第39話『思い込み』
殺したと思っていた相手が生きている。彼にとってこれほどに屈辱的なことはなかった。敗北に次ぐ、慢心という恥。
魔族のエリートである彼にとって、人間の、しかも村人に耐えられるなどとは予想だにしない恥辱であった。
彼は水に濡れたと笑いあう3人を前に、憤懣やるせない様子で右手を上げた。怒りに震える声をどうにか抑えていた。
「貴様らは運がいい。この驟雨の本気など、滅多に見られるものではない。これは使いたくなかったが………」
驟雨は人差し指を出して3人を指差した。先程は村人が相手だからと甘く見たが、何故か己の力が効いていない以上、全力を出さない理由はなかった。
「全て灰燼と帰せ!『破壊』!」
驟雨は咆哮するように詠唱を行った。
瞬間、3人の姿が歪み始めた。そう、空間が歪んでいた。『破壊』は上位魔族にしか使えない特級相当のスキルだ。指差した物体や生物を破壊する。それだけの単純なスキル。対象の周囲の空間を歪め、存在を不可能にするのだ。単純だからこそ、不可避。とにかく対象を破壊することだけに特化したスキル。
しかし、代償は大きい。『破壊』を打ってしまえば、しばらくはスキル発動ができない程に体力を消費してしまう。故に、もし逃してしまえば一巻の終わりである。
だが、彼には自信があった。並み居る強敵たちを倒して来たという自信が。こんなところで負けて死ぬわけにはいかないのだ。
3人の周りの空間の歪みが加速度的に進行していく。向こう側も見えないほどの歪み。陽炎も泣いて逃げ出すようなその場所は、そして、次の瞬間何もなくなってしまった。
「認めよう。貴様らは強かった」
当然、生き延びるはずはない。どんな小細工をしていても、今回こそは逃げられない。
驟雨は、疲れに震える体を笑いで上書きした。高笑いが響く。それが収まったころ、彼らの立っていた場所を一瞥した。
「ふん。大口を叩くだけはあったな。だが、私の敵ではない。殺害対象外の村人にもこのようなものがいることを報告せねば」
驟雨が目をはずし、その場を立ち去ろうとした、まさにその時。
「おいおい、勝手に殺すなよ。言ったろ?500年はええんだよ」
ゴリ爺の、低い声が響いた。
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