第18話 『朝食くらい食わせてくれ』
「いやぁ〜、実に、実に面白い!」
父さんがまた大声を上げた。ニコニコとした笑顔が輝き、子供のように目を光らせていた。
「それは……良かったね……」
それと反比例するかのごとく力のない俺の声。それには理由がある。
端的に言うと、ずっとスキル発動を行い続けたせいですっかり疲れ切っていたのだ。
時計を見ると、開始からはや二時間。今のような父さんの大声は今日何度目だろうか。朝飲むはずだったコーヒーは冷め切り、冷たい波を浮かべていた。
「父さん……ちょっと体力が……」
俺は父さんに向かって―――これも今日何度目か分からないが―――ぼやいた。
窓の外を見ると、既に日は高く登り、街も明るい活気に満ちていた。
だが、父さんには届かない。父さんは独り言が多いのだ。曰く、昔話し相手がいなかった頃の癖らしい。
「面白いけども。うーん、どうしようかなぁ」
「休憩を与えて!どうしようかなぁじゃなくて!休憩!」
全く、届かない。俺はため息をついた。これも、今日幾度となく繰り返されてきた。
しばらく考え込んだ後、父さんはポケットから小石を取り出した。ステータス画面を開き、少し指を動かしてスキルを発動させる。
「『硬化』」
父さんは座り込む俺にそれを渡した。
「よし。じゃあユナ。この小石行ける?多分もうクールタイムは終わってるよね」
俺はあまりに非人道的な行為に、背筋が凍るような錯覚に襲われた。
「鬼!悪魔!」
「えー。でも、クールタイム短いんだし、いいじゃん」
そう、確かに俺のスキルは低ランクなこともあって非常にクールタイムが短い。一分程度で次を使える。一般的なCランク亜空間収納ならば15分程度なのだから、クールタイムだけ見ればかなり優秀と言える。
しかし、何故か父さんは考慮してくれないのだが、スキル使用は体力も消耗する。そして、このスキルはそれが異常に大きい。1回2回のスキル使用ではあまり感じないのだが、5,6回使うとかなりの疲労感を感じ始めるのだ。
これは、父さんいわく「A級スキル並みの体力消耗」らしい。普通、スキルが高級になるにつれ体力の消費も増大する。Eランクスキルなのに消耗だけ高級スキル並みなのは理不尽ではなかろうか。
ともあれ、それを使い続けられる無尽蔵の体力は俺にはなかった。
「頼む!さっきスキル概要みたいなの書いてくれたじゃない!もうあれでいいから!」
父さんは俺の発言を聞いて少し不満そうな顔をした。しかし、流石に俺の様子を見かねたのか渋々うなずいて言った。
「そうだね。大体分かったし、朝ごはんでも食べようか」
俺は一も二もなくうなずいた。一旦深呼吸をして呼吸を落ち着かせる。そういえば、朝を食べていなかった事にいまさら気づいた。父さんは息子に飯も食わせず何をしているんだだろうか。
それに気づくと途端にお腹が空き始めた。突然鳴り始める俺の腹の虫。静かな部屋に響き渡った。
くっそ、父さんのせいで!
俺は口を固く結んで父さんを睨んだ。
「ふふ、成長期だね。ユナ」
父さんはご機嫌そうに微笑んだ。父さんの顔が、窓から差しいる日に照らされて一枚の絵のような整った絵面になっていた。俺はなんとなく苛ついて父さんから目をそらした。
「あ、そうだ」
すると、父さんはいきなり何かを思いついたかのように手を打った。
「母さんを起こしておいで。今日は外食にしようか」
え、何で?俺は首を傾げた。我が家では、よほどのことがない限り朝は家で食事と決まっていた。
家事全般苦手な母さんに代わって、いつも料理は父さんが作っている。父さんは全スキル持っているのではないかというくらい何でもそつなくこなすのに対し、母さんは、割とズボラで、抜けているのだ。
今日も、一回起きてきたかと思ったら、意味不明な発言をしてまた寝室へと戻っていた。息子と夫が必死に―――必死だったのは俺だけかもしれない―――頑張る中、すやすやと安らかに眠っていたのだった。
そして、母さんは眠りを邪魔すると怒る。猛烈に怒る。長い金髪を振り乱し、これ以上ないくらいに怒る。俺は身震いした。それを覚悟で起こせと言うのか?
父さんは服を着替えながら、続けて言った。
「ゴリ爺に挨拶をしなくちゃね。ユナを雇ってやって下さいって」
「…………は!?」
耳を疑った。
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