第2話 目覚めの兆候
九死に一生を得て(??)から、約2週間が過ぎようとしていた。
本来なら完治して動けるようになるまで1ヶ月程かかるくらいの大ケガだったようだが1週間後には少し歩ける程に回復していた。
担当してくれた医師は回復力の早さに、信じられないと言って物凄く驚いていた。
自分でも回復力の早さに驚いているのだが、
それ以外でも自分の身体の変化に気付くところがあった。
先ず、肌に潤いを感じる。
鏡で顔を見ても前よりも若々しく見える。
生きて戻ってこれたから、気持ちが浮わついてしまって、若く見えたり、色々良く見えるという錯覚に陥っているだけかもしれない。
昔からお腹が弱く、7日あればその内、3日はお腹を壊す自信がある程だ。
良い点が取りたくて猛勉強して望んだテストも開始僅か10分でお腹が痛くなり、途中退室して7割空欄のまま散々な結果だった。
社会人になってからも絶対に遅れてはいけない会議に腹痛で遅れてしまい、こっぴどく叱られた。
...等、思い出したらキリが無い程お腹の弱さにはしてやられている。
そう考えていると、またいつものようにお腹が痛くなって...、...こない!
そう言えば事故に合って目を覚ましてからはお腹が痛くなっていない。
お腹が弱いという宿命(!?)から解放されたらそれは嬉しいが、そもそも自分が知ってる身体ではないような違和感を時々感じる。
今日は平日で妻は仕事に出掛け、子供達は保育園に行っている。
会社には1ヶ月休暇扱いになっているそうだ。
あと約30分程で正午になる。
そろそろお昼だ。
何を食べようか。
お湯で少し煮るだけで食べられる冷凍ラーメンがあったはずだ。
ケトルに水を入れ、スイッチを入れた。
ブーンとケトルが音を出しお湯を沸かし始めた。
せっかく手間がかからないものを選んだんだから、具材はネギだけでいいか。
冷蔵庫から長ネギを取り出し包丁で輪切りにしていく。
ザク、ザク、ザク...グッ。
痛っ!!
滑って指を深めに切ってしまった。
しまった!
これはしばらく痛いだろうな。
とりあえず絆創膏を貼らないと。
戸棚にある救急箱を手に取り、絆創膏を取ろうとした瞬間気が付いた。
あれ?痛みが無い。
切った筈の指を見ると傷口は閉じており、最初からケガをしていないかのように綺麗になっていた。
確かに包丁で切ってしまったはずなのに。
少し思い出した...。
[修了者は寿命というものは存在しません。
魂は永遠にそこにあるもの、死という概念は存在しないのです。]
!!
死なない身体!?
おぼろ気ではあるが事故にあった直後、暖かい光の中で誰かと話していた。
その時に言われたんだ!
直ぐに確かめなくてはと思った。
怖い気持ちはあるが、思いきって指を少し包丁で切ってみた。
切り口から血が出て来ると思った瞬間、血が出る前に傷口が閉じて跡形もなく綺麗になった。
何なんだ!?この身体は!?
想像を越えた身体の治癒力に思考が追い付かなかった。
事故後の早すぎる回復力もこういうことか。
到底理解出来ないことを理解した途端に、
頭がズキズキと痛くなってきた。
[あぁぁぁ、ぐわぁぁぁ、うぐぐぐ]
頭の中を掻き回されるような痛みに襲われ、
思わず叫んでいた。
どのくらいだろうか。
2分、5分間くらいだろうか。
痛みが引いた途端、事故後に経験した全てを思い出した。
俺は死んだんだ。
そして魂の指導者となり守ることを選んだんだ。
魂の指導者は死なない。
俺はもう死なない、死ねない。
あれは現実だったんだ。
命あるものはいつか必ず死ぬ。
それが自然の摂理だ。
死なない俺は...この世界の常識から外れた存在だ。
俺は何者なんだろう。
人間というくくりの中の存在でいるのだろうか?
まぁ、現実なんだし、受け止めるしかないか。
割りと開き直るのが早い性格は自分のことながら助かっている。
とりあえずラーメンを食べよ。
不揃いなネギ達を乗せて、一心不乱にラーメンをすすった。
んー、美味い。
その後、特に何もなく数日が過ぎた。
今日は日曜日だ。
朝の5時、隣では妻と子供がまだスヤスヤと寝ている。
起こさないように息を潜めて布団から出た。
数年前から趣味で早起き野球をしている。
高校時代の野球部OBで結成したチームだ。
楽しくプレーすることが目的なので厳しい練習もしない。
ただ、和気あいあいと試合を楽しむもので
勝敗も気にしないので気楽だ。
運動不足にも一躍買っている。
食パンを一枚頬張りながらユニフォームを着る。
よし!行くか!
小声で"行ってきます"と呟いて外に出た。
試合をする場所は車で15分程の河川敷だ。
キャンプが出来るスペースとグラウンドが併設されている。
集合時間の10分前に着いた。
既に数人集まっていた。
[優人、お前もう事故のケガは大丈夫なん?]
同級生の前田が小走りで駆け寄ってきた。
[ありがとう、もう大丈夫!むしろ事故前よりも身体動くわ]
[おー、優人、お前病み上がりだからライトな!あんまりボール飛んで来ないからそんなに負担かからないっしょ!]
田中さん、高校時代のひとつ上の先輩だ。
[気を遣ってもらってありがとうございます。]
そんな感じを出さないが、常に気を遣ってくれる田中さんには感謝している。
とはいえ、実のところ野球歴は結構長いのだが、年数の割りに下手くそだった。
ケガをしていてもしていなくてもそんなに変わらない(笑)
[プレイボール!]
試合が始まった。
ライトだから、そんなにボールも飛んで来ないだろうと思っていると[カキーン!]と良い音が響きボールがこっちに飛んできた。
俺の走る速度では到底追い付けるような玉足ではないはずだった。
ポスッ。
見事に追い付いてグローブの中にボールが収まった。
あれ?こんなに足速くなかったぞ。
[おー!ナイスキャッチ!追い付くなんてすげぇなぁ]
その後もボールは飛んできたが一度もミスすることなくアウトを取れた。
攻撃では今まで打ったこともないホームランを打つことも出来た。
大活躍と言ってもいい働きをしたと思う。
[今日は凄かったなぁ、急に何があったん??いつもの優人じゃないみたいだわ。
まぁ、お前の活躍で助かった。
また頼むわ!]
試合にも勝てたので田中さんは上機嫌だ。
[いやぁ、たまたまですよ。]
少しだけ照れながら返答した。
少し冷静になると自分の身体に対する違和感をどうしても気にせずにはいられなかった。
明らかに身体能力が高くなっている。
傷の治癒力みたいなと良い身体能力の向上といい、俺の身体に何が起きてるんだ。
感じたこともない期待感と不安感を抱きながら帰路に着いた。
[ただいまぁ]
[パパおかえりー]
[パパ、りー]
上の子と下の子が出迎えてくれた。
[おかえりなさい、何か食べてから行った?
ご飯いる??]
妻が言った。
何故だかやたらダルくて眠かった。
[ありがとう、少し食べたから大丈夫。
少しだけ眠りたい。]
[野球の後にすぐ眠くなるなんて珍しいね。
久しぶりに運動したからじゃない?]
[そうかもしれない、じゃあ、ちょっとだけおやすみ。]
そう言って寝室に向かった。
ベッドに横になると猛烈な眠気に襲われた。
俺は夢の中へと落ちていった...。
彼は野球選手だった。
将来を期待されたルーキーだった。
期待されて入ったものの数年に渡り目覚ましい成績を残せないでいた。
そんな彼を妻はずっと支えてきた。
これが最後のチャンスだと言う彼を信じていた。
彼も妻に苦労をかけていることはわかっていた。
これが最後と決意して望んだシーズンでやっと努力が実を結び、結果が伴ってきた。
この調子で行けばMVPも狙える程の活躍ぶりだった。
努力してやっと掴んだチャンスを絶対に生かすんだと自分に言い聞かせていた。
そんな中、事故は起きてしまった。
彼のその日の守備位置はライトだった。
本来の守備位置はセンターだが、何かと可愛がっていた後輩がセンターであれば試合に出せると監督が言ったので、譲ってあげた。
後輩も毎日毎日、努力して掴み取ったチャンスだ。彼がその時だけでも譲ってあげることで後輩のチャンスも広がると思ったからだ。
自分がそうだったように、後輩にも努力は必ず報われるという喜びを知って欲しかった。
試合が始まり4回の裏で守備をしていた時だった。センターとライトの間にあたる右中間にボールが飛んできた。
この打球が抜ければ逆転されることはわかっていた。急いで打球の軌道を読み、落下地点を目指して走る。
何とか追い付きそうだ。
後輩もセンターからこちらへ打球を捕るべく走ってくる。
[オーライ!オーライ!]
[俺に任せろ!]
声を上げて手でもジェスチャーしているが、どうやら聞こえていないようだ。
!!
彼は見た。
こちらへ向かってくる後輩は彼の知っている後輩の顔ではなかった。
鬼のような形相で人の顔と言えない程、禍々しく恐怖を覚える程だった。
次の瞬間身体中に衝撃と激痛が走った。
恐らくぶつかったと瞬時に判断出来たが走ってくる人間とぶつかったという想像を遥かに越える程の衝撃だった。
あまりの激痛で気を失ってしまった。
目を覚ますと、そこは病院と思われる部屋の一室だった。
目覚めた途端、妻が泣きながら安堵の表情を浮かべていた。
少し記憶が抜けていて、何も思い出せなかったが、数時間経った後に思い出した。
[あいつは、後輩はどうした!?俺とぶつかったはず、かなりの衝撃だったからあいつもケガしてしまったんじゃないか?]
と妻に聞いてみると、どうやら後輩はケガ1つしていないそうだった。
それどころか何故、ぶつかったかもわからず、記憶自体が無いと話しているようだ。
そうか、あいつも苦労して掴んだチャンスなんだ、ケガが無くて良かった。
せっかくのチャンスを俺とぶつかってケガされたら申し訳ないからな。
...ちょっとよろしいでしょうか。
担当医らしき人物が入ってきた。
あなたの活躍は本当に素晴らしいと思います。
私もあなたのプレーは大好きです。
...非常に申し上げにくいのですが...。
身体の損傷が激しく、完治しても以前のような激しい運動は出来ない状態です。
残念ですが、もう野球をプレーすることは...
頭が真っ白になった。
そんなことはない、今まで何の為に頑張ってきたんだ、やっと掴みかけたのに。
余りにも報われないじゃないか。
[先生!そんなこと言わないで何とかなりませんか、俺はこんなとこで終われないんです!まだやるべきことが沢山あるんです!先生、どうか、どうか、またプレー出来るようにして下さい!お願いします!!先生!!]
すがるような気持ちで言った。
[お気持ちは痛い程、解ります。
でも出来ないのです。
貴方の身体には非常に珍しいというかあり得ないことが起きておりまして、どういう訳か野球で使うべき筋肉や関節周りのみ損傷が著しいのです。
投げる時の動作にまつわる部分やバットを振る時の可動域等、完治してもその動作が出来ないような損傷の仕方なんですよ。
非常に残念ですが、現在の医学ではどうしようもありません。
お辛いでしょうが、お大事になさって下さい。また経過を見に伺いますので。]
医師は部屋を出て行った。
絶望感しかなかった。
子供の頃のように声を上げて泣きわめいた。
しばらく泣くと少しだけ落ち着いたが、
胸にぽっかりと穴が空いたようで何もする気にならず、虚無感だけが心を支配していた。
子供の頃からの夢であったプロ野球選手になり一番活躍してMVPを取る夢は思わぬ形で幕を閉じた。
それからというもの性格が変わったように横暴になり、私生活も荒れていった。
野球も嫌いになり、少年野球の指導者としてオファーもあったが断った。
野球関連のことは遠ざけたかった。
後になって思えばそこが人生のターニングポイントだったのかもしれない。
挫折を乗り越えて向き合うことが使命だったのだろう。
その後も妻は気遣い優しく接していたが、彼は妻にきつくあたるようになり、現実から逃げ、酒に溺れるようになっていた。
5年後、妻は病気で他界した。
彼も妻の後を追うように1年後に病気で亡くなったのだった。
彼は余命を医師から告げられ、残りの人生を過ごしている間、常に後悔の念を感じていた。
現実と向き合わずに逃げてしまったこと。
何よりもあんなに自分を大切にしてくれた妻に何一つ出来ないどころか酷い態度を取り続けてしまったこと。
野球は確かに自分の夢であったが、一番大切なものに気付けなかったこと。
[幸せな想いをさせてあげられなくてごめんな。もし生まれ変わることが出来るなら、また一緒になりたい。
今度こそ幸せにするから。
本当に愛している。]
彼の目からは涙が流れていた。
まるで自分が抱えていた罪を洗い流すかのように。
[あなた、迎えに来たわよ。
私はあなたといられただけでも幸せだったの
、最後に本当のあなたに戻ってくれて良かった。
さぁ、行きましょう。]
[ありがとう...。]
彼はその人生に幕を閉じた。
俺はゆっくりと目を開けた。
俺の頬には涙が伝わっていた。
だいぶリアルに感じる夢だったなぁと思い身体を起こし、時計を見た。
眠りについてから1時間程だった。
もっと長く寝ていたような感じがした。
あくびをして立ち上がろうとした時に声が聞こえた。
[やっと目覚めの兆候が訪れたな。]
!!
声が聞こえた途端
窓の隙間からスーッと風のふく音と共に何かが入ってきた気がした。
[このまま話すのも何だから姿を見せて話すとしよう。]
入ってきた風のようなものが目の前に集まりだして人の姿に変わっていった。
ん?あれ?
どこかで見たことがあった。
[よう優人、久しいなぁ。]
うーん、見たことがあるような気はするけど、思い出せなかった。
[えーと、初めまして。
失礼ですが、どちら様でしょうか。]
目の前に立っている男はやれやれと言った表情を浮かべた。
[これだったらピンと来るだろ。]
男の顔がみるみる老けていく...。
!!
じ、じいちゃん!!
中学生の時に亡くなったじいちゃんの姿がそこにはあった。
[じいちゃん、じいちゃん!!
え、でも、どうして...、顔が?え?え?]
信じられない光景に頭がパニックになった。
[わはははっ、まぁ、その気持ちもわかる。
まだ完全に目覚めている訳でもないしな。
当然の反応だ。
さて、順に説明せねばいけまい。
じいちゃんはな、優人の思っている通り死んだのさ。
優人も経験した通り、暖かい光の中であの世で過ごすか現世に残るか選択をしたのさ。
じいちゃんもな、魂レベルが規定をクリアしていると言われたよ。
その時、自分の人生を含めて、数え切れない程の経験を積んで、学んで、色々な人生を歩んで来たことがわかったよ。
生きてる時は死後にこんな世界があって、こんな経験が出来るとは夢にも思ってみなかったから、信じられない程たまげたもんだ。
現世に残る条件は、規定レベルに満たない魂を導く存在になることだった。
導くと言っても優人をはじめ、婆さんや残した家族のことが気になって、見届けたいと願ったってのが本音なんだけどな。
それでじいちゃんは現世に残ることを決めたのさ。]
じいちゃんは少しだけ照れくさそうな表情をしていた。
[婆さんもその後に亡くなったが魂のレベルがまだ規定に満たないようでな、また別の人間として生まれ変わるんだと。]
淡々と話してはいるが少し寂しそうだ。
じいちゃんって意外と色んな表情をする人だったんだなぁ。
小学生の時は良く遊びに行っていたが、中学生になると思春期の影響からか疎遠になってしまい、会うことも少なくなった。
じいちゃんが亡くなって葬式に出た時はもっと沢山じいちゃんと話しておけば良かったと後悔したものだ。
俺も死んで今の状況になっているとはいえ、じいちゃんとこうして話が出来るのが嬉しかった。
[さて、本題に入ろう。]
じいちゃんは先程の朗らかな表情から一転して真面目な顔をして話し始めた。
魂の守り人 拉麺美味 @me-tomo
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