第5話 勇者の地力

「大丈夫なのこれ!? この数相手じゃ……」

「私は我が軍を信じます。ハヌマ軍、イーア軍、ケリド軍、ヴァルトアテウ軍。各々が凄まじい力をひめた軍なのですから負けるなどありえません」


 またしても知らない軍の名前がぽんぽん出てくる。しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。


 そう、目の前にはとんでもない数の魔物達がいるのだから。


 地面を覆う邪悪な黒とはとは対照的に、わざとらしいほどの晴天が広がる空の下、ふと下を覗くとこちらも十万はくだらないだろうかという大軍が隊列を組んで構えていた。

 その圧巻の光景に女神の私ですら圧倒される。


「確かにこの数なら……」

「はい、我々に負けは許されないのです。民を守るため、そして国守るため!! 魔王軍なんぞに負けるわけにはいかないのです!!」


 その声が整列した兵達にも届いたのか、大地を揺らし下っ腹を圧迫するほどの歓声が上がった。


 それを合図に堰を切ったように魔物の群れが前進を始めた。大地が唸りあたり一体の景色がブレる。

 初めてみる規模の戦闘に、私は無意識に手を握り締めていた。


「魔法障壁展開!! 魔物の突撃を抑え込め!! 第一、第二魔導部隊詠唱に入れ!!」

「1人で挑もうとするな! 確実に5人以上で囲って敵を殺していけ!!」

「1人10匹狩ればワシらの勝利じゃ! 死ぬ間際まで切って切って切りまくれ!!」

「数的有利を作り出し、まずは生き延びることを第一に、日頃の訓練同様落ち着いてかかれ」


 各軍曹の怒号が響き渡る。

 最初は拮抗する以上の勢いを見せていた各軍だったが、その圧倒的物量を前に徐々に歪みが出始めていた。

 その様子に、眺め続けていた王が眉根にシワを寄せ渋い顔で呟く。


「やはりハヌマ軍が押され気味になっておるな……」

「ハヌマ軍? どうしてなんですか?」

「ハヌマ軍はもともと対強個体用に訓練された軍、強大な魔物一匹に対するために置かれていた軍なんじゃ。いつもの戦い方ができずに力を出し切れないのは仕方ないことなのだろう」


 そうなんですか、と2人してうなずく。


「くそ、兵士たちが力を出し切れていない……ヴァル! 少し魔導部隊を回してくれないか!!」

「無理だ持ち堪えろ」


 軍曹らしき人物が他軍に助けを求めたが、その助けは見込めないようだ。


「ワシらのところもそろそろまずいぞ、ええい、竜人どもの援軍はまだか!!」

「魔力が尽きそうなものは一旦下がって魔力を補給しろ!! もうしばらくの辛抱だ!」


 ――各軍頑張ってはいるけど……これじゃあジリ貧だわ。徐々にハヌマ軍以外も押されてきている。このままだと軍の崩壊も時間の問題ね。でも、かと言って何か策があるわけでもないし。ユリムくんは勇者だけど、一度も戦闘していない少年を戦場に放り込めばどうなるかなんて誰の目にも明らかだわ。


 この状況をどう乗り越えようかと、思考に没頭していた私は王が何かを言っていることに気がつかなかった。


「――女神様!」

「は、はい?」

「どうか……どうか我々を助けてはいただけないでしょうか!! 謝礼ならいくらでもしますゆえ、何卒よろしくお願い申し上げます! このままでは城まで押し込まれ、彼らが命がけで守り抜いた家族が、友人が……!!」

「えぇ、と。そうは言っても、女神の下界での戦闘行為は禁じられていますし、勇者様もまだ一度も戦闘したことがないのです。そんな人をいきなり戦場に――」

「やります。僕にやらせてください! 目の前で人が助けを求めているのにそれを見過ごすわけにはいきません!!」


 言葉を遮るようにして声をあげたユリムくんの目には、先ほどの王同様の堅い意思が宿っていた。


 しかしこの数は気合でどうこうなるものではない。

 心苦しいけど、世界を救済するためにはここでユリムくんを死なせるわけにはいかない。最悪ここの住民に犠牲になってもらわないと。それに、勇者を1ヶ月も先導出来ずに死なせてしまったとなれば私の経歴に響く……っ!


「ユリムくん、正義感が強いのはいいことよ。でもね……」

「何卒、民をお守りしていただけないでしょうか!!」

「確かに生き物を殺すのは少し気が引けますが、でも助けを求めてる人を放っておくことはできません! 僕はこの方々を助けたい !! 行かせてくださいサテラさん!!」


 ここで押し切られるようでは女神の名が廃る。私は厳しく行くって決めたんだから!!


「ユリムくんはまだ一度も戦ったことがないのよ!? 今ここに現れている魔物でも、人一人殺すには充分なほどの力は持ってる! そんなレベルの魔物がわんさかいるところになんの訓練も受けてないユリムくんが一人混ざったところで焼け石に水よ!!」

「だからって! 僕は目の前で助けを求めてる人を……助けて欲しいと心から叫んでいる人を……僕には見過ごすことなんてできません……行かせてください!!」

「どうか! どうか、我が国民のためにも、お願い致します!!」


「…………」


 二人の並々ならぬ圧に負けた私は嘆息をこぼし真剣な顔で。


「………はぁ。わかったわ。でも、ユリムくん、絶対に無理はしないでね、危ないと思ったら逃げて……それと、絶対に死なないで」

「わかりました、行ってきます!」


 一体何が君をそこまで動かすの? あって間もない、それどころか今会ったばかりの人々のためにそこまでできるなんて。戦ったことなんてないのに。怖いはずなのに。

 本当はいかせたくない。でも……て、えええええええ!!?


 ユリムくんはそう言い残すと三十メートルはある城壁から魔物の軍勢に向かってダイブした。

 これには助けを求めていた王もびっくり! 目を見開き、はへぇえと気の抜けた音を漏らしていた。


「ちょ、ちょっと!? ユリムくん!? こんなところから飛び降りたら!!」

「これが一番早いんです! 行ってきます!」

「ゆ、勇者様ぁぁ!?」

「ユリムくーん!!?」


 普通、三十メートルの高さから飛び降りて無事な人間なんていない!

 異世界だからとか、魔法が使えるからといって物理法則が適用されないわけがないのだ。何度も言うが救済補正は【成長速度上昇】のみ。


 これ、これっ!! 戦う前に死んじゃうやつだよっっ!! 死ぬよねこれ!? 死んじゃうよね!?!!


 しかしどうしたことか、魔物の中心に華麗に着地を決めたあと、軍ですら手に余していた魔物をバッタバッタとなぎ倒し始めた。腕をふれば先十メートルの魔物が紙切れのように吹き飛び、足を振れば扇状衝撃波が広範囲に渡って魔物を消しとばす。


 しかし、それだけではなかった。ユリムくんが飛びこんでからというもの、軍が一気に押し返し始めたのだ。どう見てもこちらが強くなったわけではない、魔物の動きが鈍っている。


「ホゲェエ……」

「どういうこと……? ゆ、ユリム……くん……いや、そんなことはいいわ」


 驚愕の光景に、王は目を飛び出し声はひっくり返し、私はまたしても思考を止めた。そして……


「いっけー!! ユリムくん! でも、剣使って欲しいかもぉ! せっかく買ったんだからぁ!」


 ――秀才だわ! 天才だわ!! 初戦闘で軍が手を余すほどの相手もあーも簡単に投げ飛ばすなんて!! 


 ユリムくんが出てからの戦況は圧倒的だった。軍の勢いはさらに加速し、諦めの表情さえ浮かべていた兵士たちの顔には覇気が戻り、目には希望の光……ユリムくんの姿が写っていた。


 一挙手一投足で味方を鼓舞し、その背中に希望を見せる

 ――まさしく【】のあるべき姿。


「女神様……あの少年はいったい!? 武器も魔法も使わず単純な個の強さのみで我らの軍が手を余していた魔物をあーも簡単に!!」

「聞いて驚きなさい。あの子がこの世界の魔王を打ち倒し、この世界に救済をもたらす天からの使い――【勇者ユリム・ベン・ホワイト】よ!!」

「あんなが味方につけば我々の勝利は確実!!」


 ――まぁ……本当は私もこのとんでも展開とデタラメ性能にびっくりしてるんだけどね。


 完全に流れに乗った、そう思った時。


「脆弱な人間どもに魔王様の祝福があらんことを! ふししししし」


 戦場全体に響いた不気味な声とともに、大きな地響きをたて地平線の彼方から新たな軍団が現れた。先ほどの倍……いや、それ以上はある。


「う……そ……でしょ……こんなの……」


 ゾンビに、スケルトン……とんでもない数のアンデットがようやく数を半分をほど減らした魔王の軍勢の後ろに並んだ。


 と同時に、


「構えぇぇ!!」


 うろたえる王と私を反射的にピシャリと直らせる程のしゃがれた怒号が突如響いた。あの四人の声ではない。


「ヒッ、な、何!? 誰!?」

「この声は、軍総司令……【マクス】です。今日一度も喋っておらず、どうしたのかと思っていましたが、どうやら秘策を考えていたようです」


「放てぇぇ!!」


 その声とともに一瞬聴力を失うほどの轟音が立て続けに鳴る。爆弾? いや、違う。視界の下から直径1メートルほどある黒い鉄の玉がいくつも魔物の塊に向けて打ち出されている。


「これは?!」

「これは対アンデット用不死者撲滅大砲ターンアンデットインパクト砲です! 第二波がくる事を読んでいたとは……流石は軍総指令……!」


 アンデット参戦に一気に士気が下がり押され気味になっていた軍も軍総司令の掛け声ひとつでまた盛り上がりを見せ、押し返し始めた。

 感嘆の声をもらし説明する王にさらに詳しく説明を求める。


「どういう……?」

「軍総司令は負けを知りません。なのでマクスが一言喋れば勝利は確実のものという認識が兵たちの中で存在しているのです。それと、あの大砲はアンデットを土に還すものです(物理的に)」


 ――記憶の間にそれらしき情報はなかった。ここ1ヶ月で開発したのものなの? と言うか、軍曹の名前も何もかもが違う! 一応この世界の情報にはあらかた目を通したはず……じゃあ何故? 何故こんなにも想定外の事態が起こるの?


 眉根を寄せて思案していると、またしても大きな歓声が上がった。


「おお!! ようやく竜人族の援軍が来たようだ!!」


 魔王軍の後方に現れた巨大なトカゲにまたがった人型姿を見せ、現れると同時に魔王軍後方に突っ込み王国軍との挟撃を仕掛けた。

 立て続けにおきた幸運に、軍の勢いも最高潮に達した時、私はあることに気づいた。


「ちょっと待って、大砲の先にユリムくんが……!!」


 そう、先ほど一人で魔王軍へと突っ込んだ少年がいたのだ。探すのは容易。アンデットの群の一角で空へ舞い上がるアンデット……その少年は既にアンデットの軍勢と戦っていた。


「あ、あれ……もうあんなところに……って、大砲を止めて!! ユリムくんに当たっちゃう!!」

「待ってください女神様……ここでやめてしまえば我が軍の士気が下がりまた押し返されてしまいます!」

「でも!! 援軍もきたんだし大丈夫でしょう!? ユリムくんが死んだらこの世界は終わりなのよ!? しかも、あなたの声に応えてあの子は戦闘経験もないのに飛び出して行ったのよ!? 恩人に対してそんな――っ!!」


 大砲の一つがアンデットが舞い上がっている方へと飛んでいく。


 ――ユリムくんがっ!! 


 そう思った瞬間、着弾した砲弾がありえぬ軌道を描いた。そう、それはまるでボウリングのような。コロコロと転がり……いや、弾丸の如く衝撃波を纏いアンデットたちを消し飛ばしていったのだ。


「なんじゃありゃぁぁ!!!!」

「なんとぉぉぉぉぉ!?」

「今ありえない動きしたんだけど!? ありえない動きしたんだけど?!!」

「女神様!? あ、いえ。す、すいません……わかりかねます……」


 驚きのあまり私は女神である事を忘れて絶叫してしまった。

 その様子に王も驚きを通り越して冷静になってしまった。


 ――ユリムくんは!? 


 どうやら無事だったようだ。しばらくするとまた着弾地点のアンデットが宙を舞い上がり始めた。


 竜人族と秘密兵器、そしてユリムくんの三連撃を喰らった魔王軍は、しばらくして順調に数を減らしていき、三十分も経たずにあたり一面を埋め尽くしていた軍団は壊滅した。


 そして今、遠くの方で一人の魔族とユリムくんが対峙していた。


 ――魔物を圧倒できたところで魔族は格が違う……勇者補正で成長速度十倍になっていたとしても、ユリムくんが軍を圧倒するような強さだったとしても……


『ユリムくん!! 魔族は魔物なんかとは次元の違う強さよ! ここは一旦引いて!』


 脳に直接語りかけてみるが、使い方を教えていなかったので返事は見込めない。いや、それ以前に引いたところでどうにかなるわけじゃない。

 私は息を飲んで見守ることしかできない自分の不甲斐なさを恨んだ。




 *********


「圧倒的な強さだなぁまさか、1人でここまでくるなんてぇ、ふっしっし。お前が報告にあった勇者とやらか? ふしししし」

「それはわかりませんが、聞かせてください。どうしてこの国の人々を襲おうとするんですか!」

「なんて馬鹿な事を聞いているのだぁ? 楽しいからに決まっているだろぅ?」


 額に二本の角が生え、人間離れした体つき、身長は3メートルはあろうかと言う黒いロープを纏った飄飄とした男。顔つきは不気味以外のなんでもない。

 当然の如く言い切ったその魔族に、ユリムは顔を伏せ独り言のように呟く。


「おじいちゃんは言いました。自分の快楽のために平気で他人を傷つけるような人間には、容赦するなって!」

「おぉ? ふししししし、残念だったなぁ。俺は貴様らのような脆弱な人間ではなぁい。あとなぁ、戦う気もさらさらないんだぁ。魔王様の言いつけでなぁ。んじゃ、そう言う事で。じゃあな、可哀想な勇者ちゃぁん」

「あ、そうでしたか……えっと、その場合は……」


 タジタジしているうちに魔法陣が現れ目の前にいた魔族は消えてしまった。

 遥かに優れた視力を持つ女神サテラは、城壁の上でその様子に疑問符を浮かべていた。


 ******





「……なんで戦わないのかしら? いや今は戦ってくれない方がいいんだけどさ……」


 疑問符を浮かべた私だったが、すぐさま気持ちを切り替えユリムくんの文句無しの勇姿を称えたのだった。

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