一章 その少年優しさSSS

第3話 価値観の崩壊

 いきなり村に出るのは住人を驚かせるかと思い、村の近くのちょっとした茂みに出た。この世界で一番危険度の低い場所、つまり魔王の支配から最も遠い場所だ。この辺りは斜傾が緩やかでフラットな平原が広がっている。


 私はあたりをキョロキョロと見回している少年に、不安にさせまいと声をかけた。


「心配することはないですよ、私がついてますから」

「……は、はい!」

「緊張していますか? そう言えば自己紹介がまだでしたね? 私はサテラです。女神サテラです」

「お気遣いありがとうございます。サテラさん! 僕はユリム・ベン・ホワイトです」

「よ、よろしくね! 万全のサポートするから!」

「はい!! こちらこそよろしくお願いします!」


 言ってユリムくんは背景に花が浮かび上がって来そうなほどにくしゃっとした満面の笑みを浮かべる。


 ――い、いい子……笑顔が強すぎる……! 神特有の高圧的に接するのもうやめよ……! 


 よそよそしい自己紹介が終わって、ユリムくんを先導し村へと向かう。もちろん、装備品などを整えるためだ。


 勇者育成の最重要項目はもちろん勇者を死なせないこと! まずそのためには身を守る『防具』を整えないといけない。

 別世界に召喚されているとは言え、勇者補正は【成長速度上昇】のみ。当然『死ね』ば『死ぬ』。

 死んだ場合、元の世界では行方不明という形になる。

 仮にそうなろうが神が自ら勇者の身内に事の旨を伝えることはないし、そうする義務もない。


 根も葉もない事を言えば救済というのは、勇者に利点などひとつもないのだ。無事救済し、元の世界に帰ったとしても記憶は消されるし手に入れた力も全て戻される。まぁ、つまり何もなかったことにされるので不満を持つ者なんていないわけだけど。


 この子はあまり戦うのは得意じゃなさそうだから、じっくり時間かけて育てないとね。

 心の中で勇者育成の道筋をシュミレーションしていると、手に持っていた紙を見てユリムくんが呟いた。


「サテラさん、サテラさんがこの手紙書いたんですね」

「……え?」

「え?」


 召喚する際に手紙が送られる仕様なんてあったかしら……?


 戸惑っているうちに木造建築が並ぶのどかな村に入った。名前は確か、ヘイルの村だった気がする。

 そして巻き起こる挨拶の嵐。


「こんにちわ!」「こんにちわ!」「こんにちわ!」「こんにちわ!」「こんにちわ!」「こんにちわ!」


 ………ここは人も少ないし、挨拶すること自体はいいこと……なんだけどさぁ。


 村に入ったものの、私たちの進みは少々遅かった。ユリムくんがすれ違う人々全てに満点の笑みでしっかり頭を下げて、それは気持ちのいい挨拶をしているからだ。

 私も女神として無視するわけにはいかないので丁寧に挨拶をしていった。




 舗装されていない道を進むこと三十分。やっと目的地についた頃には私も少し呆れかけていた。

 そりゃそうよ、だって距離的には十分でつく道程だったんだもん。今度からできるだけ人がいないところを通ろう……。

 そう反省をすると、気を改めて木製の扉を押し広げた。


「ユリムくん、装備とかつけるの初めて? お金の心配はいらないから、好きなものを選んでおいで」


 店員に元気に挨拶した後、装備品がそんなに珍しいのか、初めて記憶の間に入った下っ端女神のように店の中をしきりに見渡しているユリムくんに声をかける。


 私にもこんな時期があったなぁ。


「えっと、サテラさん。すいません。僕装備つけたことないので、どれにすればいいかわからないです」

「そ、そうよね!! もあるんだもんね! 装備をつけた経験がなくてもなんらおかしなことはないわ!」


 配慮が足りなかった! そうよね、こんな優しそうな子が戦ったことあるわけないもの。私が選んであげないと。しっかりしなさいサテラ! 初めての救済でしょ!


「だから謝ることはないわよ!? 大丈夫最初はみんなそうだから! お店の人、ちょっと装備を見繕ってくれないかしら?」

「その少年にか? その虫も殺せないような少年が戦うのか?」

「ええ、そうです。私は女神でこの子は勇者なのです」


 神界の規則では、スムーズに救済を行うために自ら神であると名乗り、その証明をすることは禁じられていない。以前は禁止されていたが【神界働き方改革】の影響でここ二百年の間に変わったのだ。

 

 女神本来の姿である天翼てんよくを出して見せた。


 どこの世界でも翼のはえた美女は女神だと言う認識があるから、これさえ見せればあとはなんとなくスムーズにいくと教わっているけど……。


「そ、そうでしたか!! これは失礼しました女神様。お茶も出さずに、こんなみすぼらしい店に……ささ、どうぞこちらに」


 よし。バッチグー。


「お茶は結構よ。早く装備を見繕って欲しいわ。お金はいくらでもあるから」


 言って、胸の間からエルプス女神の懐袋を取り出す。

 各世界の通貨が無限に取り出せるようになっている袋だ。他にもいろいろ用途はあるが、これのおかげで無駄な労働をする必要もなくなり、救済のみに焦点を絞ることができている。


 一昔前は通貨も救済時に稼がないといけなかったのよね。『その世界のお金のサイクルの中に新たに出どころ不明のお金を投入してしまうと、その世界の文化に悪い影響を与えてしまう』とされていたから。


 でも最近は【神界働き方改革】の影響もあり、『勇者が装備を整えるくらいであれば世界に与える影響も顧慮こりょする必要はない』と言う判断で、全ての女神にエルプスが支給された。

 私たちはその改革が始まり出した時期に生まれたゆとり女神なのだ。


 楽に装備を整えられて、さらには信仰も集めることができるまさに一石二鳥!


 そんなことを考えていると、かつては冒険者をしていたのであろうガタイの良い店主が大急ぎで装備を裏からかき集めてきた。


 フルプレートのごりっごりのやつを。

 そして、手際良く装着させていく。だんだんとゴツくなっていくユリムくんを見て……。


「…………ちょっと待ってっ!」


私は叫んだ。


「は! なんでしょう女神様!?」

「なんでもいいとは言ったけど、流石にそれはやめて欲しいかも」

「そ、そうですよね! 確かにそうでした。誠に申し訳ございません!」

「別にそこまで謝る必要はないですけど……」


 その後、店に置いてあった比較的軽くて頑丈な装備を選び、体のサイズにあった少し短めの剣を買ったあと、深々と頭を垂れる店主を後に店を出た。


「サテラさん、フルプレートあれをつけちゃうと動きずらくなっちゃうからちょっと困ってたんですよね。助けてくれてありがとうございました! この剣と装備も大切にします!!」


 頬をポリポリと掻きながら上目遣いでそういうユリムくんの姿に、私は、昔上位女神様が言っていた「孫にランドセルを買ってあげたときの充足感!」ってこう言うことなのね、としみじみ思いながら目頭を抑えた。なんていい子なの!

 

「だ、大丈夫ですか……? 具合が悪いんですか……?」

「大丈夫よ!! さ! 早速魔物を討伐しに行きましょうか!」


 そう言ってはやる気持ちを抑えられずウキウキしながら村の外を目指し歩いていくと、重たそうな荷物を持った野生のおばあちゃんが現れた。

 今回はごめんね。てへぺろ。と、心の中で謝りルンルン気分のまま先へ歩いて行こうとしたその時、胸中が突然ざわめく感覚に襲われた。


 ――待って……嫌な予感がするわ。ものすごーく嫌な予感がするわ……


 私は勘がよく当たるという自負がある。

 そして怪訝な顔をして視線を横に流した……。

 隣にいた立派な剣士姿のユリムがいない! 

 もう一度おばあちゃんの方を向けば、ユリムくんが荷物を肩代わりしようとしている最中だった。


「……まずいわ!」


 すぐさま駆け出しそして数歩で止まる。


 私は10分とかからない道のりを30分かけて歩いてきたことを思い出した。

 ここで彼を放っておけば確実に時間をロスしてしまう……っ!!


「でも……ま、いっか。人助けは良いことだし」


 30分も歩けばスライムなんかの微弱な生物がいる場所へとつくはず。まぁ、多少寄り道したって問題ないわ。


 この時の私は甘く見ていたのだ。この少年の……困っている人をほっとけない病を……。



 それから……


 30分経ち。まだつかない。


 1時間経ち。まだつかない。


 3時間経ち。まだつかない。


 6時間経ち。まだつかない。


 夜が更ける。まだつかない。


 3日経ち。まだつかない。


 1週間経ち。まだつかない。


 とうとう1ヶ月が経った。


 …………確かにじっくり行こうとは思ってたよ!? 違う! 違うの! 私が言いたかったのはこう言うことじゃないの……っ!


 不満を微爆発させていると不意に脳内によく知った声が響いた。


『サテラ〜。調子はどう? こっちは勇者が優秀すぎてもう四天王の1人をちょうど倒し終わって仲間との宴が終わった後だよ!』


 同期のティアナだ。声音から救済が大変うまく行っていることが伺える。


『すごいね。こっちはまだ村から出てないの……』

『でしょう!? ……村?』

『そう……降り立った村……』

『え?』


 わかってるけど意味がわからないといった様子で素っ頓狂な声を上げるティアナに、ここ1ヶ月の行動を洗いざらい話した。


『……そ、そうなんだ。優しい子なのね……』

『加減ってもんがあるでしょ!? 良いことしてるだけにこっちも強く言えないもんだから、どんどんいろんな人から仕事任されちゃってさ。あの子もあの子で文句も言わず、満点の笑みで朝から晩まで人助けしてるもんだから、村の人も遠慮しなくなってねぇ。この間なんか土木作業まで手伝ってたんだよ!?』


 そうなのだ。あのおばあちゃんを助けて家まで荷物を届けてからと言うもの、ユリムくんは村中を駆け回り人助けの毎日を送っていた。

 そして、村から一歩も出ぬままついに装備を買って1ヶ月が経ってしまったのだ。

 家屋の改築作業を手伝っているユリムくんの胸元の、いまだに新品同様の輝きを放つプレートを見て私は溜息を漏らす。


『装備を買ってあげたはいいものの、いまだに傷一つないしさ。大切に使ってくれてるんだろうと思うと悪くない気分なんだけど……』

『……大変ねぇ。あ、そうだ。早く強くなって魔王を倒さないとその世界の人がどんどん死んでしまうってことを説明してみたら?』

『したわ。そしたら「目の前で困っている人を助けないわけにはいきません!」 ってさ。優先順位……っっ!!』

『あはは……住む世界によって倫理観は変わってくるものだしね……自己輪廻の世界出身なのかもね。 んー。もしかしたら魔物と戦うのが怖いんじゃないの? 一回強引に連れて行って、簡単にスライムとか倒させて自信をつけさせるのはどうかな?』

『それも試そうとしたわ。でも、手伝いが終わった瞬間にすぐまた声がかってさ、私だって女神じゃない? だから「そんなの後回しにして魔王退治にいくわよ!」 なんて言えないし』


 八方塞がりの状況に深いため息をついたあと体操座りをし、土木作業に勤しむユリムくんを見つめた。


 君は土木作業をしにこの世界にきたのかい……?


 心の中でそんな冗談を吐いていると声の向こうでティアナがうなった。


『うーん……救済にトラブルは付き物だってのはわかってたけど……トラブルのベクトルが違い過ぎてどう対処したら良いものかわかんないわねぇ……』


 本当、この一言に尽きるわ。


『ははは。でしょう。とりあえず頑張るわね。で、そっちの勇者はどうなの? 1ヶ月で四天王やるなんてとんでもない逸材じゃない? 普通半年くらいかかるって記憶の間でみたけど』

『そうなの! すごいよね! 最初の説明でたっぷり1ヶ月ほど掛かっちゃったんだけど、その後はトントン拍子で攻略が進んでいくのよ! 女の子なんだけどね、結構血気盛んな子で――』


 トントン拍子……私にもそんなこと考えてた時期があったなぁ……。私とまるで逆じゃないの、私の場合、5分もかからずこの世界きたのになぁ。


 と、1ヶ月前のことをおもいふけっていると突如絶叫が上がった。


「――きゃぁぁ!!!!」

「――に、逃げろぉぉ!!」


 村人が鬼気迫る表情で村の外へと走り去っていく。

 のどかな雰囲気が一変し、逃げてくる人々の背後から異形の犬が姿を現した!


『!? ちょっとごめん!! また後で折り返す!! 緊急事態!』

『え?! あ、わかった頑張ってね――』


 ――ば……番犬ケルベロス!? なんでこんなところに!? まずいわ……魔王の侵攻!? まだ時間に余裕はあったはずなのに……それよりユリムくん!?


 先ほどまで屋根に乗っかり建築作業に勤しんでいたユリムの姿を探すが、その姿がどこにも見当たらない。


 ――どこ行ったのよ!? こんな時に!! 早く逃げないとユリムくんが殺されちゃう!!!


 突如現れた体高3メートルはあろうかと言う巨大な異形の犬に、まだ実害は出ていないようだが村は阿鼻叫喚の大騒ぎ。女神である私が制止する余裕もなく村人は逃げ惑う!


 ――もうどこ行ったのよ!


 村人と勇者を置いて自分だけ逃げるわけにもいかないのでその場でユリムくんを探していると、ケルベロスの眼前、家の角からこの前のおばあちゃんを背負ったユリムが現れた。


 ――あぁぁあ!!! いたぁぁあああ!!


「今日はいい天気で買い物日和ですね〜」

「いつも悪いねぇ、最近膝にガタがきてしまってねぇ」

「それは大変ですね……」

「言ってる場合かぁぁ!」

「あ、サテラさん」

「後ろ!! うしろぉぉ!」


 ユリムくんが振り返ったときには、時既に遅し。ケルベロスの目の前まで迫り、ケルベロスが鋭利な前脚をふれば、いっぱしの勇者でももう既に避けようがない距離にあった。


 ――ごめんね……私が無理やりでも魔王討伐に足を向かわせるべきだった……


 阿鼻叫喚の大騒ぎのなか、その声が遠ざかっていき、まぶたをゆっくりと降ろす。初めての救済でしっかり先導できなかった不甲斐ない自分に、自然と拳が硬くなる。


 私は思わず目を背けてしまったのだ。これから目の前で行われるであろう残酷なシーンから――――







 場所を写して魔王城へ。


 仄暗い魔王城の魔王の間。

 禍々しい玉座に頬杖を突き立て足を組み、威厳と冥闇を漂わせている男がいた――魔王バステアだ。

 黒いコートを羽織り爽やかな黒髪の下から端正な顔が覗き、その口元がゆっくりと揺れる。


「ほう、神が降りてきたか」


 青年のような見かけにもよらず荘厳で引っ掛かりのない声音は、王としての風格を漂わせていた。


「これでまた力を得られる。今度こそこの世界を滅ぼすことができるね」

 

 透き通る冷たく艶やかな声。

 黒い装束を纏い、しなやかな体をひねり魔王の膝に乗っかる少女――魔神アイリス。

 腰まで伸びた銀髪の、色素の薄い儚げな少女は、髪を指で弄ぶ。


「そうだな。ハーピーの報告で幹部の連中が人間の村に犬ころを放ったらしい」


 あからさまに話を逸らした魔王に、白髪の魔神はむすっと口を尖らせる。


「滅ぼしたくないの? 二百年もそのために待ったんでしょ?」

「ああ、確実に滅ぼす。じきに勇者のむくろが運び込まれるだろう。1ヶ月も村にとどまるような奴だ。原型が残っていれば良いがな」







 場所を戻してヘイルの村へ。


「し……信じられない……夢でもみてるの……!?」


 腰を抜かしてへたり込んでいた私は、目に飛び込んできた光景に唖然としていた。

 子供達の笑い声に何事かと目を開けてみれば、先ほどまでユエルくんを襲おうとしていたあの異形の犬が、今度はユエルくんの後ろをついて回っているのだ。まるで仔犬のように。いやサイズ的に仔犬はありえないんだけど……!


「お兄ちゃん! このワンワン、おっきくて怖いけど優しいんだね! もふもふ〜!」


 ケルベロスの上に乗っている年は十にも満たなそうな幼女が、おばあちゃんを背負い先導するユリムくんに向かって満面の笑みを浮かべそう言っている。


 何この神界絵本でも出てこないような平和的ファンシーな光景は………?


「最初から悪い子なんていないんだよ。だからね、見た目で判断しちゃダメなんだ! この子もみんなに怖がられて、寂しい思いをしてきた子だと思うから、今日からみんな仲良くしてあげてね!」

「「「はぁい!!」」」


 ――そんなテンションで言っていい次元の話じゃぁないんだけど!? なにこれ……!! ありえない!!


 ケルベロスは本来、下界に降り立った神ですら手を余すほどの魔物。

 それが今や見る影もなく、子供達の遊び相手に……何あの幸せそうな顔……! いったい私が目を閉じている間に何があったの!?


 神界では勇者育成を促進するために【三分さんぶん測定法】と言う目分量で強さを推定する技術を教え込まれる。この世界の魔王が最大のランクSだとすればケルベロスはランクB! 勇者の最初の平均はランクEだと言われているから……。




 救済早々、価値観崩壊まったなし。獄犬の威厳はどこへやら、腑抜けた顔のケルベロスが子供を乗せて散歩していると言うありえない光景に、サテラは目をパチパチさせ、どうにもこうにも理解できず考えることをやめたのでした。

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