第10話 ナーガの里
私は事情を説明し、快く交渉が成立した後、族長宅に不本意ながらユリムくんとヴァルトを残し、情報収集するために魔族の元へと向かっていた。
全く……ユリムくんはなにをしでかしたんだか……魔族を一撃って……しかもこの硬い大地に刺したって……。
でもなんでだろう? ユリムくんだけ強さの推定ができないのよね。強いことには間違いないんだけど。私の経験不足なのかなぁ。
そう思いながら建造物の間を縫って硬い地面を歩いていくと、突起が見えてきた。角の生えた顔が地面から生えている。
な、なかなかシュールな光景ね……。
「しかし、この魔族三メートルくらいあったわよね……どうしたらこの硬い地面にここまで深々と刺せるのかしら……。この魔族も魔族よ……どんだけ硬い体してんの……」
てか、いくら拘束するものがないからって地面に刺すなんて発想出る……?
苦笑しながら胸元からエルプス(女神の懐袋)を取り出す。
「はぁ……気を取り直して仕事しますか」
この袋は【神界働き方改革】で全女神に配布された万能神具だ。
とりあえず、魔族が目を覚まして【魔人化】されないように力を封印する。これは情報収集の範囲内に入るので、神界の規則には違反してない。
袋を広げ、女神力を発動させると魔族の体からモヤが現れ、吸い込まれるように袋の中へと消えていった。
「魔族についてはあんまり情報が得られなかったからいろいろ情報を引き出したいけど、まだ起きそうにないわね」
どうしようかと思案する。起こさなければ話は聞けないが、女神の戦闘行為は神界の規則に触れるので起こすことができない。
軽く叩くだけでも戦闘行為に入ってしまうのだ。声で起こそうにも、神の大声は地味にダメージを与えてしまうので戦闘行為に含まれてしまう。
うんうん唸ってあーでもないこうでもないと思案にくれていると、ふと脳裏が明らんだ。
「携帯魔族……確かこの袋には魔に準ずる物も入れることができたはずだわ!」
でも、それが情報収集の範囲に入るのかは判断に迷うところ。
うーん、【神界法学】は苦手科目だったのよね……いつも及第点ギリギリだったし。ティアナに聞いてみようかしら。
『ティアナー』
勇者が無力化した魔族への情報収集行為はあらかた認められていたが、【神界働き方改革】の影響でさらに縛りが緩くなった。
例えばさっきのように暴走しないように力を奪うとか、起きてまた暴れないようにその場に拘束するのはオーケーだ。
ただ、それをそのまま袋に入れて持ち歩くのはセーフなのかどうか……わからない。
返事がない。んー繋がんないなー。都合悪いのかしら?
だからと言って、ティアナ以外に話せる神なんていないし……。
『はーい。ごめんね返事遅れて! 今勇者のトレーニングのためにダンジョンに潜ってて! 魔物と戦ってるのをみるのに夢中になってた』
『あーそうなの。じゃあ手短に済ませるわね。うちの勇者が魔族を無力化したのよね? それで情報収集したいんだけど、気絶してて。私って【神界法学】苦手だったじゃない? いろいろこっちも大変であんまりこの魔族に時間裂けないのよ』
『卒業試験の時もギリギリだったもんね』
ティアナはそう言うと微笑み、そして一息吸って話し始めた。
『【働き方改革】が進んでるとは言っても魔族に対してはまだ制約が多すぎるもんねー、それでどうしたの?』
『魔族を【エルプス】の中に入れて携帯するのはどうなのかな〜って。情報収集の範囲に入るかしら?』
『携帯魔族……!! 面白いこと考えたね……もう勇者に無力化されてるんでしょ? それだったら大丈夫だよ!』
『本当!? ありがとう! 助かったわ! じゃ、引き続きお互い頑張りましょう!』
『はーい!』
袋に
「目を覚まし次第尋問しないとね」
女神の仕事の下ごしらえも終えて族長宅に戻った頃。
「なにやっとんじゃぁぁ!!」
人目も憚らず私は叫んでいた。その場にいたトロールたちの視線が私に集まる。
「……チ」
「チじゃねえわ!! だからユリムくんと2人にするのは嫌だったのよ! 早く離れなさい! 後、服脱ごうとしてんじゃねぇわぁぁ!」
「……早めにしとくべきだった」
「はぁ、まったく。起きるの待ってなくてよかったわ」
石で作られた生活感の全くない、もはや家と読んでいいのかすらわからない所で、装備を着崩したヴァルトが両手で顔を隠しているユリムくんに迫っていた。それをズカズカ乗り込んで引き剥がす。
全く油断も隙もあったもんじゃないわね! ほんの数十分離れただけで!
「ユリムくん! こんなの相手にしちゃだめよ?」
「あ、はい……助かりました」
「……ユリム」
ヴァルトが柄に合わない、寂しそうな表情をする。
「ああ! アテウさんが嫌いと言う意味ではなくてですね……その、僕はそのそう言うのが苦手で」
赤面するユリムくんをみて、私は謎に安心していた。
全く。ユリムくんは魔王を倒し終わったら元の世界に帰るというのに。
あんまりくっつかせないようにしないと。
「ほら、ユリムくんも言ってるんだからあんたもいい加減諦めなさい。さ、魔族も回収してきたから次いくわよ。私たちもやらないといけないことがあるんだから」
服装を整えながらわずかに頬を膨らますヴァルトを諫め、早々と族長宅を出ようとすると声がかかった。
「
「大丈夫よ。急がないといけないから」
お見送りをしようとしているらしい。ありがたいが、私たちは先を急ぐ必要があるので気持ちだけ受け取ることにする。
トロール族の見送りはある種の『祭り』なのだ。
始まってしまえばかなり時間を浪費してしまう。
そういったもてなしを受けることは女神の責務なのだが、今は状況が状況なので致し方無い。
言って、人々に見送られながらトロールの里を後にした。
ナーガの里を目指し、私たちは不毛地帯を北へと進んでいた。
相変わらずなにもないフラットな土地。南半大陸はほとんどが平らな地形なのだ。
しばらく歩いているとヴァルトが話を切り出した。
「……聞きたいことがいろいろとある」
「真面目な質問じゃないと答えないわよ」
杞憂だったようだ。どうせまたロクでも無いことを聞いてくるのだろうと思っていたが、視線を横に送ると真剣な表情をしたヴァルトが立っていた。軍曹の顔だ。
元から女神である私に負けず劣らずの端正な顔立ちをしているので、それもあいまりかなり様になっている。
顔だけ見れば女神だと言われてもわからないかもしれないわね。
「……まず、なぜサテラの言葉はトロール共に通じたのか」
「僕もそれ思いました。僕達でも理解できる言葉でサテラさんはあそこの人々と話していましたし」
「それはね、女神には【言語】という概念が存在しないの。あんた達は意思疎通を【言葉】という道具を通して行うでしょ? 私たち女神は意思を直接通じ合わせてるから……って、ついてきてる?」
「すいません、わかりません」
ユリムくん! 律儀に頭下げなくていいわよ!
「……大体わかった。次。」
小難しい話だからわからなくて仕方ないとは思うけど、聞いといてその態度はないんじゃないの!
「……トロールを見てなぜ平気だったのか。これはユリムにも」
「ああ、なんとなく言いたいことはわかるわ。あなた達人間から見れば確かにトロールは異形よね。でも私たちから見れば些細な違いでしかないわ。皆等しく【人】という大きな枠で捉えているから」
「えと、なんでって聞かれても……」
「そうよ、ユリムくんは見た目で判断しないのよ」
「……なんか知った風な口聞いてることにイラッ。次」
んじゃこいつ……っ! こっちがイラっだわ!
そんな私の胸中など知る由もなくポニーテールの美麗な少女は至って真剣な顔で話を続けた。
「……トロールの食生活と生態について」
なんでそんなこと聞くのかしら?
私は疑問に思いながらも女神としての仕事に努める。
「トロールは人間のような食事は必要としないわ。でも、生態ってなにを答えればいいの?」
「……弱点とか」
「弱点ねぇ。体の頑丈さは個人差あるけどこの世界だと【巨人】の次に来るわね、でも、その反面知能が圧倒的に低いわ」
「……大体わかった。次」
本当にこの子は!!
と、こんな調子でトロールについて、そして私……女神について様々なことを聞いていった。それも、パンツはどんなのを履いているのかなど超どうでもいい事まで。もちろんその類の質問には答えなかったが。
「……ユリム」
「質問が終わったからってどさくさに紛れてくっつこうとしない!」
「……チッ」
「それよりなんでトロールのことなんか聞いてきたのよ?」
「……おそらくトロールは全面戦争時に私の軍に入ることになる。その時にそういう細かい情報がないと内部で崩壊が起こる可能性がある。可能な限りそういった戦闘に関係ないところでのストレスは減らしておきたい。それに情報は多いに越したことはない。戦争は始まる前から始まっている」
なるほど、そういうところは腐っても軍曹ね。流石人間だわ。だからってユリムくんへの卑猥な行為を黙認するつもりはないけど! でも、そっか。
「やっぱり人間が指揮を取る流れになるのね」
「……人間ほど賢い種族は他にない。他の種族の力を最大限発揮するためには人間が指揮を取る必要がある」
傲慢ね……! 確かに間違ってはいないけれど。
「でもそうなるとエルフ族が黙ってないと思うわよ?」
「……エルフか。北半大陸に住む森の王と呼ばれているプライドが無駄に高い種族だと聞く」
「いや、まぁあなた達から見たらそうなのかもしれないけど……」
「……大丈夫だろう。それより魔族から仕入れた情報はないのか」
本当に女神に対しての態度かこれ!? いちいちこんなので腹立たせるのは女神としてどうなのかとは思うけど……はぁ。
「起きなさそうだったから、封印してあるわ。魔族については情報が少ないから目を覚まし次第尋問する予定よ」
「……そうか。魔族については全く情報がない。できれば早いうちに集めておきたい」
「そうよね、わかり次第あなたに連絡入れるわ」
確かに魔族についての情報は今のところほとんどない。記憶の間で見たものもあるが、ほとんどの情報が間違っていた以上、魔族についての情報も改めて洗い出す必要がある。
ふぅ、今度魔王にあったらちゃんと動けるようにしとかないと。とっさの時にユリムくんの足手まといになってしまうわ。
三日後。相変わらず魔物に合わずに私たちは道を進んでいた。私が知らないだけで女神には魔除効果があるのだろうか。
私たちの眼前にはナーガの里へと続く洞窟の前にいた。中央山脈のちょうど真ん中のあたり。山の麓だ。
「……はぁ、入りたくない」
「奇遇ね。私もだわ」
私を含め女性陣は少しばかり躊躇していた。
というのも、ナーガという一族は代々女性しか生まれない種族なのだ。それが躊躇していることとどう関係するのか?
考えても見て欲しい。そんなところに男の子……ユリムくんを入れればどうなるか?
間違いなく襲われる。
理性を失った彼女らの性欲を、女神力で抑えられるかと聞かれればはっきりと大丈夫だとは言い切れない。
そんなところで、いつもは気の合わないヴァルトと意見が一致していたのだ。
そんなことなど知る由もないユリムくんは急に洞窟の入り口で立ち止まった私たちに不思議そうな顔をしていた。
「どうしたんですか?」
私がいうより先にヴァルトが声をかける。
「……ここはそんな意味で危険。だから」
「どさくさに紛れてくっつこうとしない! あんたは本当懲りないわね!」
「……チ。」
「チ。じゃないわよ本当に。ユリムくん、ヴァルトが言ってた通りここはいろんな意味で危険なの」
「いろんな意味……ですか……」
「そう、だから私から離れないようにね」
「……おい。女神」
ヴァルトの鋭い視線が刺さるが、勇者を危険から守ることは女神の役目! これは仕事なのよ。決して私欲を満たしているわけではないの。
私たちは満を持して洞窟の中へと入っていった。
洞窟の中はところどこに
慎重に先へと進んでいくと、一気に開けた空間に出た。とてつもなく広い空間に古びた布を床に敷いたような露店が並んでいる。天井には蓄光石が多めに敷き詰められていた。
「す、すご……むぐ!」
ユリムくんが圧巻の光景に感嘆の声を漏らそうとしたので慌てて口を塞ぐ!
「し! し! 大きな声出しちゃだめよ! 男がいることがバレたら本当に危険だから!」
「す、すいません。慎重に行きます」
「……どさくさに紛れて」
でも、こそこそしてても話が進まないのよね。
てか!
「そもそも私たちが来る必要無いわね。なんで一緒に来てたんだか。私たちは外で待ってるわよ」
「……ずるい!」
そう言ってユリムくんの手を引き返そうとした時。
「男……男だわぁ!!」
外から帰ってきたのであろうナーガが一人立っていた。今にも飛びかかってきそうな勢いのその人に私は慌てて天翼を広げる!
「ちょっと待ちなさい! 見なさい!」
「めが…おと…めが…おと……………」
「か、葛藤してるわね……」
「……女神と性欲が同レベル」
「言ってる場合か! ここで私の女神力が性欲に勝たないとユリムくんが危険に晒されるのよ!」
「ええ!? なんでですか? あ、す、すいません。大きな声出して」
「大丈夫よ。とりあえずいろんな意味で危険なの!」
どうするべきかしら……目の前の人はいまだに葛藤してるし、ユリムくんをひとり外に置いておくのはそれはそれで危ないし。
……大ピンチじゃ無い!?
「……とりあえずユリムには隠れてもらう」
「どこに隠すのよ?」
「天井に張り付いておくのはどうでしょうか?」
確かに天井に張り付いておけばナーガの痴情の手からは逃れられそうね……
「いや、無理でしょ! 天井よ!? 二十mはあるよ!? いやそれ以前に、」
「大丈夫です! 飛べます! 貼り付けます!」
どうしようこの子……とんでもないこと言ってんだけど……うーん仕方ない!
「じゃあ私たちが話をつけてくるまで待っててね」
「はい!」
返事とともに後ろを振り向き、広間の天井に向かってジャンプした。あっという間に天井に届いた。
どうやって貼りつくんだろう。そう思って目を凝らしていると、ちょっとした出っ張りにガシッと掴まった。
いやどんな握力!!
「……勇者の力すごい」
ヴァルトはそれを見てうっすら恍惚の表情を浮かべていた。
ユリムくんはまだ勇者の力発揮してないんだけどね……!? 【成長速度上昇】の恩恵は受けてるけど戦闘なんて王国で下位魔物を数千匹倒しただけだし。
あれは純粋なユリムくんの力なのよ。
そうして、ユリムくんのとんでもない身体能力に驚かされながらも、私たちはナーガの里へと入っていくのだった。
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