第36話『村を襲え』
濃密な魔力の漏れる扉の向こうでは、今まさに会議が締めくくられようとしていた。一人の老人が玉座の方に傅いている。
「では魔王様。それでよろしいでしょうか」
彼の敬意はただ一人、魔王様と呼ばれた少女に向いていた。銀の長髪をなびかせ、その少女はおもむろに頷いた。
「構わん。邪魔する奴は皆殺せ」
一般的に考えればあまりに過激な発言。だが、老人は表情一つ変えずに深く頷く。この程度、かの魔王の中ではまだぬるい指示だった。
「了解いたしました。それでは、誰を向かわせましょうか」
「誰でもいい。所詮村人だ。少しひねってやれば終わるだろう」
「承知いたしました。それでは……驟雨!翔鶴!」
驟雨と翔鶴と呼ばれた青年達は、呼ばれるのが分かっていたかのように機敏な動作で立ち上がり、音もなく老人へ近寄った。
「話は聞いておったな。……うむ。ならばよい。至急その村へ向かい、目標を殺害しろ。邪魔する奴は皆殺していい」
「御意」
「最終目標は、『ユナ』の殺害だ。それでは行け」
即座に消え去る男たち。微かに残る魔力の残滓だけが彼らの存在を確かにしていた。老人はニヤリと笑い、目を閉じた。
「いやぁ〜ユナも行っちまったなぁ」
ユナを乗せた馬車ももうすっかり見えなくなってしまった頃。村の雑踏が響くその空間でゴリ爺は感慨深そうにそうつぶやいた。
「ゴリ爺が行かせたんだろ、って言いそうだね。ユナなら」
ユナの父が微笑んで言う。腕を組んだその姿勢がやけにさまになっていて、ユナの母も破顔した。
「あの子なら絶対言うわね。かけてもいいわ。あなたに似てツッコミ気質だものね」
「アメリア……僕はどっちかというとボケだと思うんだ。多分君に似たんだと思うけど」
「え!? 私!? あなたも面白いこと言うわね。私にツッコミが務まると思って?」
二人のやり取りを見たゴリ爺が呆れた顔をした。
「はぁ……。こんな夫婦ならユナもああ育つはずだな。ユナよ。どうか親に似ず、まともな子に育ってくれよ」
「ちょっと!? それどういう意味よ!?」
「別に〜? 深い意味はないぜ」
ユナの母の矛先がゴリ爺を向き、ゴリ爺がおちゃらけて首をすくめた。ゴリ爺と二人の付き合いが始まってから、いくら繰り返したか分からないような他愛もないやりとり。
母も、父も、ゴリ爺も、皆笑っていた。
まさにその時だった。
地面が割れた。溢れ出す何かが、彼らの身を襲った。
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