第44話『山越え』

俺はフラフラと山の中の道なき道を下っていた。見渡す限り山、山、山。次の山を超えたら王都かもしれない。その淡い期待はつい先程打ち砕かれた。もうそれが幾度目になるだろうか。日も落ちかけ、山影すら雲の縁に紛れて怪しくなっている。その絶望にももはや慣れつつある俺の中では、盗賊たちからなんとか逃走に成功した時の希望は遠い昔に消え去っていた。


「道なりに行ってるから、方向は絶対あってるはず、はず……」


俺は立ち止まり、深呼吸をした。心に溜まった澱が喉元まで犯してくるように感じた。


「食料はあんだけどなぁ……」


俺はリュックに詰まった真っ赤な木の実に思考を寄せた。偶然道端に生えているのを見つけ、ひとしきりつまんだ後にリュックに詰めたのだ。その時は毒があるかもしれないとかけらも考えることはなかった。空腹とはげに恐ろしい。

俺はため息をつき、だんだんと暗くなる空と真っ赤に染まった雲を見上げた。


「こんな山で野宿……?嘘だろ……」


決してそれが不可能でも非現実的でもない案だというそのことが、より俺に絶望を食らわせる。寒い時期でもないし、魔物や動物に襲われないための魔道具は、一応お守りとして持ってきてはいたので、魔道具の希少価値に目をつむれば野宿は可能なのだ。むしろ理想環境と言ってもよいだろう。


「野宿とか信じらねぇ……」


己が贅沢なのは分かっている。だが、無理なものは無理だ。俺は己を奮い立たせ、暗闇に慣れ始めた目を開き、疲労に慣れない足をバチンと叩いた。虫や獣の声でうるさい山の中では、そんな音はすぐに消されてしまった。


「この山を越えれば王都かもしれないだろ!?頑張れユナ!」


俺は大声を上げ、自分に言い聞かせてまた登り始めた。ザクザクと土を踏みしめる音。夜の森はとても不思議な香りがする。朝とも昼とも違った、夜にしかない香り。木々はモノクロなのに、色味を感じる香り。俺はただひたすら足を進めた。


そして、俺は見てしまった。山の向こう側を。そこに広がる景色は、代わり映えしない、山。


「…………」


俺は黙って魔道具のスイッチを入れた。


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