第6話 宴

 想定外の戦力と、竜人族の参戦により、私たちは魔王軍に勝利した。

 ユリムくんの挙動は気になったけど、今はそんなことより勝利の喜びを噛みしめよう。


「ユリムくーん!!」

「わぁ、さ、サテラさん!? どうしたんですか?」

「勇者どの!! 心より感謝申し上げます! 我が国はあなたの導きのおかげで救われました!!」


 またもや人外な動きをして壁を飛び越えてきたユリムくんに私は飛びつき、王は深々と頭を垂れた。


「えと……僕は助けを求められたから手を貸しただけですし……本当は1秒もかからずに片付けられたんですけど……」


 いじらしく頬をかくユリムくんの姿は、先ほど魔物を片手間に吹き飛ばしまわっていた少年とは思えないほど愛くるしかった。


「ううん!! すごいわ! 本当にすごい!! もっと誇っていいのよ!」

「実に素晴らしかったです! あなた様のご活躍があってこその勝利でした!!」


 これでもかと褒めちぎる中、ユリムくんがとんでもないことを口走ったことを理解する間もなく、ハヌマの声が響いた。


「マクス総司令! 軍の損害は少なからずありますが、ただちに『ヘイルの村』に現れたと言う『ケルベロス』の討伐に行ってまいります」

「消耗が一番激しいようだが大丈夫なのか?」

「はい、ケルベロス一匹相手にするには申し分ないかと」


 ヘイル……ケルベロス……あっ。あれか、あのケルベロスは討伐する必要ないと思うけどな……。またいつ暴れだすともしれないし、ここは任せた方がいいのかな? 


「でもなぁ、なんか殺すのも可哀想なのよね」


 村出る前の寂しそうな顔見ちゃったからなぁ。


「女神様どうなされましたか?」

「今、ハヌマが言ってたヘインの村のケルベロスの話なんだけど、村の番犬として生まれ変わったのよ。どうしたのかわかんないけど、なんだかかわいそうだから殺すのは勘弁してあげてほしいわ」

「あの獰猛なケルベロスが生まれ変わったと!? 第一級警戒魔獣なのですが……女神様がいうのであれば問題ないのでしょう。ハヌマよ!! ヘインの村のケルベロスは大丈夫じゃ!」


 女神の信頼すごいわね。


「え、大丈夫とは? もう村は壊滅していると言うことですか?」

「いや、そうではない。女神様が言うにはケルベロスはヘインの村の番犬として生まれ変わったそうなんじゃ」

「……は?」


 まぁ、その反応にもなるわよね。

 ハヌマは城壁の下で何を言っているのかわからないと言う顔をして唖然としていた。


「そう言うわけじゃ、行く必要はない」

「待ってください! 王ネフマト、進言のお許しを! ケルベロスといえば一匹でただけで小さな国や村は壊滅すると言われているあの天災級の第一級警戒魔獣に指定されてる魔物ですよ?! 理由もなしに納得することはできません!」


 若いのに大した正義感だわ。軍人の鑑とも言うべきね。


「それはワシもさっき言ったわい。とにかく大丈夫なのだそうだ。もう考えるな。お主とて見ただろう。あのデタラメな強さを。それが十分答えになるだろうて」

「は、はぁ、確かにそうですね……」


 二人してもう常識に当てはめるのをやめてしまっていた。

 でも、ユリムくんに対してちょっと失礼じゃないかしら。いや、元々現地の人たちで対処できなくなったから【救済】と言う名目でその世界に干渉してるんだし、その世界の住人の想像の範疇を超えるのは言わずもがなそうなんだけど。


「これで大丈夫でしょうか?」

「ええ、問題ないわ」


 こちらを振り向いたネフマトの顔を見て、帰ってきたユリムくんに抱きついたままの私は、とんでもないことを聞き逃していたことを思い出した。


「……待って………1秒って……?」

「では、これから宴を開きたいと思いますので、案内いたします!」

「は、はぁ……」




 戦闘が終わって夜になり、宴会広場にて私たちの歓迎会も兼ねた祝賀会が開かれた。

 出席しているのは王と、各軍曹、そして竜人族の代表のみで、重鎮だけで開かれるようだ。


 竜人は人間と竜の特徴を持った亜人だ。ほとんどの竜人は人型で、体の所々に竜の鱗が張り付いており、そして人間に比べればひとまわり程体がでかい。今日この場に来ている竜人の代表ディアリも、武闘派集団イーア軍の軍曹イーアと比べればひとまわりほどでかい。


「女神様降臨と魔王軍撃退を祝って、乾杯!!」

「「「かんぱーい!!」」」


 木製のジョッキを打ち鳴らす音と共に祝賀会が幕を開けた。


「おいディアリ、もっと早くこられたのではないのか?」

「バカを言え、一週間はかかる旅路を三日できたのだぞ」

「ガハハハ、冗談だ!! さぁ飲め飲め!」

「素直に助かったといえ」


 顔に深いシワのある筋肉隆々の白髪の大男が、さらにひと回り大きい、顔に鱗が張り付いている赤髪の大男に絡んでいる。

 イーアとディアリだ。かなり親しげだが、筋肉ダルマ同士何か通じ合うものがあるのだろう。


「いやぁ、まさか宴会を開いてもらえるなんて嬉しい限りっスね〜、気を張るものもなくなったことだし今日は飲むぞー!!」

「あんまり飲むと死にますわよ」

「ケリドはいつも怖いこと言うっスね……大丈夫っスよ。酒で死ぬ奴なんて聞いたことないし」


 イーアと比べれば筋肉こそないが、好青年風の男が黒髪ロングの気の強そうな小柄な若い女性にたしなめられている。

 この2人がハヌマとケリドだ。口調や雰囲気などもガラリと変わっているがこちらがプライベートの姿なのだろう。


 そして、各々が話に花を咲かせる中、それは突然訪れた。


「………ユリム……結婚してほしい」


 ……は?


「えっ!? アテウさん?! な、何を言ってるんですか!?」

「………敬語は距離を感じる。タメ口で話して」


 宝石のような輝きを見せる色素の薄い髪を後ろで束ね、少し垂れ目がちな印象の目に、透過して後ろの壁まで見えるのではないかと思うほど透き通った瞳をした少女。

 女神である私と負けず劣らずの美貌のその少女は、上目がちに結婚を迫ったのだ。細身であるにも関わらず誰もが喉を鳴らすような妖艶を醸し出す体躯をユリムくんの細腕にすり寄せて。


 ――これは毒だわ!!!!!!


「ああああああああ!! ちょっとちょっとちょっとぉぉ!! 何言っちゃってんのよ?!」


 お互いの息がかかるほど顔を近づけていたヴァルトアテウとユリムくんの間に割って入り、ヴァルトアテウにガチんと額を押しつける。


「………なに」

「なにじゃないわよこの!! ユリムくんに対してなに言っちゃってんの! あんたわかってる!? 勇者様だからね勇者様!!」

「さ、サテラさん……」

「ユリムくんは黙って! 今大事な話してるから!」

「………私はユリムに用がある。結婚がダメならせめて子供を」

「もっとダメに決まってんでしょうがぁぁ!!」

「こ、子供って……」


 ユリムが年相応に顔を染める。


「顔を赤くしない!! だめよ! こんなのお母さんが認めない!」

「は、はい……え、お母さん?」

「………うそ。全然ユリムと似てない」

「さっきからユリムユリムって、馴れ馴れしいのよあんた?! 表でなさい! 一騎討ちよ!」

「女神様の戦闘行為は禁じられているはずでは……」


 女神らしからぬ言動を見かねた王ネフマトが仲裁に入った。


「ヴァルト、相手は女神様と勇者様じゃ。宴の席とはいえ、行動を慎むのだ」

「………でも」


 ヴァルトアテウは少し戸惑いを見せているが、いまだに私の前から顔はひいてはいない。薄い眉尻を少し下げ、自身の中で葛藤しているようだ。


「珍しいこともあるもんだ。ヴァルが引き下がらないなんてな。これが恋の力か! ガハハハ」

「セクハラですわよ。イーア、あとディアリといるとそこだけ密度が濃くて見るだけで暑苦しいので離れてもらえますかしら」

「ケリドぉ……流石に毒舌が過ぎるっスよ……イーアさんも傷ついてるみたいっス」


 私はこのアバズレ女としばらく見合ったあと、お互いに息があったようにフンッ! と顔を背けた。


 それからしばらく宴会は続き、そして私たちの攻防も続いて世も更けた頃、宴会はお開きとなった。




『ティアナ! 聞いてよ! すごいのよ私の勇者!』

『昨日とは声の張りが全然違うね、魔法討伐に一歩進んだの?』

『進んだわ! すごいのよ!! 軍ですら敵わなかった魔王の軍勢に突っ込んで一人で武器も魔法も使わずに倒しちゃったんだから!』


 私は案内された部屋のベランダで、闇を彩る無数の光を見下ろしながらティアナに通信していた。

 神界には夜もなければ昼もない。こう言った景色は初めてで、私の目にはとても新鮮に映った。


『初戦闘で……?! 凄すぎない……?』

『ふふん! でしょ?! とにかくヤバイの!!』

『興奮しすぎて語彙力落ちちゃってるよ……。でも、そっかー、本当に魔物と戦うのが怖かったわけじゃないんだね? 聞いた感じだと私の勇者より血気盛んみたいだし』

『んーでもそんなことはないんじゃないかな? 血気盛んと言うか、でもやっぱり助けを求められると周りが見えなくなるって節はあるわねぇ、今日だって人間の王から助け求められた次の瞬間には三十メートルある城壁から飛んでたし』

『三十メートル!? 死んじゃうよ!!』

『普通そう思うわよね? でも、魔法も何も使わずに着地して普通に戦い始めたの!』

『何それ……その勇者人間なの?』

『失礼な! たぶん人間よ。でも――』


 一呼吸をうち、静かに声をあげた。


『この世界の情報が記憶の間で見たものと全然違うの』


 こちらの心中を察したのか、ティアナも真剣な声に切り替える。


『どう言うこと?』

『人間族の主要人物が全部まるっと変わってたの。私の知らない兵器も登場しちゃってさ。まぁ一番驚いたのは勇者のデタラメな強さだけど』

『……おかしな話ね。それだと記憶の更新がされてないって事になるわよね?』

『勇者の強さに安堵する反面、私の情報と全く食い違ってることに不安が湧いてくるのよねぇ』

『救済で対処不可能なほどの異常があったら神界から応援がくるはずだけど……私からは気をつけてとしか言えないわ、でも、本当に気をつけてね』

『大丈夫よ! なんとしてでもこの世界を救済してみせるわ! お互いに初めての救済頑張りましょう!』

『そうね!! またひと段落したら連絡する!』


 通信が切れたあと、風の音もしない暗く静かな世界で、私はまぶたを閉じて嘆息を吐くと、ゆっくりと星を見上げた。


 ――大丈夫。ユリム君が一緒ならきっと。あれだけ強いんだもの。今日の一戦でもかなり強くなったはずだし。頑張るのよサテラ、初めてだからって気弱になってちゃだめよ。


 ……まぁでも、さっき宴会のは流石に熱くなりすぎだったわ。

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