第11話 ナーガ・オリハルコン探し

 男……ユリムくんがいなくなったことで目の前のナーガは落ち着きを取り戻し、私の女神力が性欲に勝ったところで族長のところへと案内させた。


 正直言って、私の女神力が性欲といい勝負だったってのは遺憾だわ……。


「……質問。下半身が蛇でも些細な違いなのか」

「そうね、私からすれば些細な違いよ。あなたたちは総じて【人】だから」

「……驚いた。ユリムが外見に驚かなかったのもそういう理由なの?」

「ユリムくんは見た目で人を、というか魔物さえも見た目で判断しない子だからね。正直私でもあの子の人の良さには驚いてるわ」


 人が良い……確かに聞こえは良いが、この言葉でユリムくんのことを表現するには、少し引っかかりを覚える。やはり、あの子は目の前の人助けに集中しすぎて周りが見えなくなる節がある。身もふたもない言い方をしてみれば、目の前しか見えていない。そして今のところはとんでもない力があるだけにそれが難なくいってしまっている。冷静に考えれば女神である私の制止を聞かずに1人暴走してしまうと言うのは由々しき事態だ。もしユリムくんの手に負えない相手が居たら……想像するだけで寒気がする。


 私がしっかりと導いてあげないと。



「……私の旦那さんだから」

「だからそれは認めないって言ってるでしょ! いいから早く済ませてユリムくんを外に出すわよ」

「……未来の」

「未来永劫認めないから諦めなさい」


 こそこそと耳打ちしながら広場の一角にある細い抜け道をナーガについていくと、また広い空間が現れた。ここだけ他とは違って豪華な飾りが施されている。


 さらにその奥、豪奢な扉の前で先導していたナーガが手を顔の前で合わせた。


「族長様、女神様と人間を連れてまいりました」


 ガタガタガタガタ!! バタン! バタン!! ガッチャンガッチャン!!


 ――な、なに!? 


 突然中から鳴り出した騒音に、私は驚いて体を震わせる。その隣でヴァルトは相変わらずの仏頂面をかましていた。


 しばらくしてガタンと勢いよくドアが開かれ、ドアの向こうの人が慌てた様子で手を顔の前に合わせる。


「め、女神様! わざわざ御足労いただき恐悦至極に存じます!」


 肩を揺らし息を荒げながら出てきたのは、

 サファイア色の瞳、おっとりした容貌、黄緑色のエメラルドの様な髪。顔の周りにはきらびやかなアクセサリーがゆらゆらと揺れる女の子だった。


【ナーガ族】族長の【ウィシャヌ】だ。


 私はその見た目から、直感的に清楚な人だと感じた。


 ナーガ族はその性質上、男に対して過剰なまでの反応と執念を見せる。しかし、案内してくれた人はともかく、この族長はとても男がいるからと言って劣情を晒し出す様な人には見えなかった。


 この感じなら、交渉もうまく進みそうね!


 私は威厳を醸し出しつつ優しく語りかける。


「族長ウィシャヌ。ワタクシと共に魔王と戦いましょう」

「あぁ! 我々にも天の導きが!」


 自ら煽る様なことをしておいてなんだが、仰々しく崇めるサマに私は少しだけたじろいだ。


 ……これが女神に対する普通の反応なのかしら……。だとしたら少し疲れるわね……いや、女神なんだからこれくらい慣れとかないと! 弱音を吐いたらダメよ!


「おほほ……そこまでなさらなくても結構ですよ」

「女神様! ただいまから祭儀の準備に取り掛からせますのでしばらくお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」

「いえ、少しばかり先を急ぐ必要があるのでお気持ちだけ受け取っておきます」

「で、でしたら……!」


 言うと、手をワキワキさせながら、息を荒くして徐々に近づいてきた。


 え……怖い……。


「ウィシャヌ……? あの、」

「……典型的なナーガの、いやそれ以上」


 ヴァルトが私より先に一歩下がってこの現象を解説した。


 これはそう……ナーガ族特有のだ。


「女神様! あぁ……!! オスの残り香! もう今晩はご飯が進みますわ!!」

「な、なに言ってるの!? ちょっと……? 怖いから!!」


 前言撤回!! 見た目に騙されてたわ! 案内役のナーガよりやばいじゃ無いの! 本当にユリムくんを連れてこなくてよかった!


「もう少しだけ堪能させてはくださらないでしょうか? 女神様!」

「い、いやよ! 族長から他の人より押さえが効くのかと思ったら、飛んだ変態じゃない!!」


 私はじりじりと後ろにあとずさる。


「変態だなんてそんな! 後生でございます! どうかその若いオスの香りをもう少しだけ!」

「いやだってば! と、とりあえず魔王を倒すために手を取り合うのよね?」

「はい! 私たちの仲間も魔王の軍勢の犠牲になっておりますので……ですので残り香を!」

「やよ! じゃもうそう言うことだから! ヴァルト、逃げるわよ!」


 私は回れ右をして先ほどまで背後に立っていたヴァルトの手を取ろうする。

 後ろを振り返ると遥か向こうにヴァルトの背中が見えた。すでに駆け出していたのだ。それはもう脱兎の如く。


「うぉぉい!! どこの世界に女神を置いて一目散に逃げる罰当たりな人間がいるんだぁ!!」

「……逃げるが、勝ち」

「なんの勝敗だばかぁぁ!」

「女神様ぁぁ!」


 女神らしからぬ暴言を吐きながら、私は全速力でナーガたちの間を駆け抜ける! もちろん匂いに反応して追ってくるものはいない。あの族長が異常なのだ。


「……ふ、自分の立場を悪用したツケが回ってきたな」

「はぁぁ!? なんのこと……あ。」


 入る前の光景がフラッシュバックした。




「ユリムくん! 帰るよ!!」

「はい!」


 広場の中央あたりに差し掛かったところで天井に向かって大きく叫ぶ。私が出口の細道に差し掛かった頃にユリムくんが空から降ってきて合流した。


「走って! そしてこのままオリハルコン探しにダンジョンに潜るよ!」

「わ、わかりました!」


 かくして、私たちは性欲にまみれた洞窟を脱出し、見事女神としての仕事をこなしたのだった。





 魔王城にて。

 魔王バステアと魔神アイリスは玉座にたたずんでいた。


「うまく行った様だな」

「どうしたの?」

「いやこちらの話だ」


 独りごちるバステアに、アイリスは不審がる視線を向ける。


「勇者がまだ弱い今のうちに倒せば良いのに。どうしてただ傍観してるの?」

「作戦のうちだ。俺もただ傍観しているわけではない」

「なにをしてるの? この前どこかにいってたのと関係あるの? エルフを逃したのも作戦のうちなの? バステアの考えてること全然わかんない」

「そうまくし立てるな。大丈夫だ。時が来ればお前にも話す。全ては作戦通りだ、心配する必要はない」


 バステアは不審がるアイリスをなだめるように頭を撫でた。対するアイリスはいまだに不審な表情は崩さない。


「勇者なんか倒さなくてもバステアがその気になれば片手でこの世界なんか滅せるのに。そうすれば私たちの計画も前進するのに」


 アイリスの独り言は外の喧騒に消えた。


「それにしても、なんの騒ぎだ」


 バステアはアイリスを抱えたまま立ち上がり外の様子を眺めた。


 魔力の飽和した地帯。同じ大陸内にあるにもかかわらず、魔王城付近の地域は1万メートル級の山々によって他の地域とは分け隔てられていた。

 そこは濃密な魔力で満たされており、生半可なものであれば足を踏み入れた途端に正気を失い、五感を失い異形と化す。

 そして、ここでは道端に生えるような雑草でさえ人を簡単に殺せるほどの強大な力を持つ。魔物は姿形が変わりさらなる進化を遂げる。

 そんな、外界のものを寄せ付けないほどの危険を内包した世界の果てのような場所。


「じゃれあいか」


 偶然、縄張りが被った魔物たちがいがみ合っていた。咆哮と衝突によって生じる凄まじい衝撃波がその喧騒の正体だったようだ。


 バステアはそれを憐むような目で眺める。


「弱さ故……か」

「耳障りなら消せば良いのに」

「時間の無駄だ。慣れればなかなか趣のあるものだと思わんか」

「変人ね」






 ナーガの洞窟を抜け出した私たちは、しばらくそのまま走り続け、中央山脈の麓。ダンジョンの入り口まで来ていた。


 やっとこれからダンジョンの最深部に存在すると言う神聖でこの世界最硬度を誇るオリハルコンを探しにいくのだ。


「ふう、なんか色々と疲れたわ」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫よ、ただちょっと不満と不安を感じてるわ」


 もちろん、ナーガの族長のことと、ヴァルトの蛮行である。


「なにがあったんですか……?」

「女神の仕事は大変なの」 


 言って、私はユリムくんの隣を狙おうとするヴァルトに半目を送った。


「……なに。あれはサテラの危機管理がなってないだけでしょ」


 一向に呼び捨てをやめないのよね。私ももう諦めてるから良いんだけど。


「これから私たちはダンジョンに潜ってオリハルコンを探すつもりだけど、あなたはこれからどうするの? 報告とかはいかなくて良いの?」

「……おそらくまだケリドの軍が濃霧地帯にすらついていない。私が帰るのはケリド軍が帰るときと同じでも遅くない」

「いや、情報伝えるのは早い方が良いと思うんだけど……てことは私たちと一緒にダンジョン潜るってことで良いのね?」

「……そう」


 そんなわけで、現在進行形で熱い視線をユリムくんに送っているヴァルトアテウと一緒にダンジョンへと潜ることになった。


「アテウさん……?」

「ユリムくん、気にしちゃダメよ」


 どこの世界でも必ずダンジョンというものが存在する。それはなぜか? ダンジョンとはその世界の核を守る要塞のようなものらしい。創造神様が各世界を作る際に、その世界が安定するようにと色々核の周りをいじったのがダンジョンだとされている。実のところ私たち女神でも詳しい話を知っている者は少ない。


 創造神様がお創りになったそのダンジョンに、生で初めて入るのだ。これほど興奮するものはないわ!! ティアナに先越されちゃったけど、これから取り返せば問題ないわよね!


 先ほどまでの不満も吹き飛び私は期待に胸を膨らませダンジョンへと足を踏み入れた。


「神秘を感じるわぁ」

「……女神なのに?」


 私の無意識で出た言葉にヴァルトが真顔でツッコんできた。

 あ、素人女神くさいこと言って不安にさせちゃダメだわ!


「オホン……やらないといけないことは沢山あるわ。急いで聖剣の材料を揃えましょう!」

「……お?」

「はい!」

「ユリムくん、ダンジョンには危険な魔物が沢山いるの、だから私がしっかりサポートするからね! いきなり飛び込んで行ったりしちゃダメよ?」

「えと……わかりました。魔王を倒すためですもんね! 頑張ります!」

「ほら早速! きたわよ!!」


 四足歩行のは虫類型の魔物が一気にユリムくんに肉薄する! 攻撃態勢に入るか……と思いきや!


「よしよーし」 


 ユリムくんは満面の笑みで、屈んでその魔物の頭を撫で始めた。その魔物はキュルキュルと嬉しそうな声を上げながら目を細めている。


「……魔物がなつくなんて。流石勇者様」


 いやもうこれどうしよう。魔物が敵意剥き出してくれないと心優しいユリムくんが戦えないじゃない……!!

 ヴァルトも勘違いしてるみたいだけど、勇者だからじゃないよ?! 勇者が魔物に好かれる仕様とかないよ!?


 私は幸先をくじかれた気になっていた。ケルベロスしかり、どうしたらあんなに動物、もとい魔物に好かれるんだろうか。


「サテラさん、なんだか懐かれちゃったみたいです」

「うんうん、見たらわかるよ……」


 私も鬼ではない。


 勇者のレベルを上げるために魔物を倒すというのはあくまで“魔物は人を襲うもの”という前提があるからだ。放って置いてもあちらから向かってくるため、最も効率がいいのだ。しかし、その前提が覆された今、私たちがこの魔物を倒す理由が完全に潰えてしまった。


「……構えてたのが馬鹿みたい」


 魔物の出現に、軍人らしく即座に構えをとっていたヴァルトは、その構えをといた。


「魔物もよく見れば可愛いわね。さ、先にいきましょうか……」


 現実逃避……は、しても立ち止まるわけには行かない。そう思いながら私は先へ行こうと急かす。私たちが先へと進むと、懐いた魔物もついてきた。


 ……いや、気にしても仕方ないわ。


 やがてかなり奥深くまでやってきた。どこにオリハルコンがあるのかわからないので虱潰しに進んでいるが……。


「結構な大所帯になりましたね……あはは……」

「……さすがユリム」


 私の背後には大量の魔物。そしてどれもランクD以上は間違いないものたちだ。喧嘩することもなく大人しく私たちに、というかユリムくんについて回っている。


 いやこれどう収集つけるの!?


 私は女神を威厳を保つために顔には出さないものの、内心ひどく動揺していた。こんな感じでダンジョン攻略が一切の戦闘もなく進んで行ったのだった。

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