第6話 『店番なんて無理だ』

 翌日。


 俺は、店の裏口の扉をゆっくり開いた。誰にも会いたくなかったが、家にいる訳にもいかず、来ざるを得なかった。


「……はざーっす」


 俺は、いつもの3割減の大きさで挨拶をした。ゴリ爺に来たことを悟られたくなかった。まだ、昨日のことが忘れられない。村人として貧しい暮らしを一生していく自分の姿を思い浮かべているうちに、将来の意味が分からなくなってしまった。

 机に荷物をそっと置き、椅子へ倒れ込むかのように座った。


「おう、今日は遅かったなぁ。何だ?彼女とちちくり合ったりしてたのか?おいおい、最近の若い奴らはやることが早いねぇ〜」


 しかし、ゴリ爺の方は全く気にも留めていないようで、俺に彼女なんて生まれてこの方いたことがないのを承知しているくせに、妙な煽りをしてきた。


「………はぁ、そうすか」


 苛立ちでなんとなく無愛想な返事を返した。くっそこのジジイ、人の気も知らずにヘラヘラしやがってよ…


「お、そうだいい忘れてたがなユナ」


 こいつ、本気で他人の気持ちが分からないらしい。勝手に舌打ちが出た。


「今日儂いないから、店はユナ一人で回してくれ」


 爺は、まるで買い物を頼むかのようにしれっと言ってきた。


 …………は?こいつ正気か?

 耳を疑った。


「だから、今日はユナが店をやってくれ」


 聞き返しても、返答は同じだった。

 一介のバイトに過ぎない俺が?いくらこんな喫茶店とはいえ店をやりくりする?

 俺の驚愕の色も気づいていないのか、ゴリ爺は飄々とした表情で首を振っていた。


「無理だろ!俺とゴリ爺じゃ料理も飲み物も違いすぎるって!爺はやっぱアホか⁉」


 俺は思わず、大声で叫んだ。

 すると、ゴリ爺はにっこりと、多分満面の笑みを浮かべているつもりで、顔を大きく歪めた。


「ほら、元気じゃねえか。ユナ。お前はそんなクソみてえなこと言って馬鹿みたいに騒いでんのが似合ってんだ。なあ、たかがギフトが何だってんだよ。重っ苦しい顔してんなよな」


 そう言うとゴリ爺は右手を掲げた。


「ステータス」


 ゴリ爺の前に青白い四角形が浮かび上がった。っておい、ゴリ爺それはまずくないか!?俺は急いで顔を覆った。


「他人にステータス画面見せちゃ駄目だろ!何やってんだよ爺!?」


 ステータス画面は大切な個人情報で、家族にすら見せてはいけないと言われている。それを一介のバイトに過ぎない他人に見せるなんて……

 爺はしかし、笑顔で言った。


「いいんだよ。こんな爺さんのステータス画面を見たところでどうなるわけでもない。それに、ユナはこれを見て悪用するような奴じゃないと分かっているからな」


 爺はゆっくり俺の手をどけた。


【ゴルタイア=ドラゴン】

〈クラス〉

[村人] Lv99 (Lvは最大です)


〈スキル〉



 C級

 ・料理Lv80(熟練度804)

 ・建築Lv57(熟練度233)

 ・魔力発射Lv11(熟練度0)

 D級

 ・予測Lv74(熟練度765)

 ・俊足Lv9(熟練度6)


 ステータス画面はここで終わっていた。


「カスみたいなスキルだろ?」


 ゴリ爺は笑っていった。しかし、自虐の色は全くこもっていなかった。ゴリ爺が本当に満足している証拠であった。


「こんなゴミスキル達でも、俺はそこそこ満足な生活を送れとる。もちろん不満がないわけじゃない。若い頃はそれでも思い悩んだものさ。でもな、気付いたんだよ。ギフトは人生を動かすが、ギフトだけで人生は決まらないってな」


 俺は爺の笑顔に気恥ずかしくなって少し俯いた。

 そして、ドン、と背中を叩かれた。


「てことでなユナ。昨日言いたかったことの続きだ。ギフトは大事だが、それだけで人生は決まんねえ。命を危険に晒す冒険者も、一挙一動を評価されながら生きるお貴族様でも、当てなく生きる吟遊詩人でも、それぞれ人生を楽しんでる。村人だってそうだ。お前の両親だって、きっと村人であることを楽しんでると思うぜ。な?」


 もう一度、俺に微笑みかけた。

 ゴリ爺はそう言うと、店の奥へと戻っていってしまった。


「人生はギフトじゃ決まらない、か……」


 俺は窓の外の空を見上げた。俺の思いとは関係なく、どこまでも澄んだきれいな空だった。

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