第17話 『魔王』
ユナの住む村から遠く離れた場所―――歩いたら3ヶ月はかかるだろう―――に、とある森があった。常に暗く、生物が耐えられないような寒さを放つその森は、村人には一生縁遠い、通称『魔王の森』。
低レベルの者は、そのオーラに近づくことすら出来ず気絶すると言われている。しかし、その方が幸せだろう。なんとか少し近づけた者は、皆体の芯から凍え、死んでいった。聖職者、戦士、勇者……多くの人間が魔王討伐のため挑んだが、誰一人として、それに耐える者はなかった。その森に入って出てこられた者はいないと言われ、この国に住む者は皆存在を知り、なおかつその森を、そして魔王をひどく怖れていた。
そして、その森のそのまた深奥。雲を破ってそびえ立つ塔の最上階で、きらびやかな椅子に座って、目を閉じたまま腕を組む少女がいた。
「……様」
彼女の足元で、屈強な男がひざまづいている。全身に紋章を刻み、体から溢れ出る魔力は人間のそれではない。立ち上がれば2メートルは越すであろう巨駆は、しかし、その胸にすら届かないであろう少女に絶対服従の姿勢をとっていた。
少女が大義そうに目を開け、腕を解いた。作り物かと見間違うほど整ったその顔は、なんの感情も浮かべていなかった。生物だと思えぬ程白くきめ細かい肌。腰まで届きそうな銀色の長い髪。彼女の銀の目は深淵のように深く、見るもの全てを凍てつかせるほどの眼力があった。豪華絢爛な椅子が大きすぎるほどの華奢な体躯ではあるが、彼女から溢れ出す魔力が、彼女がその椅子に座る理由を雄弁に述べていた。
「分かっている」
少女が口を開いた。その表情は少しも変わらぬまま、ただ命令だけを下した。
「あの村人は、即刻殺せ」
周囲にどよめきが走った。周りで頭を下げていた者たちが下を向いたまま顔を見合わせる。
「ですが、事はそう簡単では……」
彼女のすぐ足元で、ある老人が恐る恐る顔を上げ、声を発した。明らかに年をとってはいるが、その力は周囲の若い者を遥かに超えていた。場の長老的存在であった。
老人はしかし、すぐに頭をおろした。否、下ろさざるをえなかった。老人は気付いたのだ。
少女の目が、真紅に灯っていた事に。
それが何を意味するのか。それを知らない者はなかった。
「異論は」
少女が再び聞く。未だその目は紅く灯っている。
「ございません!偉大なる魔王陛下」
周囲の者が皆声を揃えた。
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