第3話 『夢』
「う………っるせーな!分かってるよ!」
爆音に頭がキーンと鳴った。目がチカチカして脳が震えるような感覚に襲われるが、なんとか持ち直してゴリ爺に怒鳴り返した。
「分かったらとっとと会計すませろ!客が待ってんだろうが客がよ!あとカウンターで寝んな!」
ゴリ爺は耳を引っ張ったまま、レジの方へ俺を引きずる。黙って従うのも癪で逆方向に歩くように力を込めてみるが、俺の耳が痛くなるだけだった。
くっそ、わかってたけどこいつやっぱ力強すぎだろ!耳は抵抗しなければあまり痛くないが、なんか悔しいなクソ!
「痛ってえな!離せ!」
俺はせめてものつもりで悪態をついた。だがゴリ爺は全く聞く耳を持たなかった。
「おい、離せよ!自分の力自覚しろボケ!」
握力化け物のゴリ爺に引っ張られる経験なんて、普通なら一生トラウマものだ。昔俺が小さい頃、いたずらにゴリ爺が俺にデコピンしてきたらしいが、少し加減を間違えたらしく母さんの回復魔法がなければやばかったらしい。
流石にそのときは両親に土下座して謝ったらしいが、今現在のこの状況を見るに、全然反省していない。
本当にこの爺さんは村人なんだろうか。戦士すら凌ぎそうなパワーだと思うんだが……
つーかそろそろマジで痛え!離せ離せ!
瞬間、ぱっと手が離れた。一瞬戸惑ってきょろきょろとしてしまう。
「ほら、会計よろしくな」
いつの間にか列が出来ていたカウンターに俺を立たせた。いつもの顔しかいなかったが、皆ニコニコと笑っている。見世物じゃないんだがな。ゴリ爺は俺の耳を離し、そのまま厨房へと去っていった。
「ねえユナちゃん」
作業をしていると常連のおばさんが話しかけてきた。すぐ近くで雑貨屋を営む、ゴリ爺の友達の方だ。鋭い目をしているが、とてもいい人だ。……少しうざったいところに目をつむれば。
「彼はね、寂しくてユナちゃんの事を構ってるのよ。奥さんに先立たれて、子供も皆村から出ていってしまって、寂しがってるだけだから、付き合ってあげてちょうだいね」
いたずらっぽく片目を閉じて笑った。
「はあ……そうですか。俺的には迷惑っすけどね。お会計600ラフィアになります」
「まあそうよね〜大概感情表現が苦手だもの。あ、600ラフィアね。じゃあおまけして800ラフィアあげるわ。200ラフィアはユナちゃんの未来への投資よ」
「……お釣り200ラフィアになります。毎度ありがとうございます。次の方どうぞ」
おばさんは笑顔を崩さず、200ラフィアを押し付けられて帰った。おそらくお小遣いのつもりなんだろうが、もう子供じゃないんだからと言ってもずっとやってくる。
ああ、そうだ。俺はもう子供じゃない。もう子供じゃないんだ。守られるだけの存在じゃなくて、自力で道を切り開く存在になれるんだ。
もうすぐ、ギフト授与がある。
もうすぐ15になって、スキル授与、つまりギフトが賜われる。それによって今後の人生はいかようにも変化する。
「明後日、か……」
手だけ動かしながら、ぽつりとつぶやいた。期待で手が震えた。こんなつまらない生活から抜け出す、唯一のチャンスなのだ。いいスキルをたくさん貰えれば、貴族階級だって夢じゃない。村人が貴族になれる可能性を秘めているのだ。
「合計4045ラフィアになります」
そして、なんとか列を消化しきった。一握りのエリートしか入れない、王立学校に入学する俺。王から勲章をもらう俺。騎士団長となって駆け回る俺……。
「絶対成り上がってやる……!」
こんな生活に終止符を打ち、自分の力で世界に飛び出す。俺はそんな空想を浮かべていた。
その時だった。何故か、厨房からゴリ爺が歩いてきた。重量を感じる歩きをしながら、俺の方へ向かってくる。
「どうしたんだ?もしやサボり?」
俺の軽口も気にせず、爺は口を開いた。そこで俺は気づいた。爺が珍しく深刻な顔をしていることに。
「ユナ」
爺は、言いたくないことを言わざるを得ないかのように一回言葉を切った。そして、覚悟を決めたように言った。
「絶対、ギフトに夢を見るな」
そう、言ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます