①(もう一人の主人公)
目前に迫りくるトラック。彼の最後の記憶は、そんな味気ない文明社会の産物に塗りつぶされていた。パチンコの帰りがけ、大敗が災いして視界が狭かったのだろう、気づいたらアスファルトの上に叩きつけられていたのだ。愛もなく、青春もなく、ただ怠惰に生きていただけの彼の人生は、一片の慈悲もなく終わりを迎えた。
だが、憐れがる必要はない。彼は、俗に言うニートだったのだから。親の脛以外に頼りはなく、就労意欲もなく、特技もない。彼は知らないが、彼が死んだ時に親は笑顔を漏らしたという。
そして現在。風にそよぐ木々。どこまでも青々とした、ところどころ白い絵の具を垂らしたような空。胸高鳴るほどに澄んだ湖。呼吸の度に体に吸い込まれる清涼な空気。都会で育った彼にとって、テレビでしか見たことのない景色が、そこには広がっていた。
彼、皆葉スグルは、そんな絵に描いたような湖畔で一人の老紳士と対峙していた。
「…えっと」
スグルは、首を前に出して目を瞬いた。
「つまり、あんたは神様で、俺は間違えて死んでしまったってことっすか?」彼は、眼前の男に対し怪訝そうに、だが、どこか他人事のような面持ちで尋ねた。
風になびく木のざわめきが響く。それに割り込むように、老人は話し始めた。
「そうなんじゃよ〜。ごめんなぁ」老紳士、ここでは神と呼ぶことにするが、神は苦笑いを浮かべて頬をかいた。
「イヤ、ちょっとな。まさかあんなところに人が歩いているとは思わんじゃろう?儂だってたまには遊びたくもなる。たまたま外界を見たらトラックが走ってたら…暴走の一つや2つ、起こしたくなるじゃろ?」
「…そうかもっすね」スグルは、あまり納得の行ってなさそうな表情で返答した。
「神だって楽じゃないんじゃ…………。世の中のリア充共のクッソしょーもない願いを叶えてやったり、色々苦労してるんじゃよ。」
そして、神は湖に視線を向けた。彼も釣られ
てそちらを見る。澄んだ水の中から、今にも魚が跳ねてきそうだった。
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