第4話 超能力者①

 ……この少女を、私はぶん殴るべきだろうか。そう考えながら、私は机の下で、自分の脈を確認した。


 ——なんだ、生きてるじゃん。安心安心。


「……じゃあ、あなたは天使様か何か? だとしたら、羽を毟られたのね」

「え? ああ、いえいえ、ここは死後の世界ではありませんよ。嫌だなあ、朱音さん。そんなものを信じていらっしゃるんですか? 亡くなったというのは、もちろん、書類上のことです」


 コロコロと笑う所作は美しいが、見た目ほど上品でも、優しくもなさそうな発言だった。


 もちろんって。わかるか。


「誠に勝手ながら、あなたを病院ではなく、こちらに運ばせていただきました。勝手に麻酔をかけた無礼をお許しください。とは言え、ご安心を。私達にも友人のお医者様がおりまして、あなたの完治を確認しておられましたから」

「医者の友人……ね。まぁ、正直それは助かるけれど」


 病院は嫌いだ。


 例え好きでも、運ばれれば面倒なことになったのは間違いない。


 実を言うとこの私、失踪している最中なのだ。


「それで? 何の用なのかな。道巻束音さん。初対面だと思うけど」

「お会いするのは初めてですが、私はあなたを以前から知っていたのです。この三ヶ月は、あなたを調べ、見つけるために費やされました。あなたの事は全て、知っておりますよ」

「全て? そりゃあ凄い……例えば?」

「人助けが得意ですよね」


 その質問を心待ちにしていたかのように、彼女は自信に満ちた表情で答える。


「中学生からずっと、そうしてきた——同級生だったり、偶然事故にあった人も。暴力的なものだけでなく、交渉が必要なものや、精神的な問題にも、対処できる賢さがありますよね。でも、三ヶ月前、お母様が亡くなられて——それからは逆の事をしてきました、今日まで。その目的も達成できたようですね、おめでとうございます」


 彼女は律儀に一礼して、私の結果を寿いでくれる。

 私はほっと、ため息を吐いた。


「何をしたかも知っていて、よく三人でいられるね」

「私は、あなたに恨まれるような理由がありませんから。むしろ、そうですね、私はあなたに次の目的を与えようとしているんですよ?」

「生憎だけど、目的はもうあるんだ」

「あら。何でしょう?」

「穏やかな死に方を模索中なの」

「……それはそれは。ここが死後の世界じゃないとわかって、がっかりされたでしょう」

「いや? むしろ安心した。死んだ後もまだ続くなんて……いやすぎる」


 彼女は肩をすくめる。私の発言を、あまり真剣に捉えていないのかもしれない。


「あなたは死んだ方が楽だと思っている訳じゃないでしょう。死ぬことを目的とはしていない。あなたが死のうとしているのは、他にすることがないからです。使ってもいないコンピューターの電源がつきっぱなしじゃ勿体ないから、電源を落とそうとしているのと同じですよ」

「そうね、死ぬくらいなら、あなたのために働いた方がきっと有意義に決まっているものね」

「私のために、ではありません。あなたが、あなた自身のために生きるべきなのです。それだけの価値が、あなたにはあるはずですよ」

「どうだか」


 本当に、どうだかって感じだ。

 ——この子の話も、私の価値も。どっちも本当、信じがたい。


「話を戻そうか。私にどんな目的を与えてくれるの?」

「以前と同じですよ、人助けです。ただし以前よりもずっと、大規模に、確実性を持って行えます」

「具体的には?」

「二人の能力を最大限活用するんです。私と、あなたの能力を」

「…………なに?」

「朱音さん、言ったはずですよ。私はあなたについて、全て知っているんです。そこは信じてくれないと」


 いぶかし気に問い返す私に、束音は困ったようにそう言って、机の下に手を伸ばす。私も少し目を向けると、彼女の座る椅子の横には、白い鞄が置いてあった。そこからファイルを取り出して、私に見えるように開く。


「ずっと気になってたんだけど、白が好きなの?」

「ああ、この部屋ですか? いえ、この施設は正確には、私の所有する施設ではないので。元からこうなんです。どういう意図をもってこの部屋が作られたのか、私にもイマイチわかっていません。私はただ、落ち着いてお話しできる場所を、と要請したのですが」


 私は彼女の手によってここに連れてこられたはずだが、ここは彼女の施設ではないのか。そこにどんな意味を見出すべきかわからないが、それ以上に気にするべきは、彼女が見せてくれたファイルの内容だった。


 守屋朱音。十六歳。誕生日・平成十五年九月二十六日。母・守屋響子。父——。


 それは、私の経歴だった。最初のページには、どの幼稚園を出て、どの小学校を出て、どの中学を出て、どの高校に入り、いつ母が亡くなり、そしてその後、私が失踪したことも書かれていた。


 次のページには、教師の記述や学校の成績、両親のこと、失踪した私に関する警察の調査など、事細かに。それらを次々と読み飛ばしていく途中で、『特記事項』という項目が目に留まった。


『——平成十二年六月まではその兆候見られず。しかし同月十六日に起こった森林火災においては、彼女の能力が発現したと確信する。結果的に、六人が軽傷で生還している。そこから三年間、彼女は自身の制御下でその能力を行使していると思われる。詳細については後述の資料を参照——』


 それ以上は読まずに、私は資料を閉じた。彼女の言いたいことは、十分伝わったからである。


「これ、この三ヶ月でできた資料だとは思えないんだけど?」

「ええ、違います。私があなたを調べ始めたのは、先ほど言った通り三ヶ月程前からですが、あなたが読んだ部分は全て、別のルートから入手しました」

「この部屋を貸してくれた人とか?」

「わあ、すごい。どうしてわかったんですか?」


 ——どうしてって。他に当てがないだけなのだが。馬鹿にされているのだろうか。


「彼らには、私が調べた資料は渡しておりません。受け取るだけ受け取ってお返ししないのも気が引けたのですが、あなたのここ三ヶ月間の資料は恐らく、彼らの目を引くことになるでしょうから」

「なんでかな」

「彼らの仕事は、監視と現状維持だからです。実際のところ、その前の三年間だって、ギリギリ見過ごされてきただけのようですよ?」


 なるほど。つまり、私が無闇やたらに暴れるのを嫌う人達がいるらしい。


 私というか、私のような人間。


 特別な力を持った人間。


「——私みたいな人が、他にもいるんだね。普通の人には、できないようなことができる人」

「ええ、それなりに。それをどう呼ぶかは人によって違いますが——私は単純に、超能力者と呼んでいます」


 束音は自信に満ちた表情で、宣言する。


「私もその一人です」

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