11番の秘密

 『陽を探してビブスを渡す係』も1年続いた。



 それも、もう終わりにしたい。



 陽との小さな秘密の共有は、私の心を甘く満たしてくれたけど、不毛な恋を続けているのは、とても辛くなってきていた。

 目で追う先に、美樹と並ぶ陽を見るのは、未だに胸がギュっとなる。

 報われることのないこの胸の内は、冷めることなく、見向きもされない陽のことをずっと想い続けている。


 もう、この恋をやめた!といってもやめられるものではないことは、重々わかっている。

 何度も何度も諦める!って実行してきたのに、いまだに陽のことが好きな私は、結局、陽に最悪の結果を突きつけられたとしても、密かに想いを募らせていくのだろう。

 いつか、そんなこともあったよねという想い出に変わるまで。



「千晶!また、陽を探してきてくれ!」

「わかりました!森川先輩、でも、もぅ、陽先輩を探しに行くのは、最後にしてくださいね!」



 そう言うと、森川は苦笑いをしていたが、捜索のお願いされたので、陽を探しに行くと、いつものように体育館の手洗い場の階段でサボっていた。いつも以上にぼんやりしながら、少し俯いている。

 疲れたのだろうか?練習が始まって2時間だ。珍しいと思いながら、声をかけることにした。

 男子の方は、休憩の前に試合をする。みんな、こっそり、試合前に水やスポーツドリンクを飲んで一息入れている頃だろう。



「……あの、陽先輩?」

「なぁにぃ?」



 足音で気づいていたのか、さっきの深刻そうな雰囲気から一変、相変わらず、軽いなぁ……本当に、私、この人好きなの?と疑問を持ってしまったけど、向けられた瞳を見たら、あぁ、やっぱり好きだと胸が早鐘を打つ。

 階段になったその場所に足を放り出して座り直している。


 いつもは、呼びに行きビブスを渡すだけだったのだけど……今日は、陽の隣にちょこんと座る。

 隣から、驚いているような雰囲気が漂ってくるが気にしない。緊張のあまり、渡されたビブスをギュっと固く握ると、しわくちゃになっていた。


 しばらく、何も言わず、左側に座る陽の優しい雰囲気を感じていた。なんだか、今日は陽の様子もいつもと違う気がしていた。

 意を決して、口を開く私。



「陽先輩……あの」

「んー。千晶が言おうとしてることは、言わなくてもわかってるよ?」



 私は、思わず陽の顔を見た。横顔しか見れなかったが、あの夏を思い出すような真剣な顔に、思わずドキッとする。



「俺ね、美樹とは、本当にただの幼馴染。気になって、気になって仕方がないって、千晶の顔に毎日書いてあったよ?それを見て、ちょっと悦に浸ってたんだけどさ。あぁ、千晶が俺のことを気にしてるんじゃない?って」



 驚いた私に、向こうを向いたまま、ニコッと笑う陽。



「ついでに千晶にだけ暴露してやるけど、美樹は森川と付き合ってるよ。誰にも秘密にしてるらしくって、あっ、もし、美樹から何か言われても、俺から聞いたって言わないでね?俺、締めあげられちゃう」

「えっ、森川先輩と……?」



「うん、そうなんだよね!あの堅物森川とだよ?」と陽が優しく笑うと、頭をくしゃくしゃっと撫でてくれる。


 私が、告白しようとしていたのが、わかったのだろうか?


 笑顔1つで黙らされる。



「あぁ、その、……俺、千晶のこと好きみたい。中学のときから。俺の中学の夏大のとき、俺らに向かって負け試合でがんばれーって大声で叫んだの、千晶だろ?俺、あれは、一生忘れないと思うわ!」

「……知ってたんですか?頑張ってた陽先輩に向かって叫んだんですけど……」

「えっ?そうなの?そんなのきくと嬉しいな」


 少し照れたように頬をかくように、「そうですよ」と呟く。



「あぁ……うん、それで、俺、俺へのその声援が千晶からだって知ってた。感動しすぎて、顔バッチリ覚えちゃったし、そのあと、ありがとうってお礼を言おうと思って会場を探したけど、見つからなくて……次の年の大会、見に行ったんだよ。バッシュ持ってるのが見えたから、会えるかなって。で、見に行ったところで見つけたのが、11番のユニフォームを着た千晶。ちょうど、ほら、11番のビブス、お揃いだね?」



 しわくちゃになっているビブスを広げると、大きく11と書かれている。

 こんなに上手な陽でも、思うところがあるらしく、毎日、練習だけでなくチームに対しても、自分なりに試行錯誤しているらしい。

 森川との折り合いも、副キャプテンになっていることも、陽にとっては重責で、そのたびにあのときのことを思い出していたと呟く。

 11番は、私が中学最後の大会のときにつけていたユニフォームの番号だ。陽は、それを知っていて、お守り代わりに、ずっと11番のビブスを使っていたのだと白状する。



「せん……ぱ……」

「おしおし、千晶よ、特別に俺の胸でお泣き!」



 陽からナンバリングに拘ったビブスの意味を知って、涙が溢れてくる。冗談まで言ってくる陽が憎たらしかったけど、その顔を見れば、少々赤くなっていて、照れているのだとわかった。



「先輩、汗臭いです……」

「いやーそれは、さっきまで走ってたからね……仕方ないよ?青春の匂いさ!」

「面白くないですし、軽すぎませんか?」

「かなり、強気ですな……千晶さん」



 先輩に持ってきた11番のビブスで涙を拭くと、すっくと私は立ち上がって手を差し出す。



「あっ、俺ので拭くなよ……ったく」

「行きましょう!森川先輩に、また、叱られますよ!」



 私の手を取り立ち上がる陽。

 繋がれた手をじっと見つめている。



「……今日から一緒に帰ろうか?」



 私は、驚いた。そして、コクンと頷いて返事をした。



「じゃあ、いっちょ、森川のやろーをのしてくる!」



 意気揚々と体育館に戻った陽の後ろをついて行くと、さっきの気概はどこへやら……試合の前にこってり絞られて、まぁまぁと必死に森川を宥めている陽にクスっと笑う。

 その後の紅白戦は、見事な陽の采配の元、陽の率いる本日のチームが3連勝をおさめ、気分よさそうにしていた。



 ◆



 その帰り、約束通り、初めて陽と待ち合わせをした。いつものように、写真が送られてきて、その場所まで向かうと、陽は微笑み帰ろうかと手をそっと差し出してくれた。その手をギュっと握る。

 大きな手にドキドキしながら、慣れない私たちは、歩調を合わせ、ゆっくりゆっくり家路へと向かった。

 校門を出ると、1本の桜がある。

 入学式の日、この木の前で陽と美樹がじゃれ合っているのを見て、落ち込んだのがウソのようだ。

 季節が廻り、今、桜が蕾から咲き始めている。



「陽先輩、桜が咲きそうですよ!」

「あぁ、本当だ。そういえば、入学式の日もここで千晶を見た気がするんだけど?」

「気のせいじゃないですよ!私、ここで陽先輩を見ましたよ!そうだ、私の涙、返してください!」



「何のこと?」と私がいった言葉の意味が分からない陽に、「勘違いで恥ずかしいので忘れます」と呟く。

 想い続けた時間は、桜とともに花開いたのだから、あの日の涙は忘れることにした。



 ◆



 私たちは、それからも、『11』というナンバーを大事にする。特別な縁をもたらしてくれたそのナンバーは、私たちだけでなく、私たちの子どもにも……幸運をもたらしてくれるかも、しれない。




 終

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ビブス ~ ナンバーの秘密 ~ 悠月 星花 @reimns0804

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