第5話 『村人じゃなければ』

 静寂が、どれほど続いただろうか。爺が息を吸った。


「本当にそろそろ現実を見ろ、ユナ。誰もが抱く、そんな夢物語にしがみついていても何もない。そんなことより、今は身の程を知って金勘定の勉強でもしていたほうがいい。村人なら、大抵何か商売スキルが手に入るはずだからな」


「………俺はそんなの嫌なんだよ。こんな街を抜け出して、きらびやかな王宮とかで生きていきたいんだ」


 そう。ギフトさえあれば何でも出来るんだ。なんにでもなれるんだ。特級を得れば貴族階級だって夢じゃない……

 爺はまた大きなため息をついた。


「こういうことは言いたくないが、人は平等じゃない。村人に生まれたからには、C級スキルで地味に生きていく道しか残ってないんだ」


「でも………俺は………」


 言葉が出なかった。本当はわかっていた。でも、認めたくはなかった。


「儂はお前さんのために言ってるんだ。喫茶店なんてやってるとな、色んな奴の噂が入ってくるんだよ」


 爺は足を組み替えた。


「例えば、丁度今のユナみたいなガキがギフトがあるからと15まで甘えた人生を送っていたら、最低ランクのD級2つしか賜われずに落ちぶれたっていう話とかな。これはついこの間聞いたばかりだが、この手の話は年がら年中ありふれてて、笑い話にもならねえんだよ」


 そう言って、爺は椅子を引いて立ち上がった。周りの客がみんなこちらを向いたが、そんなことはお構いなしに悠々と丁寧に椅子を戻した。

 その姿は、村人であることを誇りにすら思っているようであった。それに引き換え、俺は………


「まあ、ユナ」流石に俺の傷心っぷりを見かねたのか、いかにも話を終える体制でいた爺は取ってつけたように話しだした。


「その、村人だって楽しいぜ?商売スキルさえLv上げれば生きてくには困んねえしさ。それに、C級の攻撃スキルだって鍛えればちょっとした魔物くらい狩れるんだ。使い方次第ではB級にだって劣らないケースもあるはずだ」


 俺の方に歩み寄ったかと思うと、いきなり俺の背中を撫でてきた。何だ気持ち悪い。


「だからさ、ほら、泣くなよ」


「……え?」


 泣いている?だれが?そう言葉を続けようとした。だが、言葉にならなかった。心と目から溢れ出す悔しさに似た気持ち悪い感情に、俺の感覚器は支配されていた。クソッ!クソッ!なんでこんな…!俺の口から漏れだすのはただ嗚咽のみだった。爺はそれを止めることもせず、俺の前でじっと立ちつづけていた。


 数分たち、俺が屈辱に呑まれた涙を流し終わった頃。


「……仕事に戻るぞ」


 爺のその言葉に、俺はコクンと頷いた。心の整理は出来ていない。ぐちゃぐちゃのままだ。でも、俺が今出来るのは爺の手伝いしかない。それしか俺には残っていない。

 客は皆空気を読んで会計を済ませずに待っていたので、一段落したことを察して一気に会計に並んでいた。


「1200ラフィアとなります。ご来店ありがとうございました」


 金額を読み上げる声も自分でわかるほど覇気がないのが感じられた。普段は「あら、ユナちゃんは今日もイケメンさんねぇ〜。おばちゃん眼福〜」などと話し掛けてくる常連さんも、今日は気を遣ってか、きまずい無言のまま会計を終えた。

 その日は、それでバイトを終えた。普段よりずっと早い終了時間。まだ夕日もさしはじめたような時間の眩しい家路につくのは初めてだった。

「………」

 石レンガに映る自分の影を見た。いつもの帰りで見る、月明かりや酒場の光で作られる影よりもやけに黒く、小さく見えた。

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