第12話 ダンジョン攻略
王国デステンブルク。
近い対戦に備え、上層部の人間たちは慌ただしく準備をしていた。
その喧騒の中、デステンブルク国王ネフマトは玉座にたたずんでいる。白髭に厳つい体、かつて軍人だった頃の名残を残したその王は、自身の犠牲をかえりみず民の安全を第一に願うと同時に国民からも愛されている心優しき賢王だ。
「マクス。準備の方はどうじゃ」
「はい、王。着々と準備は進んでいる模様です。既に先ほど魚人族とリザードマン族との同盟は成立したとの情報がありました」
玉座の前に跪くのは軍総司令のマクス。戦に出れば負けなし、常に冷静で多方面から物事を分析し、緻密な計画を立てるその真摯な姿勢、そしてその人柄から、彼を直接知るものだけでなく、国民からも全幅の信頼を置かれている。
武も智も兼ね備えるかつて類を見ないほどの天才だと称されることもしばしば。
「そうか。うまく進んでいるようじゃな。女神様が檄を飛ばしてくださったことで軍人の卵たちも一層気合の入った修練を積んどるようじゃ」
「確かに、女神様の檄はかなり効果的だったようです」
「うぬ、お主の進言のおかげじゃ。まさかそこまで気を配ることができるとはの。感心したわい」
「恐縮でございます」
「謙遜するでない。今回の大戦もお主に期待しておる」
「尽力いたします。して、王。人間は弱さゆえに他種族との関係が軽薄でございます。おそらく戦争を始める前にかなり揉めるでしょう」
「ううむ。確かにそうじゃの。確かに我々は竜人族と魚人族、間接的にじゃがケンタウロス族としか交流がなかったか」
ネフマトは一考するそぶりを見せたが、すぐさまマクスの意図を察したのか。「よし、お主に一任しよう。任せたぞ」と一言かけたのだった。
「尽力いたします」
三日程前。魔王城隠し部屋にて。
バステアの前に、深くフードを被った男が跪いていた。
外界から閉ざされた薄暗い部屋を、小さな魔石が柔らかく照らす。
「……やはりエルフか」
「はい、同盟の件は厳しくなるかと思われます。エルフさえこちらに取り込めればあとはスムーズにいくはずなのですが」
「そうか。思っていた通りだ」
バステアは特に焦る様子も見せずに言い切る。
「……まさかそこまで先を見越して! もしや策が?」
「あぁ、先日エルフがまた乗り込んできてな。種は撒いておいた」
「さすがでございます」
「引き続き他の連中にはバレぬように事を運べ。人間どもの同盟については確実に成功するよう俺が手を回す。貴様はその後について考えろ」
「は!」
「アイリスだけには絶対にバレるなよ。いけ」
「承知いたしました」
現在。
私たちはようやくダンジョン最深部一歩手前まで来ていた。
「あっという間にダンジョン最深部……戦闘回数ゼロ……仲間になった魔物……百体越え……軍隊よりも強いんじゃないのこれ?」
私は改めて後ろを振り返り、辟易した。
普通であれば有無を言わさず襲ってくるはずの魔物達が、ひしめき合いながらもきちんと大人しくついて来ているのだ。
ここまでくると女神らしからぬ思考が芽生えてくるわ……。
いっそ魔物を煽ってわざと私を襲わせて、そこを助ける勇者様的な展開に持って行って強制的に戦わせようかしら………いやいやだめよ! 私は女神なのよ。そんなことするわけには行かないわ。
「……ここどこ?」
「ダンジョンよ」
「……だよね」
ヴァルトも最初の方は魔物が現れるたびに武器を構えていたが、肩透かしを喰らうこと5回。6回目からは身構えることすらしなくなった。
確かに襲ってこない魔物を殺す気にはなれないわよね。
「なんだか、たくさん懐かれちゃいましたね……もしかしてサテラさんがいるおかげですか?」
ユリムくんが苦笑いを浮かべながら首を傾げる。
けど、そんなわけがあるはずない。ティアナだって言ってたもん。ダンジョンで魔物と戦ってるって。つまり女神にはもちろん勇者にも魔物に懐かれるような仕様はない。
「まぁ……そう言うことにしときましょうか。じゃ、気を入れ替えてそろそろ最深部へと行きましょう。後少しでオリハルコンのあるところに入るわ」
「……オリハルコンはどこ」
「ダンジョン最深部のどこかにあるはずだけど、詳しくはわからないわ。近づけば女神の神聖な力に呼応するはずだから、反応があるまでダンジョン内を虱潰しに探していくことになるわね」
「……ふーん。戦わないだけマシ」
「サテラさん、この子達にも手伝ってもらうと言うのはどうでしょう? 効率的だと思うんですが」
「うーん、意思疎通ができるなら可能かもしれないけど、この世界にはそう言った技術はないんじゃないのかな?」
「……うん、そう言う技術はない」
「そうですか……」
ユリムくんが落胆の色を見せながら魔物を順々に撫でていく。
勇者が魔物に懐かれるなんて異様だわ……少しでも強くなってもらうことも兼ねてダンジョンに潜ったのに、もう9割ほどのところにきてまだ一度も戦ってない。なんてそんなことある?
はぁ……。
訓練についてはまた別のところで考えるとして、なにはともあれ、オリハルコンを見つけましょう。早めに聖剣を作ってないと後々強い魔族が現れた時に丸腰で戦わないといけなくなるわ。
それから私たちはしばらくダンジョン内を散策した。
その間にも様々な魔物が現れたのだが、ことごとくユリムくんに懐いていった。流石にダンジョン最深部とだけあって魔物のレベルもかなり上がってきている。ヘインの村に現れたケルベロスレベルがちらほらと見える。
……まぁもちろんその高レベルの魔物たちも懐いているわけだが。
「……こんなの見たらハヌマが卒倒する。それどころか1週間寝込むかも」
「ははは……あの子なら「なんスかこれぇぇ」っていいそうね……」
「サテラさん、この子達どうしましょう。ずっと連れておくのはダメですよね」
「うーん、確かにずっと連れておくのは行く先々で不安を与えるかもしれないからおいていくしかないわね」
「そうですよね……こんなに良い子達なのに」
わ、私悪いことは言ってないのになんだか私が傷つけたみたい! そんな悲しい顔しないで……!!
言葉が通じるはずがないのに、心なしか魔物達もユリムくんに寄り添い悲しそうな表情をしているように見えた。
いたたまれなくなった私はヴァルトに助けて! という視線を送る。
私の意図を汲み取ったのか、ピクッと眉を動かした後何か思いついたようにユリムくんへと寄っていく。
「……ユリム。その魔物達連れて行けるかも」
「本当ですか!」
いや、大丈夫……? ちゃんと根拠あるのよね……? これでダメでしたはい残念ってなったら余計傷つけることになるわよ!?
「ちょ、ヴァルト。大丈夫なの? ユリムくんに希望を持たせる前に私にどうするのか聞かせて欲しかったんだけど」
「……うん。多分大丈夫。女神様のお墨付きだと言えば軍の宿舎を貸してもらえるかもしれない」
「多分って……もうすでに二百体近くいるけど、本当に大丈夫? スペース足りる? 期待させて落とすとあの子多分酷い落込み方するわよ?」
「大丈夫。多分」
多分って……本当にこの子は。
ユリムくんはヴァルトからの朗報に満面の笑みを浮かべて魔物達と戯れている。
私はその様子を見てなんとも言えない不安に襲われた。ユリムくんが傷ついたらどうしようという不安と、本当に大丈夫なのかという不安。
「……とりあえずオリハルコン」
「アテウさん! ありがとうございます!」
「……妻として当然のこと」
「ちょっと待ちなさいそれは認めないって言ってるでしょう!」
グイッと引っ張って耳打ちする。
「あんたそれ目的で自信もないのに行き当たりばったりなこと行ったんじゃないわよね?!」
「……大丈夫だって」
「否定しないあたりどうなのよ!?」
いや。信用ならねえ! もしそれが無理だった時の断案も考えとかないと!
「サテラさん? アルトさん?」
「ううん! 大丈夫よ! この子達も連れて行けるわ!」
「よかったぁ! よかったねみんな!」
あぁ、もうこれ引き返せないやつだわ。こんだけ期待させちゃったんだから死ぬ気で代案考えとかないと。
そんな会話をしながら私たちは先へと進んでいく。
「あ、近いみたいよ! 今ビビッと来たわ! 神聖なる力が!」
「ようやくですね!」
「……胡散臭」
気配を辿って先へと進んでいくと、古びた大きな扉が現れた。両開きのそれは重厚な扉が。
「この先にあるはずよ。ここからビンビン神聖なる力が感じるわ」
「すごくおっきな扉ですね……なんだかどうやってこんなおっきいの作ったんでしょう」
創造神様が作ったんだからまぁ、下界の人々の想像を軽く超えるわよね。この反応も納得できるわ。うんうん。
「……開くの?」
「神様が作ったものだから神の力に反応して開くわ、でも一応どんなものか知りたいからヴァルトとユリムくん押してみて」
ダンジョン最深部の扉は神の力に反応して、神が押せば開くようになっている。
一応情報の確認ということでヴァルトとユリムくんに押してもらうことにした。情報があらかた間違っていた以上、こう言ったところでの細かなことの確認もしておく必要があると判断したからだ。
「じゃあアテウさんがそっちを、僕がこっちを押しますね」
「……共同作業」
「……………」
なんか変なこと言ってるけど……実害はないみたいだしいっか。
「それじゃ行きますよ! せーの!」
その掛け声とともに気合を入れて二人が片方ずつ扉をおす!
ゴゴゴゴゴ………(扉が開く音)
フヒョっ?!(私の驚く声)
ヴァルトの方は押してもびくともしなかったが、ユリムくん側の扉が地面を引きずる重たい音ともに開いた。
その場の三人、加えて魔物達も戸惑っている中、誰が声を発するより前に、中から何者かの鳴き声が聞こえた。
『ニャオ。』
その場になんとも言えない微妙な空気が流れる。そして、扉が開いたことよりさらに驚く私。
「……え。ネコ?」
先に中に入って行ったユリムくんを追い、恐る恐る中に入っていく。後に続くヴァルト。
扉の先には青白く輝く無数の鉱石が散らばっている巨大な洞穴が広がっていた。
その中心に、高さ五メートルほどはある塊が不自然に鎮座している。艶やかな表面があたりの鉱石光をまばらに反射し、下には巨大な爪が見えていた。
それが微動したかと思えば、ガタガタと震え出した。そして……
『ニャオ。』
再度鳴いた。
……いやドラゴンだよね!
「なんでこんなところにドラゴンが!? ユリムくん! 剣を構えて! ドラゴンはケルベロスよりも強いこの世界じゃ最上位の魔物よ!!」
「戦うんですか? でも、怯えているみたいですよ……?」
「違う違う! あれは勝手に侵入してきた私たちに切れてるのよ!!」
「……ドラゴン。初めてみた」
「よかったわね! ……てそんなことは良いのよ! ユリムくん! 武器構えて!」
「その、明確に襲ってきてからじゃダメですか……」
「襲ってきたらって……攻撃を喰らったら手遅れになるわよ?!」
急かす私。しかし、ユリムくんは震えるドラゴンを見て怯えていると受け取ったらしく、一向に武器を構えない。
対するドラゴンは大きな体の側面を私たちに向け、いまだに震えて
え……これ本当に怯えてるだけなんじゃ……?
「ちょっと様子を見てきます」
言って、私が止める間も無くユリムくんは無用心に回り込んでいった。
「ユリムくん!?」
ユリムくんの姿が消えた後、更にドラゴンが震え出す。
しばらくして、ドラゴンの震えが治った頃。
「サテラさん、この子やっぱり怖がってただけみたいです」
ドラゴンの背中からヒョコッと顔を出した。
唖然とする私の肩を何者かが叩く。
「……人生ってわかんないものだね」
「いや、何がどうしたらドラゴンが『ニャオ』なんてなくのよ?!」
「あはは……ドラゴンだとバレないように猫マネしてたみたいですよ。とにかく悪い子じゃないみたいです!」
調子狂うわ……ドラゴンですら敵対意識を持たない世界って、救済求める世界としてはどうなのよ!?
私はドラゴンと戯れ出したユリムくんを眺めてまたもや唖然とするのだった。
『殺されるんじゃないかと思ってびっくりしましたよ……』
「そんないきなり斬りかかるような不躾なことはしませんよ。ははは」
魔物が喋った……!?
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