第2話 自殺願望
うだるような熱気に当てられて、私は目を覚ました。
頭がぼんやりして、何も考えられない。最初に目にしたのは、覗き込む男性の顔だった。何か言葉を発しているようだが、聞こえるのは不快な程大きい耳鳴りだけで、理解できない。
私は次に、私の足にしがみつく少年を見た。
泣きながら私の足を掴んでいたその少年は、何故か顔が黒く煤けている。やがて男の後ろから、防火衣を着た別の男が近付いて来て、少年を背中から抱えて連れ去った。よく見れば私の顔を覗き込むこの男性も、防火衣を着ている。
——ああ、思い出してきた。
私は記憶を手繰るように、男の背後で起きている火災に目を向けた。ぶつかり合って潰れた車が二台、勢いよく燃えている。
そして、気付く。さっきの少年は、潰れた車の中にいた子だ。抱えられていたということは、引きずり出した時怪我したのだろうか。だとしたら、なんだか申し訳ない……運転席に乗っていた女性は無事だろうか。きっと少年の母親だろう、あの女性が見当たらない。先に運ばれたのかもしれないが、心配だ。
ようやく私は、声を掛けてくる目の前の男性が、消防隊の隊員だと把握した。奥で同じ格好をした二人が、ホースを持ってきているのが目に入る。これから消火活動に入るようだ。
「——ですか? ————びますから」
「ん……えっと」
段々と耳鳴りが収まって、声が聞こえてきた。私が声を発したのを確認して少し笑みを浮かべてから、男は後ろを振り返る。男の肩越しに、救急車から担架が運ばれてくるのが見えた。
「大丈夫ですよ! 今病院に行きますからね! 大丈夫です、声を聞いていてください」
「だ……だいじょ……から……」
——大丈夫ですから、お構いなく。
私は何度かそう言おうと思ったが、上手く口が動かせない。怪我をしているのはわかっていたが、声が出ないほど消耗しているとは思わなかった。痛みはそれほど感じなかったからだ。
てっきり、上手く防御できたと思っていたのに。
やがて救急隊員が到着し、私を担架に乗せ運ぶ。抵抗しようにも、身体に力が入らなかった。
おかしいな、私の記憶が正しければ、少なくとも少年と女性を車から引きずり出した時には、万全の状態だったはずなのだけれど。その後、何がどうして、私は倒れたのだろう?
「聞こえますか! お名前は言えますか?」
私は応えようとしたが、口が動かなかったので、離れた位置に落ちている鞄を指さす。車に走っていった時に投げた、自分の鞄だ。
救急隊員は気付いて、すぐに取って戻ってくる。「失礼します!」とわざわざ言いながら中を漁り、財布を取りだした。律儀だ。
「守屋朱音さんですね! いいですか、今から……」
隊員が話し続けるのを聞きながら、私はまだぼんやりした頭で、ずっと考えている。
——ああ。頼むからこのまま、ぼんやりと死なせてくれたらいいのに。
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