第7話 アビセント

「勇者降臨に伴い、魔王軍に対し全面戦争を仕掛ける」


 翌朝。王の間にて重々しい雰囲気の中それは告げられた。


「したがって、この大陸全ての種族に対し、アビセント全種族対魔同盟を結ぶ!!」


 私とユリムくんは緊張に身をこわばらせながらネフマトの厳正な言葉に耳を傾けていた。

 王の言葉に私を含め、異論を唱えるものはいない。昨日の顔ぶれに加え、他にも新たな顔ぶれがあったが、全会一致でそれは承認された。


 今から始まるのだ。

 おそらくこの世界で最も苛烈なものになるであろう、戦いが。そして私の神生初の【救済】が。


「ほう、全面戦争か」

「「「!?」」」


 今後の運びについて作戦を練ってざわついていた空間がその一声で静寂へと切り替わり、その場にいた人間たちはみな一様に動きを止めた。


「よう、人間ども」


 荘厳で引っ掛かりのない声。

 ここまで散々記憶と違うと嘆いてきた私だったが、ここでひとつ安堵するとともに絶望を抱いた。声の出所に目を向ける。


 深い漆黒の髪に、二メートルを超える長身、そして魔の物特有の黒い装束。その堂々たるや、我々神と同等の神聖さすら感じるほどの禍々しさを纏っていた。


 それは、記憶の間で見た紛れもない、そして私をこの世界へと降り立たせた張本人だった。


 ――魔王バステア……!


 まだまだ見るのは先になるだろうと言う予想に反したあまりにも大きすぎる想定外・予想外に、私の脳みそは様々な思考をめぐらし、ついには思考を停止した。


 情け無い。


 思考の止まった私の中に残った感情はただ一つ。ユリムくんも私も、この場にいる人のみならず、この周辺にいる人間全てが殺されてしまうと言う恐怖のみ。


「面白い話をしているではないか――」


 王の間の壁に寄り掛かったその男が、突然興味を抱いたように鋭い眼光で私の隣にいるユリムくんを見つめ、歩を進めた。

 ゆっくりと歩むその男に対し、いまだ誰も声すら発することができない。本能的に絶対死を確信し、その恐怖から全身の筋肉が強張っているのだ。既に恐怖に押しつぶされ卒倒している人間さえいる。


 ――私がなんとかしないと。


 頭ではわかっている。しかし意思とは反して体が思うように動かない。

 女神すらも気圧けおする圧倒的な存在がもうユリムくんの目の前まできていた。


「貴様、人間ではないな。貴様がこの世界に降臨した勇者か」


 目の前の絶望に心拍が早鐘を打ち鳴らす。全身に脂汗や冷や汗が吹き出していた。


 ――ゆ、ユリムくんが危ない……私がなんとか……


「は、はい! ユリム・ベン・ホワイトです」


 自分の目を、耳を疑った。その少年はいつものように腰を折り、慌てたようにして自己紹介を始めたのだ。


 ――ええええええ!? なんでそんなにも平然としてるの!? しかも律儀に頭まで下げちゃってっけど!!?


 あまりの危機管理能力の無さに私は思わず突っ込んでしまう。

 ちなみに怖いから声は出ない。衝撃的な光景に口をパクパクと動かすだけだ。

 魔王バステアはその様子を見て怪訝な表情を見せたがすぐに口角をあげ、冷たい笑みを浮かべた。


「なるほど、まぁいい。人間の王よ、全面戦争を仕掛けるらしいな。安心しろそれまでは手出しはしない。準備が整い次第宣戦布告してこい。なんなら奇襲を仕掛けてきていいぞ」


 バステアの言葉に王ネフマトは震えながらも首を縦に振った。


「それとユリム。俺を倒せる自信がついたなら、その時は俺を殺しに城へこい」

「……え、と……どういうこと、」

「言いたいことはそれだけだ。また近いうちに会うだろうな」


 魔法陣が現れ、視界がぶれたかと思うと嵐のように過ぎ去っていった。

 緊張の糸が切れたように、首をがくりと下に落とす。


「まるで生きた心地がしなかったわ……」


 訳がわからない。ここに魔王が現れたこともそして瞬間転移を使っていたことも。転移などの空間に作用する魔法が存在するのは中流、もしくは上流世界のみのはず。

 はっ、あの時は戦闘に圧倒されて気に留めてなかったけど、そういえばここを襲った魔族も使ってた……。

 様々な思考が目まぐるしくまわる中、冷や汗でびしょびしょになった私に、心配そうな面持ちでユリムくんが声をかけてくれる。


「大丈夫ですか……?」

「大丈夫よ。ユリムくん、覚えておいてね。あいつがこの世界の魔王よ。君はあいつと戦うことになるの」

「え、あの人と戦うんですか? 悪そうには見えなかったですけど……」

「悪中の悪よ! あれを倒すためにユリム君はここに召喚されたの!」

「わ、わかりました……」


 煮え切らない返事だけど、あいつだけは絶対に倒してもらわないと。あの余裕ぶっこいた感じが無性に腹たつわほんと。


「オホン……魔王直々に猶予が与えられた。しかし、相手は魔王。嘘やもしれん。早急にアビセント全種族対魔同盟を結ぶ必要がある!」


 王が空気を改めるように声を荒げた。

 魔族は卑怯な手を平気で使うと聞いたことがあるわ。だとすれば、さっきの言葉『手を出さない』というのは、やはり油断させるための嘘だととるべきね。だとしたら、私たちも悠長にはしてられない。転移についての対策も練っておかないと。



 そうして会議は終わり、全員が部屋から出払ったあと、王のもとへ向かった。

 確か、情報が正しければこの国の地下の宝物庫に聖剣レイヴァスファダン聖滅魔神力剣があるはずだ。


 しかし……


レイヴァスファダン聖滅魔神力剣がない!?」

「は、はぁ……我々にはそれがなんなのかすら……お役に立てずにすいません」

「とりあえず地下に連れて行って頂戴、自分の目で見て確かめるわ」


 レイヴァスファダン聖滅魔神力剣には魔を寄せ付けない力がある。昨日魔王軍が攻めてきたこと、それに魔王が転移してきたこと、これらは剣がここにあればまずありえないことだ。

 冷静に考えれてみれば、昨日の時点で気づくべきだった。これはない可能性の方が高いわ。


 一応場所はわかっているが、王の後ろをついて隠し通路を通り、石の階段を降りて地下へと向かった。地下の宝物庫をしらみつぶしに物色する。女神の力に剣の呼応がなかったためこうしているわけだが……


「確かに……それらしきものはないわね……」

「すみません女神様……」

「ううん、謝ることはないわ! こう言う時もあろうかと、作り方までしっかり調べてきたから!」 


 流石私だわ! 普通ならこんなの調べたりしないはずだけど、初めてってこともあって入念に調べたのよね!


「女神様、私から一つお願いがあるのですが……」

「なにかしら?」

「ここを出発される前に士官学校へ激励しにいってはもらえないでしょうか……魔王はあまりに強大で、士官学校の生徒はその脅威をどうも理解できないでいるのです。なので女神様が現れたとなれば魔王の脅威の理解も士気も一層上がり……」

「皆まで言う必要はないわ。もちろんオーケーよ。味方の士気を上げるのも女神の役割だからね」

「ありがとうございます!!」


 深々と頭を下げる王を後にし、階段を上って私たちは士官学校へと向かう途中で待ち構えたようにして現れた学長が、私たちを校庭へと案内した。


 生徒が校庭一面に寸分の狂いなく綺麗に整列している。


「こちらが魔王を倒すために降臨された勇者様と女神様だ! 貴様らはこの方達と共に闘うようになる身だ!! 足手まといにならぬよう、しっかりと励め!」


 学長の言葉に、士官生が威勢のいい返事をする。

 昨日も思ったけど、す、すごいわね……骨にまでビリビリくるわ……


「女神様からも御一言いただけると幸いです」


 嘘でしょ!? 準備してないけど?! 

 私はわざとらしい咳払いをおほんとすると、女神の威厳を最大に醸し出すつもりで胸をはった。


「女神サテラです。私が降りてきたからには、必ずこの世界を魔王から救って見せます」


 一生懸命捻り出した文章だったが、どうやらうまく行ったようだ。先ほどと同じく肌がビリビリ感じるほどの歓声が上がった。


「勇者様にもお一言いただけると……」

「僕ですか……!?」

「ユリムくんファイト!」

「は、はい。ありがとうございます……」


 私に軽く会釈すると、深呼吸をして大きな声で話し出した。


「僕がこの世界を救うために召喚された勇者のユリム・ベン・ホワイトです! えっと……僕と一緒に魔王と戦いましょう!」


 私と同じように歓声が上がったが、女神の聴力でユリムくんのことをバカにするような会話が上がったのは聞き逃さなかった。


「あれが勇者なのか?」「俺たちより弱い気がするんだが」「あんな子供に倒せるのかよ」「魔物の一匹も倒せなさそうじゃないか」


 我慢よ……サテラ。私は女神。あんなもの間に受けちゃダメ。

 やり切った顔のユリムくんを見て、私はほっとする。


「ありがとうございました! 勇者様に女神様!」

「ええ、感謝されることでもないわ。じゃあ、私たちはここを出るから」


 ユリムくんに対する胸糞悪い言葉にイライラを募らせながら私はユリムくんの手を引いてさっさとその場を後にした。こんなことでヘソを曲げるのは確かに女神らしくはないとわかっていても、なんとなくユリムくんがバカにされるのは私も一緒にバカにされている気がして、態度に出せずにはいられなかったようだ。


「サテラさん……?」

「ん、ああ! 大丈夫よ! それよりユリムくん、約束してほしいことがあるの。魔族は絶対に殺して、そうしないと世界は救われない。ユリムくんが優しいのはわかるけど、そこだけは約束してほしい。それとね、逃げる魔物の背後を撃てとまでは言わないけど人々に襲いかかる魔物も退治して欲しいの」

「……わかりました。僕はサテラさんを助けるためにここにきたんですもんね……やります!」


 私を救うため……? ではないけどまぁあながち間違ってないからいっか。






 魔王城。

 玉座で1人たたずんでいたアイリスの前の魔法陣が現れ、バステアが戻ってきた。


「どこ行ってたの?」

「下見だ」

「どうだった?」

「もしも弱ければその場で女神もろとも殺してやろうと思ったが、今回のはなかなかいい玉だったな」

「殺してくれれば早かったのに。ケルベロスを手懐けたのも納得?」

「納得だ。女神ですら怖気つかせる俺を見ても一切恐れを見せなかった」

「それはすごいね」


 バステアは玉座の前の段に腰を下ろした。そして口元を微笑ませる。


「なんだか楽しそう」

「人間どもが全種族同盟を結ぶそうだ。だがうまくは行かぬだろうな。人間は弱すぎる」

「うまく行かなかったらどうなるの?」

「なに、触発材を入れてやればいいだけだ。共通の敵を強調してやればすんなりいくだろう。あの勇者も使える。世界が大きく動き出すぞ。お前の望み通りこの世界を滅ぼすのも時間の問題だろうな」


 王国デステンブルグからみて、魔王城は1万メートル級の山々に囲まれた大陸の対角に位置している。魔力の飽和した大地では、生きるもの全てが自我を持ち、生半可なものは寄せ付けないほどの化物に変貌する。


 例えるなら全世界の生態系の頂点が集ったようなそんな場所だ。


「アイリスは、さっさと勇者潰した方が早いと思ってたけど」

「少しくらい楽しみがあっても良いだろう? 二百年も待っていたんだ。あと数年待てない通りはないはずだ」

「ぶぅ……世界を滅ぼしてくれるなら別にいいけど」


 そしてその魔境を、とある少年が怯える女神様を連れて、遠足気分で闊歩することになるのはまだ先の話。

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