第7話 業務開始

「まずはテストをしましょう。私の能力と、あなたの能力を。私達の活動を定常化するには、一にも二にもまず実験です。お互いにとって理想の形を見つける必要があります」


 彼女はそう言って、人の波を掻き割っていく。


 あれから一時間後。私達はあの部屋を出て、街の中心まで移動していた。


 結局あの部屋の出口も、あの場所がどこなのかさえ、私が知ることはなかった。私は目隠しをさせられ、束音に手を引かれるまま外に出た後、そのまま車に乗せられたからだ。例の組織の要望らしい。


 今回の車は、救急車ではなく、リムジンだった。

 ……普通の車はないのだろうか?


 出発前に鞄は返してもらえたけれど、服はボロボロだったので、移動中に新しいのを買い与えられた。私は車内で着替えたが、キレイなドレスを着ていた筈の束音は、移動前に着替えを済ませていたらしく、ラフなワンピース姿に変わっていた。

 ……私の着替えも先に用意してくれればよかったのでは?


 そんな疑問を持ちながらも私が口にしないのは、所詮、私達の目的には関係のないことだからだ。


「今も見えてるの? ここにいる人達の運命とやらが」

「先ほど言った通り、私に見えているのは未来の方向性です。オシロスコープはご存じですか?」

「電気信号の波形が見える奴だよね」

「小さい頃触っていたんです。私の能力も似たようなもので。人を見ると、それぞれの波形が見えてきます。振幅が高い人は、その分死ぬ可能性が高い。周期が短い人は、それだけ近いうちに亡くなるといった風にね」


 彼女は歩きながら、前後左右をくまなく視界に入れる。通り過ぎる人々の波形を見ているのだろうが、かなり忙しない動きだった。


「じゃあ探すのは、波の振幅が高くて、周期が短い人? ……でも、事故死の場合は?」

「可能性で考えてみてください。例えば交通事故は、あらゆる偶然が重なって起きますよね。運転手が普段より眠たかったとか、被害者が歩きスマホをしてたとか。そういう偶然が重なり合って起こる事故死は、死の可能性をそれほど上げません」


 病院の入院患者を見るなら話は別ですけどね——と、彼女は嫌そうな顔で呟いた。経験があるらしい。私とは違う意味で、病院が嫌いなようだ。


「じゃあ、極端に死ぬ可能性が高いのは……」

「命を狙われている人です。もし見つかれば、二人でその人を監視して、危険な場合はあなたに守ってもらいます。可能ならですけど」

「今更疑うの? その人が確実に死ぬなら、私には死因が見える。そうすれば助けられるはずだよ」

「……そこなんですよね」


 目前を歩く彼女が、立ち止って振り返る。


「人の死って、いつ確定すると思います?」

「誰かがその人を殺そうとしたとして……その人に計画性と実行力がちゃんとあれば、決意をした時点で確定するんじゃないの?」

「どうでしょう、可能性はもちろん高まりますよ。私が検知できるくらいに。でも、どんな計画にも不確定要素はありますし、確定はしないと思うんですよね。例の車両火災だって、周りに助ける人が誰もいなくて、車が爆発寸前だったから、あなたの能力が使えたのかも」

「……なるほどね」


 彼女の言いたいことがわかってきた。


 道巻束音の能力は、つまり死の確率がわかる能力だ。その確率は、自身の介入だけでなく、周囲の状況によってさえ変動するのだろう。


 翻って私の能力は、確実に死ぬ状況に居合わせることで発現する。その人を救う力が手に入る代わりに、死ぬ直前の場面に立ち会わないと意味がない。そこに危険があると言いたいのだ。


「もちろん束音さんは、能力なしでも素晴らしい人材だと思います。だから、個人的な報復とかなら、それほど恐れることもないと思うんですけどね」

「期待してくれてるじゃん。まぁ私も引き受けた以上、文字通り全身全霊で挑むよ……ところで」


 私は自分の手元に視線を落とす。


「手を繋ぐ理由については、いつ教えてくれるのかな? 言っておくけど私、もう目隠ししてないよ」

「え、理由があると思ってたんですか?」


 ……ないのか?


「あはは、そんな怖い顔しないでくださいよ。これはまぁ、私の性格に関係していまして。人に触れている時の方が、集中できるんです。朱音さんみたいな信頼できる相手だと特に」

「会ってまだ二時間未満よ」

「まさに運命の相手ですね」


 束音は何が面白いのか私の手を引きながら、クスクスと笑ってまた歩き出す。

 ——まぁ、きっと必要な手順なんだろう。


 出会って二時間未満の仲でも、わかることはある。


 どんなにふざけた態度をとって冗談めかしても、彼女からは強い目的意識を感じるのだ。きっと、無意味なことはしないだろう。


「——見つけた」


 数分歩いたところで、彼女は唐突に立ち止まる。彼女の視線の先へ目を向けると、カフェの店内で接客する、一人の男性が目についた。


「彼を最初の仕事にしましょう。私達が守る、最初の『対象者』です」

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