第31話 『盗賊?やばいですよ』

 朝露のきらめく森の中。木々がざわめき、生命の輝きが聞こえる。息をするだけで心が洗われるようなそんな空間で、俺は大ピンチに襲われていた。


「ゲヒャハハハハ!さぁ選びな!金をよこして五体満足で奴隷商人に売られるか、断って虫の餌になるか!」

「そうだぜ!俺たちは盗賊クラスの生粋の盗賊だ!逃げても無駄だぜぇ〜」


 震える俺の目の前で、男たちが下品な笑い声を上げている。背の高い男と低い男。顔が見えないような服を着て、道を塞ぐように立っていた。彼らの持つナイフが輝いた。


「「『エンハンスエンチャント』」」


 盗賊達は、声を揃えて詠唱した。Aランクスキル『エンハンスエンチャント』は、物体をより強くする事ができる。端的に言うと、あのナイフは今めちゃくちゃ硬い。切られれば確実に命はないだろう。


 そう。俺は誰もいない森の中で、A級スキル持ちの盗賊二人と出会ってしまったのだ。Eランク村人対Aランク盗賊二人。どうしたって、勝てる訳がない。


 さらに、盗賊たちのギラギラと欲望に燃える目は、他人を傷つけることになんの躊躇いも抱かない事を雄弁に語っていた。


「………」


 だが、俺は沈黙を貫いていた。この状況を打開出来る策を必死に探していた――――訳ではなく。


 ――――――終わったな、俺の人生


 短い人生を、ただ嘆いていたのだ。

 奴隷になるか、死ぬか。究極の二択って奴だ。どっちも嫌だが、選ばないといけない。


 てか、どうしてこうなったんだっけ。


 確か、夜まで食材が結局見当たらず、絶望しながら歩いていたらなんとか村へ辿り着けたんだ。親切な村で良かったなぁ。食事に寝床まで用意してくれて。で、朝、村の人から注意されたんだ。この森は危険がたくさんだから回っていけと。でも、王立学校もそう遠くないし近道したかったから、大丈夫ですよと笑ってこの森を進んだんだ。


 ―――――ああ、失敗だった


 後悔先に立たずとはまさにこのことだ。俺は空を仰いだ。


「ビビって声も出ねぇかぁ〜?」


「出ねえのかぁ〜」


 高い方の男が歩み寄ってくる。少し遅れて、低い方もこちらに向かってきた。俺は動けない。高い方が俺の首筋にナイフを当てた。冷や汗が止まらなくなった。


「よく見たらかわいい顔してんじゃねえか〜。これは高く売れるぞ。しかも多分こいつのクラスは村人だ。運がいいぜ。村人は抵抗しねえから楽なんだよ。なぁ」


 男は高笑いした。低い方も釣られて笑った。俺は何も考えられなくなってきていた。


 ――――ナイフ……コワイ……ツメタイ


 幻聴が聞こえてくる。俺の脳と心が分離してしまったかのようだ。


「いやぁでもさ」


 高笑いが収まったらしい男たちが続ける。俺の顎に手を当ててきた。身震いが止まらない。


 高い男は、小馬鹿にするように、言った。


「村人って本当に便利だよなぁ。俺達みたいな強者に搾取されるために、必死で生きてきてくれるんだからよぉ」


「違いねぇ!ハッハッハ!村人とかメリット一個もない最弱クラスなんだろ?生まれたときから人生詰んでんじゃねえか」



 ―――――は?


 俺は胸の内が熱く震えるのを感じた。


 今、聞き捨てならないセリフが聞こえた。村人に、いいところが一つもない……?村人の全てを、貴様は今否定したな?


 体の震えが止まった。熱く震える心へすべて移行したかのようだ。瞬時に頭が回転し始める。恐れを今の俺は忘れた。首筋のナイフすら意識の埒外へ飛び去った。


「あ、そうだ」


 つい声が出た。笑っていた男たちは、怪訝そうな目でこちらを見た。


 いいや、もうこのまま続けてしまおう。俺の頭には一つ策が浮かんでいた。勝率は低い賭けだが、これしか方法はない。


 ――――今に平伏させてやる


 俺は口を開いた。少しほほえみ、言う。なるべく低く、迫力ある、余裕ぶった声で。


「そのナイフ、硬そうだな」


 俺は低い方に向けて言った。低い方は、怪訝そうな顔をしながらも返答する。


「あ、ああ。そうだぞ」


 それを見て、高いほうが諌めるように言う。


「おい!そんなこと今はいいだろ!とっとと金を出さねえとてめえのきれいな顔に傷が付いちまうぜ?」


 やっぱりな。成功だ。俺は少し微笑んだ。今度は演技じゃなく、心の底から。喝采したい気持ちを抑え、俺はもう一言、今度は高い方に言った。


「その折れたナイフで?」


 高い方は首を傾げる。


「は?お前目が見えてないのか?この鋭く輝くナイフが見えないの………か……?」


 段々声が小さくなる。現実を認められないのか、口を開け放っている。数秒の間の後、低いほうが先に叫び声を上げた。


「はぁぁぁぁぁ!?」


 高い方はまだ放心状態でいる。


 いい反応だ。俺は頷いた。俺は自分の作戦がうまく行ったことにほくそ笑んでいた。しかし。


 ――――ここからが本番だ。


 父さんとやった事を思い出せ。

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