好きじゃなかったのにな。

 わたし、とりかえばやの弟姫って実はあんまり好きじゃなかった。

 だって、よ。

 最初は女々しくて何もできない感じだったのに、結局男にもどったらいろんな女に手を出して。

 もちろんそういうのがこの今の平安の貴族の世では雅だとかなんだとか言われるのはわかってる。

 常識が違うっていうのも。


 源氏物語は物語だからいいの。

 現実に自分が源氏に振り回される身だったら、とてもじゃないけどやってられない。

 さっさと儚くなっちゃわなきゃ、ほんと耐えられないなって、そうもおもう。



 だから。


 もしわたしがとりかえばやのように宮中に上がらなければならなくなったとしたら。

 って考えるだけでだめ。


 なんとしてでも逃げなくちゃ。



 逃げ出さなくちゃ。






 ☆☆☆



 御父様おもうさまが普段こないわたしの部屋に訪ねてきて、目の前で座りため息をついている。


 って、これってどういう状況?


 昨日兄様がやってきたと思ったら今日は御父様おもうさま


 おっきなため息をついたかと思えば、そのまま黙り込んで。

 で、またため息をつく。


 もうそんな繰り返し。



 って、御父様おもうさまなんか随分とやつれてるな。まだ三十台後半のお年のはず。まだまだ元気で居てくれないと、とはおもうんだけど。


「どうかなさったのですか? おもうさま」


 あまりの沈黙に耐えきれず、わたしの方からそう切り出してみた。


「父上がな、お前の腰ゆいをぜひ自分にと言って聞かないのだ……」


 え?


 腰ゆいって。


 え?


 もしかして、裳着の話?


 えーーーー?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る