第5話 超能力者②
「超能力者ねえ……カタカナの名前つけたりしないの?」
「あはは、なかなか格好いいのが思いつかなくて。実際のところ、能力者と呼ぶ方が多いくらいですし……あっ」
そこで彼女は自分の手元を見て、その後に、私の手元を見て、唐突に焦りだした。
「ご、ごめんなさい! 私、お客様にお茶も出さなくて! えっと、紅茶とコーヒー、どちらがお好きですか? 言ってくだされば、このアネットが淹れてくれますから……って、ああ、アネットの紹介もしませんでしたね!」
身を乗り出すように立ち上がって、彼女はせわしなく隣の女性を紹介する。あたふたとして、先程までの気品や自信を感じない。
「こちら、私のハウスキーパーをしてくれる、アネットです。私と違って、彼女はフランス人ですが、日本語もちゃんとお話しできますので、ご安心ください」
隣の女性、アネットは静かに一礼してから、束音の後ろに回り、中途半端に立ち上がっていた彼女の肩を掴んで、優しく座らせた。
束音は自身を落ち着けるように、深呼吸をしている。意外とパニックになりやすいのだろうか。
「朱音様、改めまして、アネット・アルカンと申します。束音様のお世話と、束音様のお屋敷を管理しております」
「お世話されてます」
楽しそうに、束音は片手を上げて宣誓する。
改めて見ると、束音とアネットの二人は、主人と従僕というよりは、親子のようだった。
まずもって、容姿が似ていた。
さらさらとしたブロンドの髪と白い肌。深さは違うが共に青色の目をした二人の容姿からは、言うまでもなく、日本人的な部分を感じない。
はっきり言って、道券束音という名前は、あまりに嘘っぽかった。
ただ、日本語の発音については確かに、アネットの発音が怪しく束音の発音が正確だ。
「ずっと言いたかったことなんだけど、束音さんさあ、日本人?」
「ええ、正真正銘、両親共に日本人ですよ。クォーターですらありません。私の容姿については、お医者様は隔世遺伝か、突然変異のどちらかだと」
「偽名だって言われた方が、まだ信用できる話だね」
「超能力者が一番、信用できないと思いますけどね」
彼女がクスクス笑っている間に、アネットは机の横にあった白いティーワゴンの前で、「紅茶とコーヒー、どちらになさいますか?」と私に問いかけた。
「コーヒー、ブラックで」
「かしこまりました」
彼女は恭しく一礼して、作業に取り掛かる。手慣れた手つきではある。
けれど今更ながら、普通主人が何も言わずとも、メイドさんの方が率先して飲み物について、聞いてくるものなのではないだろうか。主人が謝罪するか?
「これも興味本位で聞くんだけど、束音さん、お金持ちなんでしょう?」
「ええ、私は裕福ですよ。この世で最も大事なお金を、この世で最も持っている人間です」
「お金持ちとは思えない嫌な発言だな。謙遜とかしろよ」
この世で最もって。それは嘘だろ。
「とは言え、私のこういう服装や態度を、あまり信じないでください。もし私のオファーをあなたが受けた場合、私はあなたとの信頼関係を築く必要があります。私の財力は莫大ですが、だからと言って社交の場に出たりはしていません。人との対話に不慣れな私を、早々に知っておいて欲しいのです」
「…………えーと、つまり? そのドレスは衣装ってこと? その丁寧な態度も演技とか?」
「白状すれば、その通りです。この場所をお借りするにあたって、ご挨拶しなければいけない相手がいまして。その時の気持ちを引きずっているのです。あなたと会うに当たっては、もう少し砕けた私でいたかったのですが……その、使い分けは苦手で」
じゃあひょっとすると、さっきの慌てたり、楽し気な態度の彼女の方が、本来の彼女なのかもしれない。
とは言っても、立場が人を作るものだし、人の要素は一つじゃない。彼女自身がどう思おうと、私が遠めに見た時のあの美しい所作や、話していて感じる彼女の理知的な部分も、きっと彼女自身なのだろう。
そう期待したいだけかもしれないが。
アネットさんが戻ってきて、私の前にソーサーとカップを置いてくれる。
「ありがとうございます」
「いえ、どうぞ」
アネットさんは穏やかに笑いかけて、束音の隣に戻る。
立場を守っての立ち位置なのだろうが、束音の話を聞いた後だと、印象も少し変わる。
「アネットさんは? 他の場所でも束音さんにとっては、使用人なの?」
「立場の上ではそうですし、実際、家の管理をしてくれています。お客様の対応も、基本的には。そして本人も言っていた通り、私のお世話もしてくれていますよ。私の中では、母親のような人ですね。家に戻ればそう言った態度も見せてくれますが……厳しいところもありますから」
すねたように話す束音の隣で、アネットさんは少しだけ苦笑する。
親子ねえ。羨ましい話だ。
コーヒーに口をつけて、その苦みを味わう。毒が入っていたら面白いなと思ったが、残念ながら、ただ美味しいだけだった。
「能力者の話が途中でしたよね」
あまりに話がそれたせいか、彼女は少し思い出すようにしてから、そう切り出した。
「ああ、うん。束音さんもそうなんだっけ? それで、何かしようって話だったかな」
「ええ。ですがその前に、束音さんは能力者やご自分の能力について、どの程度の知識を持っているか、知りたいんです。オファーを受けるにしても受けないにしても、基本的な知識は共有しておかないと。私がというより、これは彼らの要望ですが」
「彼らね。それについてもまあ、後で聞くとして。私はほとんど知らないよ。ここに書いてる通り、私は中学二年生の頃に、自分が特別な力を持ってるって知った。有効活用できそうだから、してみた。でも、その間一度だって、他の特別な人に出会ったことはない。あなたの話が本当なら、今日までね」
「なるほど」
彼女は少し意外そうにしながら、しかしそれ以上質問せずに話し出す。
「ではまず、基本から。能力者と呼ばれる存在は、百年以上前から確認されています。それは人種に関係なく、人間なら誰でも、能力者の可能性があります。定義としては、人間の身体構造からは考えられない現象を引き起こせる者、みたいな感じだったかと。まぁ、定義する意味を感じませんが」
「能力は人によって違う?」
「ええ。ですが、遺伝する場合もある」
「…………そう」
手元のコーヒーに口をつける。
「血が繋がっている人は、多くの場合どこか似た方向性の能力を有しています。理由は判然としませんが」
「この二十一世紀に? 科学で説明できないことがまだあるとはね」
「大事なのは理由ではなく、現実に起こっていることですよ。能力者が何人いるか、誰も正確にはわかりません。それでも、実際に存在する。隠している人もいれば、隠さず暴れようとする人も。それに対応するのが彼ら……『他の者達』です」
「他の者達って?」
「それが名前なんです、組織の。その資料を作り、私に場所を貸してくれた組織」
「呼びづらくない?」
「だから『彼ら』と」
それも、なんだかわかりづらいが。
「彼らにとって私は、いわばスポンサーの一人です。私が資金を提供し、彼らが能力者を守る。その存在が世に知られないように」
「ヒーロー達のスポンサーになったのに、個人でも人助けしたいの?」
「彼らの目的は人助けではありません。かつては、そうでした。でも組織が大きくなるにつれて、その目的は変容し、今は秘密を守ることが第一になっています。それも必要なことですが、細分化ができていない」
「細分化?」
「……私からのオファーはこうです」
私の疑問には応えず、彼女は話を続ける。
「私は能力者です。具体的には、人の運命が見えます」
「………………」
「未来が見えると言う意味ではありません。ですが、人の持つ、運の流れが見えるんです。運と言うのは、その状況によって起こりうる、未来の方向性です。平均値と言った方がわかりやすいでしょうか」
「不幸な目に遭いそうな人がわかる?」
私の曖昧な理解に対して、彼女は首を縦に振ることで肯定しながら補足する。
「死ぬ運命の人はよりわかりやすい。私は、それを変えたいんです。助ける力があるなら、そうするべきだと思いませんか? ……それにあなたにとっても、これはいい話です」
「どうして? 電源を落とさずに済むから?」
「あなたという人間を、私がより良く扱えるからです。私自身にも、あなたがいることで、価値が生まれる。正直、私一人では、どうにもならないんですよ——私はお金があって、もう一つ言うと、ある程度の技術もあります。ですが、現実的に対処できる問題は、あまりに少ない。けれどあなたには、対処法が見えると思うんです。その能力と、あなた自身の適性によって」
彼女はじっと私を見る。
「朱音さん。私と人助けをしませんか?」
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