⑤(転送)

 すべてを知っている神が倒れてしまった今、もはや彼には状況に流される他に方法がない。つまり、神罰用の世界を選ばなくてはいけなくなった。


 珍しく本気で焦る彼は、神の元へ駆け寄った。


「起きろよクソジジイ!!」


 スグルは神を揺れ動かすが、ゴロゴロと転がるばかりで何も起こらない。ただの屍のようだ。とにかく情報が欲しかった。


『残り1分です。後悔の少ない選択を。後悔してももう遅すぎますがね♪』


 機械音声が耳障りに響く。美しい風景にあまりにミスマッチなその音声は、彼に焦りを感じさせるには十分すぎるほどであった。


「ああもう!ニートの俺に異世界とか無理に決まってんだろ!」


 いくら起こそうとしても神は白目をむいたまま倒れ続けている。諦めた彼は、渋々といった表情で黒い冊子を手にとった。


「クソッ!とりあえずどっか選ばねえとダメだ!」


 スグルは冊子を開き急いで流し読みをした。だが――――


「何が書いてあるのか全然分かんねぇじゃねえかよ……」


 ここに来て、スグルが現実世界でなにもしてこなかった事が災いした。底辺、無能力者、村人…そんな意味が分かりそうでわからない、漠然とした言葉たちが脳の上澄み部分で滑っていく。


『決定まで20秒前。20、19、18…』


 無情に機械音声が響き始めた。


「仕方ない……」


 スグルは、見慣れぬ単語を追っていくのは諦めたのだろう、神罰ノートを閉じ、神から貰った冊子を3冊持って固く目を閉じた。


「なるべく楽な世界を頼む……」


『3,2,1。GO!』


 機械音声が鳴り、たちまち彼の体は何処かへと消え去った。


 湖畔には気絶した神がぽつんと眠る。神のその顔は、スグルの未来を暗示するかのような苦渋に満ちた顔であった。


『対象は、最難関のVERYHARD異世界へと転送されました。繰り返します。対象は、最難関のVERYHARD異世界へと転送されました。繰り返します。対象は…』


 スグルの願い虚しく、残酷に機械音声が響く。唯一この音声を聞く魚達はいつもと変わらぬ日常を暮らしていた。

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