四節 「決意と涙」

「できる。彼女は、僕の中で特別だから」

 彼ははっきりとそう言った。

 なんの迷いもなかった。

 その瞬間、私は私の恋心に蓋をした。

 彼に対する感情が恋だと気づいたときから、この気持ちをどうしようとずっと考えていた。いくら考えてもそれは紛れもなく恋という感情だった。

 でもやはりこの思いは伝えないでおこうと決めた。

 彼の心にはこれから先も彼女がいるから。

 いつか、私のことを少しでも思い出してくれたらそれでいいから。

 彼も少しは私のことを思ってくれているならどんなに嬉しいだろうか。

 それはほのかな期待で、確認することもしない。

「それなら、彼女の願いは叶えられるよ。大丈夫だよ」

 私は笑顔でそう言った。

 正確には笑顔を必死で作って言葉を発した。

 本当は心が苦しくて涙が出てきそうだ。

 演じるのってこんなに大変だったかなと思う。

 でも彼の幸せを願うからこそ、そう言えたのだ。

「話聞いてくれてありがとう」

 彼は安心した顔をしていた。

 私はそれでいいんだと自分を納得させる。

 そして、今この瞬間だと思った。

 彼との距離がぐっと近づいた今なら、聞ける気がした。

 だから私はこう聞いた。

「詩音くんがなんで旅をしているか教えてくれない?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る