おばあちゃんとテレビ

増田朋美

おばあちゃんとテレビ

おばあちゃんとテレビ

その日も暑い日だった。もうすぐ十月だというのに暑い日は続いた。でもどこへ行っても少しづつ秋めいているという。暗くなるのが早くなってきた事から、確実に季節は秋へ変わってきていると、報道がされているようになった。秋と言えば、スポーツの秋とか、読書の秋とか、いろんなものがあるけれど、よく言われているのが食欲の秋である。

その日の昼食時間、相変わらず、杉ちゃんとブッチャーが、水穂さんにご飯をたべさせようと、奮戦しているところだった。今日は、手伝い人として、花村さんもやってきている。同時に、定期的に弁当を持ってきてくれる、宅配弁当会社、ポカホンタス社の社長、土師煕子さんも、見舞いに訪れていた。

「水穂さんは、煕子さんが作ってくれた弁当はよく食べるなあ。俺が作った料理よりも、やっぱりうまいのかなあ。」

今回は吐き出さず、おいしそうに食べている水穂さんを見て、ブッチャーはそうつぶやいた。

「まあたまたまじゃないの。それに食欲の秋ともいうしね。」

と、杉ちゃんが水穂さんにご飯をたべさせながらそういうことを言った。確かに食欲の秋とはよく言うものだから、たくさん食べるのは普通のことかもしれないけれど、水穂さんは、煕子さんの作る弁当をよく食べるのである。

「いいじゃないかよ。食欲が出てくるってことは、うれしい事じゃないか。」

杉ちゃんはカラカラと笑った。しかしブッチャーは、日ごろから水穂さんのご飯をつくっている事から、水穂さんが煕子さんの弁当を食べることは、一寸いやな気がしてしまうのである。

「まあ、いいじゃないですか。元々、プロとして活動されている方に素人が合わせることは、逆立ちしてもできませんよ。それはそれでいいとすればいいじゃないですか。」

と、花村さんが、にこやかに笑ってブッチャーに言った。でも、ブッチャーは。まだ何か、もやもやしたものがあった。

「でも、何か、食べやすいように、工夫してあるのかなあ。素人にはできない特殊な材料を使ってるとか。」

と、杉ちゃんが、煕子さんに聞いた。

「いいえ、ただ、食べやすいように柔らかめにつくってあるだけですよ。後は、昔の精進料理で統一してあるだけです。重い病気の方の中には、うまく食べられない方もいらっしゃるから。」

煕子さんはそれだけ言う。なんだ、それだけの違いか、それじゃあ、みんな変わらないじゃないかよ、とブッチャーはおもった。弁当の内容は、典型的な精進料理という感じで、ゴマ豆腐とか、野菜の煮物などが入っている。水穂さんが肉魚一切口にできないということを、ちゃんと知っているのか、肉も魚も入っていない。

「小さな子供さんのためのメニューとして、豆腐ハンバーグとか、できるだけお肉に見えるように、工夫もしています。」

と、煕子さんはつづけた。

「はあ、なるほど。肉に似せることね。確かにそれは必要なのかもね。精進料理ばっかりじゃ、子供さんには受けが悪いよなあ。」

「確かに、飽きないようにする工夫は、必要ですね。」

杉ちゃんと花村さんは、顔を見合わせた。

「所で、煕子さん。」

と、杉ちゃんが話を変えた。

「今日は、バカに服装が派手だけど、どこか行くの?」

「いやあ、今日はね。」

と、煕子さんはにこやかに笑った。

「今日は三時から、テレビ番組の取材が来るのよ。なんでも精進料理のレシピを紹介したいって。こんなおばあちゃんでもテレビに出ていいのかって言ったら、二つ返事で許可してくれました。」

「へえ、テレビに出るですか、煕子さんすごいなあ。」

ブッチャーは感心して煕子さんに言った。

「まあテレビと言っても、地元のケーブルテレビみたいなものだけどね。私たちの活動の事なんて、テレビが目をつけるとは思ってもいなかったわ。」

「いやあ、いいんじゃないですか。テレビで紹介されれば、お客さんも増えて、絶対いい方向へ行きますよ。」

「いやあ、それはどうかな。」

ブッチャーと煕子さんがそういうことを言うと、杉ちゃんが変な顔をして、それに付け加えた。

「テレビ何て、何の役にも立たないよ。災害の時は役に立つかもしれないけど、それだって、体悪くしたりする、人もいるからねえ。」

杉ちゃんという人は、すぐ話をぶち壊す癖があった。

「まあそうかもしれないけどさ、テレビに出られるということは、すごいことなんじゃないの?だから喜ぶべきことじゃない?杉ちゃん。」

ブッチャーがそういうと、杉ちゃんは、はははと笑った。ちょうどその時、水穂さんが、ごちそうさまでしたとお茶を飲みながら、軽く一礼した。そして、一言、

「頑張ってください。」

と言って布団に横になった。同時に二、三度せき込んだため、ブッチャーは急いで薬を飲ませた。

「それじゃあ、私、三時から取材がありますので、帰りますね。テレビの記者さんが、うちへ来ることになっているから、その支度もあるし。まだ家の中散らかしっぱなしなのよ。全く、日ごろから片付けてないから。失礼しますね。」

そういって立ち上がった煕子さんを、ブッチャーはお見送りしますと言って、廊下を歩いて、玄関先まで見送った。

「煕子さんすごいですね。テレビに出てしまうなんて。俺たちには絶対、できないことですよ。テレビに出て、さらに皆さんを幸せにしてやってください。」

そう言いながらブッチャーは、玄関から出ていく煕子さんの背中を眺めながら、一寸うらやましそうに言った。

其れから数日後のことである。

「さて、テレビが放送されるのは今日だったよなあ。」

と、ブッチャーは、製鉄所の食堂にあるテレビのスイッチを入れた。この時ばかりは、テレビというものを全く見ないでいる杉ちゃんも、何か始まるんだと言って、食堂へ現れた。

「おう、煕子さんの番組だよなあ。」

そういって、ブッチャーのとなりの位置についた。水穂さんの世話をするためにやってきていた花村さんまでが、水穂さんは眠ってしまったからと言って、食堂へやってきた。

ところが、放送される時間になっても、テレビときたら、煕子さんの会社のことは放送しないで、緊張したアナウンサーがこんなことを言っている。

「臨時ニュースです、今日の13時頃、隣国から飛翔体が発射されました。飛翔体は、日本海付近に落下した模様です。」

ほかのチャンネルをひねってみたが、どこのチャンネルでも同じように、飛翔体のニュースばかり放送していて、煕子さんの会社の事なんて、どこも放送していなかった。

「あれまあ、どこへ行っちまったんだか。煕子さんのことは忘れてしまったのかなあ。テレビのやつ。」

杉ちゃんは大きなため息をつく。

「仕方ありませんね、飛翔体が発射されて、何処かへ落下したら、一大事になりますもの。こんな時代ですし、ある意味仕方ないですよ。」

と、花村さんが苦笑して言ったのであるが、ブッチャーはさすがに、煕子さんがかわいそうだと思ったのであった。だって、あの時、本当に楽しそうにしていたじゃないか。テレビの取材があると言って。それを放送しないで、ぶち壊しにしてしまうのは、なんだかなあと思う。

「まあそうだよな、確かにどっかに落っこちたら大変だもんね。」

と、杉ちゃんもそういっているが、ブッチャーは納得できなかった。

「そうだけどねえ。俺たちは、煕子さんの番組を見たかったんだけどなあ、、、。」

ブッチャーが思わずそういうと、四畳半のほうからせき込んでいる声が聞こえてきた。すぐ行きますから、と花村さんは椅子から立ち上がって、四畳半に行った。杉ちゃんも僕はテレビが嫌いだからなと言って、食堂を出て行ってしまった。後にはブッチャーと、飛翔体のことを放送しているテレビだけが残った。

「あーあ、残念だなあ。煕子さんはかわいそうだ。」

ブッチャーはぼんやりと、テレビを眺めながら、ぼそっとつぶやいた。

さて、その翌日。

煕子さんは、また製鉄所にやってきた。いつも通り宅配弁当を持ってきてくれたのだ。製鉄所には、杉ちゃんとブッチャー、そして花村さんがいたが、煕子さんが弁当をもって入ってくると、三人とも顔色を変えた。

「今日は具合いかがですか?」

煕子さんが聞くと、水穂さんだけが顔色を変えず、変わりありませんと答えるのであった。

「でも、煕子さんのほうは大丈夫なんですか?」

水穂さんにそう聞かれて、煕子さんはちょっと驚いたようだ。

「なんでまた?」

とりあえずそう返事を返すが、

「いえ、何だか、慌てているような顔していらっしゃるから。何か、困ったことでもあるんですか?」

「あ、ああ、ああ、ごめんなさい。」

煕子さんは、恥ずかしそうな顔をした。

「実は、テレビの記者がうちにきて、謝罪をしたいと言って、追いかけてくるのよ。あたしは、もういいからと言って、追い出してきたけど、まったく困った人ね。本当にしつこくて、裏口から、ここへ逃げてきたのよ。」

なるほど。この間、放送されなかった番組のことを、謝罪に来たのに間違いなかった。

「そうですか。この間のテレビ番組、本当に残念でしたものね。僕たちも、どんな風に紹介されるのか、一寸期待していましたが、放送されなかったのは残念でしたね。おまけに其れの謝罪をしつこくやってくるとなれば、確かにいやでしょう。」

花村さんが、そういうと煕子さんは、本当ねえと言って大きなため息をついた。

「出るときは、必ず放送されると言って、強引にもっていくのに。ほんと、なんでもうるさいわね。」

まあテレビというものはそういうものであった。ニュース番組とか、バラエティ番組とか色いろ放送されているけど、番組が簡単に消えてしまうのが、テレビの特徴である。

「まあ、今回は、放送されなかったけれど、テレビの取材がここに来たというだけでも感謝しなきゃいけないわね。こういうことは一生に一度か二度しかないでしょうしね。」

と煕子さんはにこやかに笑って、そういうことを言った。

「でも、一度か二度しかないということで、うれしくてしょうがなかったんじゃないんですか?」

水穂さんが、煕子さんに聞いた。

「そうねえ、、、。」

煕子さんは、一寸悲しそうな顔をする。

「無理しなくていいんですよ。やっぱり誰でもテレビに出るって言われたら、うれしくなりますよね。なんか、テレビは有害だというひともいますけど、やっぱりうれしいモノになると思います。」

水穂さんは優しくそういうことを言った。そうやって、相手の気持ちを読み取ることができるのは水穂さんだけであった。もし、水穂さんが寝たきりの状態じゃなかったら、彼は、間違いなく、頼りにされる存在になれるのだろうが、、、。

「そうですね。まあ確かに、こんな年になって、テレビがどうのこうのと言われちゃうと、多少

舞い上がっちゃうのも仕方ないのかしら。」

煕子さんは、正直に言った。杉ちゃんは、そうそう、そういう風に、正直に言えと相槌を打っている。

「まあ、テレビは好きじゃないけど、なんかピアノの発表会に出るのとはわけが違うもんな。」

「ええ、まあ、放送されないで、残念だったわ。今回は、それでも、飛翔体が落下しないで、良かったと思うことにします。」

と、杉ちゃんと煕子さんがそう言い合っているのを聞いて、やっぱり煕子さん、テレビに出るのをうれしかったんだなとブッチャーは思った。

「でも、放送されるとしたら、何が放送される予定だったんですか?」

と、花村さんが、煕子さんに聞いた。

「ええ、内容は、宅配弁当を届けていることが地域の高齢者に喜ばれていることと、時々居場所がない若い人たちのために、料理教室やってることを紹介したいって言われていたのよね。取材していた時は、しつこいくらい、精進料理の特徴とか、レシピとか、やたらうるさく聞いてきたのよ。こんな事もきかなきゃならないのかと言われたくらい。」

煕子さんはちょっとため息をついた。

「私たち何て、ただの精進料理が好きなおばあちゃんの集まりだったのにね。それがテレビに出ちゃうなんて、驚きを隠せなかったわ。私たちには当たり前のことをテレビが伝えちゃうようになったのかって。」

「ああ、そうだろうね。大体のやつは、精進料理何て食べやしないから。よほど訳ありのひとしか、今はたべないよ。」

と、杉ちゃんがにこやかに笑った。

「でも、なんでテレビのオファー何か来たんですか?どこからあなたたちの活動が、テレビ局に持ち込まれてきたんですかね。」

と、花村さんが聞くと、

「いいえ、お客さんのお孫さんが、なんでもケーブルテレビに就職したそうで、彼女が上司に話したら、それでうちを取材してみようという話しになっちゃったみたいで。」

煕子さんは恥ずかしそうに言った。

「こんなおばあちゃんでもテレビに出ていいのか、迷っちゃったけど、まあ、テレビに出られることは、やっぱりうれしいしね。子供のころから、テレビに出る人にはあこがれだったし。其れと同じところに出られるというわけで。とりあえず、取材を引き受けちゃったのよ。」

「ああそうですか。それは確かにそうですよね。僕も、子どものころ、有名な箏曲家がテレビに出るというと、何かあこがれの感情を持ったものでした。そのテレビに出ている人に習いに行ったときは、もう緊張しすぎて、倒れそうな位でした。」

と、花村さんが口調を合わせた。今でこそ当たり前のようになっているテレビだけど、花村さんや煕子さんのような年代では、テレビというと何かあこがれの感情を持ってしまうものである。テレビに出ている歌手の物まねをしたりして遊んだこともある年代であるからだ。

「まあ、そういうことだったからね、テレビに出れるということで、一寸舞い上がっちゃったわね。」

と、煕子さんは、まだ名残惜しそうに言った。

「何とかして、望みをかなえてあげられる方法はないもんだかな。」

杉ちゃんが、ぼそっとつぶやく。

「有害な番組ではないんだし。煕子さんの気持ちを考えると、一度だけでいいから放送してほしいよなあ。」

杉ちゃんの言葉通り、本当は、放送してもらいたかった。

「何か、届いてほしいと思うんですけどね。作る側も、見る側も、有害な番組ではないんだからなあ。俺、煕子さんがテレビ出ているの、見たかったなあ。」

ブッチャーは思わずつぶやいてしまった。

「どんなに小さなことだって、テレビに出るのはやっぱり、貴重なことだものですからねえ。」

一寸悲しい出来事であった。

突然、製鉄所の玄関の扉があく。何だと思ったら、こんな声が聞こえてきたので、杉ちゃんたちは、びっくり仰天した。

「失礼いたします。こちらに、土師煕子さんはいらっしゃいませんでしょうか。」

「はいお前さんはどこのどちらさんで?」

杉ちゃんが、でかい声を出して言うと、

「はい、静岡ケーブルテレビの佐藤ですが。」

というのである。はあ、テレビ番組の関係者がここを嗅ぎつけてきたのかあ。と、杉ちゃんが言った。

きっと、煕子さんの行方を捜して、近所中に聞き込みをして、ここまでやってきたのに違いなかった。

「はあ、煕子さんに何の用だ?」

と、杉ちゃんがでかい声でまた言うと、

「ええ、先日放送されなかった事を、謝罪をしたいと思いまして。」

という割には、その口調は何かのんびりしていて、謝ろうという気がしないわけでもない。

「まあ、入んな。僕たち、一番奥の部屋にいるから、一寸迷路みたいな建物だけど、何とか見つけてこい。」

と、杉ちゃんがいうと、テレビの記者は、お邪魔しますと言って、中に入った。鴬張りの廊下がきゅきゅきゅとなって、何回も廊下を開け閉めする音が聞こえて、やっと四畳半の前で、足音が止まる。

「やっとここがわかったか。具合の悪い奴もいるから、用件は手短にね。」

と杉ちゃんに言われて、テレビの記者はそれでよかったと思ったのか、杉ちゃんたちの前へ現れて、すみませんでしたと頭を下げた。

「何か、代理で放送するとかそういうことはできないんですかね。彼女は、テレビに出られるということをとても楽しみにしていたようですよ。」

花村さんが、権威のある人らしく、そういうことを言った。

「ええ、それはよくわかっておりますが、ああいう騒ぎがあって以上、私たちは、放送を休止するしかありませんでしたので。」

「そうなんだけどね。」

と、杉ちゃんが言った。

「其れでは、煕子さんが、一度しかないテレビ出演を逃して、悲しい気持ちになっちゃうんだけれどね。」

「ああ、すみません。でも、あれは一大事件ですから、放送をしないわけにはいかないんですよ。本当にすみませんでした。」

テレビの記者は、そういって、謝れたのでもう帰ろうかという顔をして、立ち上がろうとした。多分、この人は代理人で、テレビのプロデューサーか何かから、おばあちゃんに謝ってきて、だけ強く言われてきたんだろう。全く、だまし絵と言われるテレビ局のやりそうなことだ。

「でも、テレビの映像は、あるんですよね?」

水穂さんがちょっと弱弱しく言った。

「ええ、まあそうなんですけれども。」

と、テレビの記者は答える。

「だったら、その映像、動画サイトにでも流していただけないでしょうか。なんだか、簡単にもう終わりだって言われてしまったら、煕子さんの気持ちもかわいそうな気がしてしょうがないんですよ。」

と、ブッチャーは思わず早口で言ってしまう。それでは、おわりになってしまうのは、一寸悲しいという気持ちになってしまうのである。

「まあ、いくらテレビに慣れていたって、僕たちは不慣れな一般市民なんだからね。それは考慮してもらいたかったなあ。」

と、杉ちゃんはにこやかに笑った。

「本当ですよ。こんなおばあちゃんでもテレビに出られるのか、と、すごくうれしい気持ちになったのを、ぶち壊しにしちゃうことになるんですからね。」

最後は煕子さんがとどめを刺した。

「はい、そうします。」

と、テレビの記者は、申し訳なさそうに言った。


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