もうまったなし、なのかな。

 おじいさまのお屋敷には一度だけ行った事がある。

 というのもなかなかにお忙しいおじいさまは、お屋敷にいらっしゃる時間が少なくて。


 もちろんお屋敷は贅を凝らしたご立派なお屋敷で、そこで働いている人も多いしいろんな人が出入りする。

 たぶん政が此処で行われていたんじゃなかろうか、って思うようなそんなお屋敷。


 おじいさまはかなり活動的な方だったから、そんななかでもあちらこちらと出歩かれ、お屋敷は半分御父様おもうさまが管理してるとかも聞いた。

 御父様おもうさまは朝内裏へ参内し午後はおじいさまのお屋敷で指揮を執り、そして夜自分のこのお屋敷に帰っていらっしゃる。

 完全に仕事場って雰囲気だよね? おじいさまのお屋敷って。


 だから。


 おじいさまの方から会いに来てくれる時にしかなかなかお会いできないんだけど、ほんと一度だけそのお屋敷に連れて行ってもらったことがあった。


 七歳の誕生日、兄様と二人、おじいさまのお屋敷でのお披露目会みたいなの、だった。


 綺麗な望月がお空に浮かぶ夜。まるで手を伸ばせば届くのじゃないかと思うほど大きく見える月を眺め。

 たくさんの人が集まる場の中央で、わたしと兄様は琴を奏で歌を披露した。


 満面の笑みで褒めてくれたおじいさまのその大きなほおに抱きついて頬擦りして。

 すごく楽しい宴会だったのを覚えてる。



 そして。


 たぶんわたしにとって一番衝撃だったのがその時に披露されたおじいさまのお歌。


「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」


 そう高らかに詠ったおじいさま。


 え?


 って思ったけど、逆に納得もした。


 そうだよね。御父様おもうさまは摂関家の嫡男。紫式部さんも御存命だ。と、すれば。


 おじいさまが藤原道長様だっておかしい話じゃない、よね?




 この世界のわたしの状況、おはなしのとりかえばやそっくりだと思ってる、けど。

 とりかえばやには道長様は出てこない、けど。


 でも、とりかえばやの御父様おもうさまが関白左大臣だったのも事実。

 で、道長様の孫にわたしみたいのは居ない。少なくとも歴史上そんな取り替えられたっていう姫は居ない。


 歴史には残らなかっただけかもしれないけど。

 歴史のIF。

 とりかえばやのおはなしが紡がれた事により生まれたパラレルな世界?


 御父様おもうさまが自分の名前を書くところを見たことがあるけど、頼道って読めた。どう見ても道の字。

 わたしが習った歴史では、道長様の嫡男は頼通様だったはず。


 そのあたりもなんだかパラレルっぽくて。


 頼通様の一人娘寛子さまは確か後冷泉帝に嫁いだはず。


 兄様の諱は威子、わたしは寿子。この時代、こうした諱は表には出さないからそう呼ばれる事も無いけど歴史の資料としては残っていたのかな?


 だからやっぱり、ちょっとだけ違うんだ。よね。

 わたしが知ってる平安時代の歴史とは。





 で。だよ。


 その道長様がわたしの腰結をするって事は……。

 わたし、名実ともに女性として成人式を迎えるって話で……。


 目の前の御父様おもうさま、まだおっきなため息を繰り返してる。


 かなりせっつかれてるとは聞いてたけどあのおじいさまの勢いなら耐えるのは大変かも、だけど。


 あ、でも、そういう話なら兄様の元服だって執り行われるってことだよね?


 もうまったなし、なのかな。


 わたしと兄様、とりかえられた方がいいのだろうか?

 うーん。でも、なぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る