➂(やっちまった)

 異世界を知らないスバルに驚愕を隠せない神。スバルは気にすることなく話を続けた。


「……はあ。なんかすいません。イセカイとか習った記憶ないんで。でも、このカタログを見てる感じあれっすよね。元の世界とは異なった世界、異世界に行っていい生活をしよう的な感じっすよね」


 早くも異世界を理解したスバルに、神は手を打った。


「おお、馬鹿ではないようじゃな!理解が早くて助かる。ついでに言えば、冊子の2ページ目から120ページまでの内容を要約すると、基本的に異世界の言葉や常識、金銭などの必需品は最初から持っていて、あとは自分の力でどうにかしろってことじゃ」


「ああ、何となく理解しました。つまり、別の世界で生きて行けと。信じがたい話っすけど、それを言うなら今のこの状況の方が信じがたいっすからね」


 スバルは頭をかき、辺りを見渡した。いかにも楽園といった風景は、ここがもといた場所ではない事を明確に示していた。


「分かったなら良い。では、一日待つから好きな世界を選んでくれ。細かな条件は世界によって違うから注意して見るんじゃぞ」


「うーん。正直興味ないんでどれでもいいんすけどね……」


 彼は適当にページをパラパラ流し見しながら言う。神は再度呆れ顔で彼を見た。


「お前さん……。もっかい言うが、そのカタログは元の世界の富豪がいくら出してでも買うクラスの代物じゃからな?それをそんな病院の待合の雑誌みたいに……」


「まあ実際そんな感じっす。えっと、この世界は、絶対障壁と無制限エンチャント持ち。中世ヨーロッパ風。衛生観念高。魔法有、巨悪有、帝政、盗賊少、ギルド有。必需品支給対応で、異世界転生型。転生先は貴族云々。か」


まるで興味ないものを語る時の口調で彼はその冊子を読み上げた。


「おっ。そこが気に入ったか?R−65−eはいいとこだぞ〜。異世界転生の基本が全部詰まっとる。お目が高いねぇ!」


「あ、別に興味はないですけど、書いてある文章が意味不明ってだけっす」


「……もう儂は驚かない。異世界を知らないやつが無制限エンチャントの凄さをわかるはずがないわな」


神はふと何かに気づき、ハッとした。


「おい、お前さん。まさかとは思うが、ウィンドウ、レベル、ジョブ。この辺の異世界的な意味は大丈夫か?いや、返答は分かりきっとるが」


 スグルは黙って首を横に振った。それを見て、神はやっぱりかとため息をついた。


「なるほどなぁ……そこからか。仕方ない。もう少し待ってやるから、この『日本語版:ナマコでも分かる!標準異世界用語集&標準異世界マニュアル』でも読んで勉強しなさい。ほれ」


 神はそう言うと、またどこからか分厚い冊子取り出し、彼にぽんと手渡した。彼は両手を出してそれを受け取る。


「ありがとうございま………なんかやけに禍々しい冊子っすね。黒に赤字って、神が人間に渡していい奴じゃない気がしますけど」


その冊子の表紙は闇に紛れそうなほどの黒一色で、そこに赤く何かしらの文字が書かれていた。怪しげな冊子ではあったが、それを開く以外に彼に道はなかった。


 彼はまた適当にページをめくった。冊子の中のページも黒に赤字で、いかにも怪しい雰囲気が漂っていた。そこには、先程と同様に彼には理解出来ないような日本語が連なり、読めるのはせいぜい世界番号くらいだった。


「――――って、あれ?」


 スバルはふと疑問が浮かび、神に向かって冊子を広げた。


「すいません、これ用語集っぽくなくないすか?さっきの冊子みたく世界番号とオススメポイント書いてあるんすけど」


「いやいや、そんなわけないぞ。儂は確かに………あれ?」


神はいやいやと首を横に振りながらその冊子に目をやった。その途端に神の顔が凍った。


「えっと、世界番号W−76−h。死に戻り無能力者で苦しもう!異世界転移型。魔法有。云々。え、やっぱ専門用語多くないすか。しかも死に戻り無能力者って響き的にそんな強くなさそうなんすけど………」


 ふとスグルは神の顔を見た。そこには、威厳の欠片もなく顔色を加速度的に青くしている神の姿があった。ブツブツと何かをつぶやき、放心状態で虚空を見上げている。


「え、なんすかなんすか!?」


彼は手に持つ冊子と神とを交互に見交わした。神がいきなりどうしてしまったのか、全然分からなかった。


ふと、神の呟きが漏れ聞こえた。それを聞き、彼は耳を疑った。


「――――やっちまった……」


 スバルの耳には、確かにそう聞こえた。

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