者。せっかく剣を構えたのだ。かかって来い」
この魔王、露骨に無視しやがった!!
「え、と……はい! はぁぁぁ!」
返事と同時に飛び込んだ。私は魔族を一撃で倒したという話を思い出し、もしかしたら……という淡い期待を抱く。
ユリムくんの強さは未知数。もしかしたら魔王を凌駕するほどの強さを持っているのかもしれない!
踏み込み、一瞬で魔王に肉薄する。剣を振り上げる最中、魔王はゆっくりと一歩前に進んだ。ユリムくんと比べればスローに見える程遅いその動きに、私は行ける! と心の中でガッツポーズする。
しかし、一歩進んだ魔王はゆらりと片手を上げ、素早く飛び込んだユリムくんの剣の持ち手を掴んだのだ!
決して軽い攻撃ではない。
魔王の足元に走った亀裂がその威力を物語っている。
「力にスピードは充分だが、動きがまるで素人だ」
「す、すいません……」
「実戦の経験が乏しいように見えるな。人と戦ったことがないのだろう?」
まるで師弟のような会話に私は唖然とする。それと同時に、魔王の懐に易々と入り込んでくるような優しく慈愛を纏った声音に不思議と警戒心が薄まっていった。
何この魔王……意味がわからない。何を考えているの? ユリムくんも律儀に答えちゃってるし!
「はい……実は武器を使うのも初めてで」
「ほう。どうりでな。ここに来るまでに魔物がいたはずだが、素手で倒してきたのか? ここはダンジョンだ。そこそこの魔物がいただろう」
「いえ、魔物達に懐かれちゃいまして。あ、今扉の外で待機してます」
もはや、並んで普通に喋っている二人に、魔王とはなんぞ? という考えすら浮かんでいた。
魔王は通常ならば、勇者を見るや否や襲いかかってくるものなのだ。
「殺さなかったというのか?」
「はい! 敵意のない子達を殺す理由はありませんよ」
「ははは。貴様は面白いやつだな」
……訳がわからない。勇者と魔王が笑い合っている姿に私は困惑した。
魔王は高らかに笑った後、私に視線を移す。
「貴様は面白い勇者を連れてきたな。褒めてやる」
「! べ、別にあんたに褒められたところで嬉しくなんかないわよ!」
「俺は心が広い。貴様の無礼も許してやろう。それで」
魔王が言葉を続けようとした時、何者かの声が洞窟内を埋め尽くした。
『魔王様!』
「ひゃ! なに!?」
私はびくりと体を震わせた後、心当たりのあるものを取り出す。
エルプスだ。トロールの里でユリムくんが一撃で沈めた魔族を、のちに私が封印したあの万能袋。声の正体はあの魔族であることは容易にわかった。
魔王が訝しげに見つめた後、口を開く。
「フィノクか」
「そうでございますぅ! 大陸西南を任されていたフィノクでございますぅ!」
私はエルプスの中から喋れるという新しい発見に少しばかり感心していた。
だんだんと緊張感が薄れてきた頃、完全に空気とかしていたヴァルトがようやく口を開く。
「……携帯魔族」
ヴァルトの呟きで私は一気に脱力した。いや、今言うことじゃないよね!
「助けてくださいぃ!」
「おい女神、どういう状況だ」
なぜか仲間である封印魔族ではなく私に聞いてくる。
まさか……敵討ち……
私は慎重に言葉を選び、逆鱗に触れぬように言葉を紡いだ。
「ユリムくんが倒した魔族を封印してるだけだけど……」
「そうか」
続く言葉に全神経を集中する。一挙手一投足……全く油断できない状況に瞬きもせずに息を呑む。反響した声が消えた後、しばらくの沈黙が続いた。
あれ? 言葉の続きは……? 誰しもがそう思い始めた頃。
微妙な空気が流れ始めた。それを破ったのは……
「えぇ! それだけですかぁ!?」
エルプスに封印されている魔族、フィノクだった。
ちょ、鬱陶しいなぁもう! うるさいわ!
私はまたしても一気に脱力する。そしてそこにバステアがさらに辛辣な言葉を被せた。
「貴様はいらん。女神、そいつはくれてやる」
「えぇ! ワチはいらない子ですかぁ!?」
「ちょっとあんた鬱陶しいんだけど! つまりあんたはこの袋の魔族はいらないってこと?」
「……多分そういうこと」
「何度も言わせるな。おいフィノク、お前の崇拝する魔王様の最後の命令だ」
「は、はいぃ」
「その女神に従え。以上だ」
ど、どういうつもり!? この魔王……考えていることが全くわからない!
「は、はいぃ。わかりましたぁ」
と、悲しげに返事をするフィノクに少しばかりの同情を覚えた。
「それと、良いことを教えてやろう。今日から三日後、エルフの里を四天王の一角が襲うそうだ。放っておけば確実にエルフは滅びるだろうな」
「そ、そんな! バステアさん! なんでそんなひどいことを!」
「それをわざわざ教えて! あんたはなにが目的なの! 本気で滅ぼす気ならわざわざいう必要はない。それに……ここから中央山脈を挟んだエルフの里に三日でいくなんて……空でも飛ばない限り不可能だわ!」
「ほう、つまり女神である貴様は見殺しを選択するというわけか。さぞかし辛かろうなぁ行けば救える命があると知っていながらそれを救えぬというのは」
「……性悪」
「なんとでも言え。なぁ女神、不可能を可能にするのが貴様ら女神の仕事ではないのか?」
魔王はそういうと邪悪に口元を吊り上げた。先ほどまでの友好的な様子とは一変して命の重さなど微塵も考えていないような、そんな残虐性と冷たさを醸し出す。
くぅ……! 全く考えの底が見えないわ。もし本気でエルフを滅ぼしたいのであれば転移が使えるこの魔王が直に行くはず。
……エルフを滅ぼすのが目的ではない? それに、ユリムくんを殺さないというのもおかしい。いや、それ以前に不可解な点が多すぎる……。
「あんたはなにが目的なのよ! なんで自分が不利になるようなことを好き好んでするわけ!」
「目的……強者の余裕、とでも言っておくか。それより良いのか? こうしてる間にも時間は流々とすぎているぞ。エルフのことだ。戦闘が始まってもしばらくは粘ると思うんだがな」
つまり、急げば途中参戦で助太刀できるだろかもしれないぞ。という意図だろう。
私たちをここから遠ざけたい……? 私たちがエルフの里へ向かってこいつになんのメリットがある? 道中襲わせる? いや、私たちを殺す目的ならそんな周りくどいやり方せずにここで殺せば良い。
「考える暇があれば先へ急ぐことをお勧めする。それではまた。近いうちに会うだろうな」
いうと、魔法陣が現れ魔王は消えた。
プレッシャーを放つ原因が消えたというのに重苦しい空気は変わらない。
「……魔王バステア、余裕でユリムの一撃を見切ってた」
「確かに力だけでは勝てないと思い知らされました。でもなんだろう……はっきりとはわかりませんが、指導をする言葉に温もりを感じました」
気まずい空気を取り繕うと二人が言葉を交わす。
そんな中、私は魔王の考えについて思考を巡らせていた。
大抵の魔王は、魔族以外の種族を滅ぼすとか、世界を制服するとか、世界によって目的は様々だけど大体排他的な思想を持って、それを動機に動く。そう教えられてきた。
だから他種族もしかり、勇者だって、現れれば全力で殺しにくるのだけれど……。
イレギュラーな魔王に、私は妙な気持ち悪さを感じていた。
「
「あの、サテラさん、このドラゴンさんどうしましょう。大きくてダンジョンの狭い通路通れないですよね……」
「忘れてた。でも、ドラゴンくんは小さくなれたはずよね?」
「それなら大丈夫ですね!」
「……ドラゴンか」
なにやら深刻そうな顔をするヴァルト、おそらく宿舎の件を思って憂鬱な気分になっているのだろう。私はこそっと耳打ちする。
「本当に大丈夫なんでしょうね? 最悪ユリムくんがあんたの事避けるようになるかもよ」
「……避けられたら私寝込む」
「それは困るわ。あんた人間の主力なんだから」
私たちがこそこそする中、話を聞いていたドラゴンが小さくなり始めた。
「すごいですね! 本当に小さくなれるなんて!」
「だてにドラゴンやってませんからね! でかいと色々不便なんでっさ」
「なるほど!」
手のひらサイズまで小さくなったドラゴンはユリムくんの手の中で嬉しそうに尻尾を振り回している。一応この世界最上位種、ランクは推定A。暴れれば人間の国などあれよあれよという間に壊滅するだろう。
「……言葉を理解する魔物なんて聞いたことがない」
「まぁ……今はそんな事気にしてる場合じゃないわ! 急ぎましょう!」
きちんと戸締りをし、どたどたと慌ただしくその場を後にした。息せき切りながらダンジョンを駆け上がる。足の遅い魔物も早い魔物もいるが皆一様にしっかりついてきている。
帰路はわかっているので、あっという間に半分ほど上がった時。
「お主、オリハルコンなるものをここに取りにきたのではないのかぁ」
胸元のエルプスから声が!
「…………」
徐々に走るスピードが落ちていき、一瞬の沈黙が走る。
「もっと早く言いなさいよぉぉ!!」
「ひぇぇ! なぜワチが責められぬといかんのかぁ!」
「オリハルコンとってくるから、ヴァルト! 絶対にユリムくんに変なことするじゃないわよ! ドラゴン! しっかり見張っててね!」
「えと要領がつかめないのですが……わかりました」
ヴァルトに釘を刺し、二人を残して息せき切りながら最深部へと舞い戻る!
「あんた本当になんでここ出る前に言わなかったのよ!」
「だからなんでワチのせいにぃ、魔王様の後ろ盾があると思ってぇ……ワチだって辛かったんだぁ!」
「女神の後ろ盾が魔王だなんて鳥肌の立つようなこと言わないでくれるかしら!? まぁ、捨てられたことには同情するわ。私だって鬼じゃないから」
ふと、ユリムくんが切り込んだ際に出来た亀裂が目に入った。
あれ……? このレベルの攻撃を仕掛けたのなら踏み込んだところにも亀裂ができてないとおかしいんじゃ……。
しかし、踏み込んだはずの位置にはそれらしき亀裂はなかった。
確かに思い返せば踏み込みの音も不毛地帯のあれと比べると全然……。
まさか手を抜いて……?
「早く行かぬとエルフが滅ぶのではないのかぁ?」
「わ、わかってるわよ!」
エルプスにオリハルコンを取り込んだ後、不可解な現場に私は頭を悩ませながらも私たちは大急ぎでダンジョンを後にしたのだった。
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