第4話 王国デステンブルグ入国

 魔王城――魔王の間。


「どうやら先ほど幹部が放った犬ころが服従してしまったようだ。今回のはなかなか骨のある奴らしいな」

「調教されているケルベロスが服従するなんて……とんでもない化物ね」


 会話の内容とは裏腹に、お互いの声音から焦燥は感じられない。


「あの犬ころといえど一匹放てば人間が軍隊を出してくるほどの力はあったはずだが。まぁいい、たかが犬ころ一匹、吹けば飛ぶようなザコにすぎん。それよりエルフの方だ。」

「いまだに苦戦してるみたい。あいつらは精霊術を使うから厄介」

「そうか、よくねばるなあの耳なが共も。さっさと俺の支配下に入るか他の種族と徒党を組めばいいものを」

「ずっと疑問なだったんだけど、なんで支配しようとするの。滅ぼせばいいのに」


 二人の声のみが響く魔王の間に、耳障りな鈍い金属音が反響した。


「おい!! 早く貴様の手の物を引かせろと言っているだろ!」


 開かれた重厚な扉のその先に、怒りをあらわにした、人間に比べ耳が長い金髪の少女が立っていた――噂をすれば影……そう、この世界におけるエルフだ。


 過度な主張はしないながらも気品を匂わせる服装に、ほのかに丸みのある凛とした鋭い目は、まっすぐと玉座に座る魔王を捕らえていた。


「また来たか」

「貴様と話すことはない! これはお願いじゃない。命令だ!! 『風よ、凶器となりて彼のものを穿て――』ッッ!!」


 可視できるほどの暴風の矢がそのエルフの前に現れ、刹那、轟音とともに魔王に迫った!

 擦りでもすればただではすまないだろうその凶器を前に、座ったままのバステアは顔色一つ変えずにふっと息を吐く。


 次の瞬間、その息がエルフの放った暴風の矢を相殺し、消し去った。

 エルフは、何が起こったかを理解し、歯をギリっと噛み締めながらもさらに暴風の矢を放ち続ける!


「随分なモノの言いようだな立場を理解していないのか? 何度やっても無駄だ話を聞け」

「断る!!」

「……私がやる『影縛り』」


 しばらく打ち合いが続いたあと、その様子を黙って見つめていたアイリスがそのエルフに手を向けた。

 静かに放たれたその魔法は足元から影を伸ばし、張り付くようにしてエルフの動きを縛る。

 一切の身動きを取れなくなったエルフは、悔しさをにじませた苦悶の表情を浮かべ、鋭い眼光で玉座を睨み付けた。


「……クソ……っ!!」

「やけに簡単に捕まるのだなエルフ族長ミルよ」


 族長――人間でいうところの国王のようなもの、つまりエルフのトップだ。


「黙れ、私たちは貴様の支配下にはくだらないと言っているだろう!! 何度も言わせるな!」

「笑止。立場を弁えろ。貴様らを皆殺しにすることなぞ造作もないということを忘れるな? まぁいい、今回は納得するまで地下牢に繋いでたっぷりと可愛がってやるとするか」

「……だめ!」


 その言葉にアイリスが声をあげた。

 バステアは口元を緩ませると、妖しさすら感じさせる銀髪を撫でる。


「冗談だ。俺にそんな下賤な趣味はない。それよりミル、おかしいと思わないか?」

「……何がだ。」

「貴様が何度もここにくることができるということだ。考えてもみろ、敵の本拠地にそう易々と入れるわけがないだろう。回数を重ねれば尚更だ。つまりお前はと言う方が正しいな。差し詰めまた暗殺でもしようと考えていたのだろう?」 

「…………」

「ここでは貴様らの得意とする精霊術も極端に威力が落ちる、そんな不利な場所に族長が何度も1人正面きって突っ込んでくるなど、愚か者、もしくはただの死にたがりのすることだ。一族を統べる長として無責任にも程があるだろう? エルフもそこまで馬鹿ではあるまい」

「…………」

「つまり貴様は揺動と言うわけだ。あえて捕まり、こちらの注意が向いている隙に背後から――だが残念だったなお前の期待したものは来ない」


 言い終わると、ミルの前に黒いモヤが現れ、その中からボロボロになったエルフが崩れるように地面に倒れた。かろうじて息がある。それを見たミルは絶望に顔を染める。


「…………っ!!」

「浅はかな作戦だ。で、お前の目論見は完全に潰えたわけだが、どうだ? 話を聞く気になったか? 生かすも殺すもお前次第だ」





 ――ヘインの村。

 ケルベロス出現と同僚ティアナが四天王を倒したと言う報告を聞き、流石に焦りを感じた私は、ユリムくんを無理やり説得し救済の手を進めることにした。


 そして今、村人の熱い歓送を受けたあと、戦闘もかねてデステンブルグ王国へと向かっていた。

 青がどこまでも続く爽やかな晴天のもと、足首が埋まるほど草の生えた丘陵を……眉毛をハの字にして。


「出てこないなぁ……」

「どうしたんですか?」

「魔王を倒すためにユリムくんは強くならないといけないんだけど……肝心の魔物が全然出てこないのよ。おかしいなぁ、この辺りだと少し歩けば人間の匂いにつられてすぐに出てくるはずなんだけど」


 あたりをキョロキョロと確認するが、どこにもそれらしきものはいない。


 ――なんで……? まさか生息域が変わったとか? でもまだ記憶の間の情報をみてから1ヶ月程度しか経ってないのよ? 私が見間違えたの……? いや、そんなはずはないわ。村の人だって魔物が出るから気をつけてくださいって言ってたし。


「魔物を倒すってことですよね……」

「そうだけど、心配しなくても大丈夫よ! この辺りは弱い魔物しか出ないから。まずはコツコツ頑張っていきましょうね」

「……そうではなくて。生き物を殺すのはボクには、」


 そっか。この子は本当に優しい子なんだわ。でも、ここは心を鬼にしないとまたケルベロスみたいな魔物が現れでもした時、この子を死なせてしまうことになるかもしれない。

 そうしたらまた新たな魔王の誕生だ。しかも最悪の状況になってしまう。

 無理にでも戦わせて見せるわ。あんな偶然やまぐれが二度も起こるとは限らないんだから。


「わかるわ。でもね、この世界の人を救うには強くならなきゃいけないの。世界を救うために心を鬼にして戦って。

「世界を救うためですもんね。わかりました。ボク頑張ります!」


 決意に満ちた表情を見て一安心する。

 その後、私は魔物が出てこないことに疑問を抱きながらも、一歩前進できたことにとりあえず安堵していた。


 ちなみに、くだんのケルベロスは村の番犬として村へと置いてきた。

 あの子も村の番犬としての第二の人生が始まったというわけだが……はっきり言ってあのレベルの脅威が村の番犬とか……不適当過ぎる。

 被害が出てからじゃ遅いから殺そうと思ってたんだけど、ユリムくんも『この子はいい子なんです!』っていうから放ってきた。


 大丈夫よね……?


 まぁでも、現状殺す手段が何も無いからどっちにしろどうしようもなかったんだけど。神の力も使えないし、ユリムくんはまだスライムすら倒せて無いんだし。


 そして、あたりを仕切りに見渡しながら進んでいくが、とうとう魔物に出会わぬまま巨大な城壁が見えてきてしまった。

 遠い目をして城壁を眺めていると……。


「魔物……見ませんでしたね」

「本当よ。とうとう魔物と合わずにきてしまったわ………ん? でも様子が変ね? どうしたのかしら」


 私は勘がよく当たる方だと言う自負がある。

 言葉では言い表せないがなんだか王国の様子が変なのだ。嵐の前の静けさといえばいいのか、なんとなく嫌な予感がした。


 ――記憶の間でみた光景には、城壁の外には検問待ちの長い列ができていたはず、でも今は誰1人として城壁の外には居ない。しかも門も硬く閉ざされている。おかしい、これはおかしいわ。



「ダメだわ、開かない」


 少し待ってみたが中から開かれる様子もないので、試しに押してみた。

 下界に降りて力を抑制されるとはいえ、一般的な人間よりも遥かに筋力の高い私が思いっきり押しても閉ざされた城門はびくともしない。


「お前ら!! 何してるんだ! 今から門を開けるから早く中に入れ!」


 どうしようかと門の前で突っ立っていると、城壁の上から門番らしき人物がかなり焦った様子で声をかけてきた。


「なんだか、すごく鬼気迫った様子ですね……」

「そ、そうね……」


 門が少しだけ開き、その隙間を這うようにして中に入る。

 どうやら押すのではなく上に引き上げるタイプだったらしい……恥ずかしすぎる。神界に帰りたい……。


 中に入ると門が閉まった。

 パタパタと身なりを整えていると、先ほど声をかけてきた男がもの凄い険相で城壁から降りてきた。


「お前達! 外で何をしてたんだ!! この辺りの住民は全て避難しろと命令が出ていただ、」


 すかさず天翼を見せつける!


「ろ……す、すいません!! 女神様とは気づかず大変な無礼を! ど、どうか命だけは……!」


 若い城兵は一瞬たじろいだあと、目にも止まらぬ早さで深々と腰を折った。これが天翼の効力! 一種のカタルシスを感じるわ!


「いいえ大丈夫です。とりあえずどう言う状況なのか教えていただけますか?」


 ――てか女神のイメージどうなってんのよ。無礼で殺されるって……


 いろいろと話を聞きながら王の元へと案内させた。

 どうやら魔王の軍勢が攻めてくると言う情報が入り、二日ほど前から周辺地域の住民を全て城壁内に避難させていたらしい。


「その隣の少年は……」


 王の間の扉の前で、城兵が隣でよそよそしく話を聞いていたユエルくんに目を向けた。


「彼は勇者です」

「ゆ、勇者様でしたか!! すいません!」


 中に入り天翼を見せると、顔には深いしわを刻み白い髭を蓄えたいかにも武闘派な風貌の男が慌てて玉座を降り、私の前に平伏した。


「申し訳ございません!! 緊急事態ゆえに大したもてなしをできぬ故、どうか、どうかいましがた魔王の軍勢が去るまでお待ちいただけないでしょうか!」


 あまりの勢いに、呆気にとられた私だったが、ここは女神。おほんと咳払いをして優しく語りかけた。


「大丈夫ですよ、顔をお上げください」


 と同時に私は目を疑う。この王、私が記憶の間で見た人相とはまるで違っていたのだ。


「あ、あぁ、慈悲深き女神様――」

「いいから! そんなの大丈夫だから!!」


 床におでこを擦り付ける王を慌てて起こし、話をしようとしたその時!!

 城内が一気に慌ただしくなった。


「急報! 急報!! 魔王の軍勢が攻めてきましたぁぁ!!!」


 ――!? うっそでしょもう!? まずいわ……ユリムくんはまだ戦えない! それにしても1ヶ月でここまで侵攻してくるなんてあまりにも早すぎるわ! 


「女神様、私は王として戦いの行方を見届けるため、城壁へと向かいます」

「わ、私もついていくわ! 行きましょユリムくん」

「は、はい!!」




 あまりの状況においてけぼりをくらって固まっていたユリムくんに一声かけたのち、急いで城門へと向かった私たちの目に入ったもの――


 それは……


 まるで地面が闇に包まれたかと錯覚するほどの魔物の群れだった。


「え……えぇ……っ!?」


 な、なんて数……

 ケルベロスとかの上級魔物と比べれば全部格下の魔物だけどこの数はさ、流石に……!




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