三節 「忘れないで」

「『私のことを一生忘れないで』ってどういう意味だと思う?」

「えっ、急にどうしたの?」

 青森についた頃、彼は私に聞いてきた。

 空気はかなり冷たく、寒い。

 リンゴの木があちこちにたくさん生えている。

 あと少しで北海道だ。

「いやぁ、なんというか、言われて」

 彼は端切れが悪くそう言った。

 どうしたというのだろうか。

「莉子さんに?」 

「うん」

 彼はゆっくり頷いた。 

 彼ももしかして私を意識しているのだろうか。

「状況によるよね。どんなときに言われたの?」

「最後に会った日の、帰る前に言われた」

 彼はその後詳しく状況を教えてくれた。

 話を聞く限り、彼女はきっともう命が長くないことを知っていて、言えるときに最後に彼にお願いをしたのだろう。 

 その気持ちを想像しただけで胸が苦しくなる。

「なるほどね」

 私はしっかり彼の話を受け止める。彼も私に同じことをしてくれたから。

「その言葉がずっと引っかかってるんだ。これが今してる旅にも大きく関係している」

「たぶんでしかないんだけど、私が思ったことを言ってもいい?」

「うん、何でか知りたいんだ」

「それはねぇ、思い出になりたくないんだよ」

「思い出に?」 

「そう。人は大抵何らかの原因で物事を忘れていく。いいことも悪いこともね。そして、たまに思い出す。それが思い出。そうなるのがきっと嫌なんだと思う。莉子さんはいつでも詩音くんのそばにいたいのよ」

 同じ病気だった私ならその気持ちがよくわかる。

 私は永遠を求める方向に進んだけど、根底にあるのは自分の生きた証を残したいという気持ちがあった。

 きっと彼女にとってそれが彼だったのだろう。

「いつでもそばにいたいか」

 彼は何か少し考えている様子だった。

「そうだよ。詩音くんに、それはできる?」

 私は彼にそう聞いたのだった。

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