三節 「名古屋、おいしいもの」

 何日もかけて歩いて、僕は次に名古屋に着いた。

 金のしゃちほこがあるお城を僕はボーッと眺めていた。

 靴はいつの間にかボロボロになっていた。またお店で買わなきゃなと僕はのんきに考えていた。

 いつだって僕は行動が遅い。

 人よりも遅れている。

 だから、『あの時』も間に合わなかったんだ。

 いく道先で、様々な人を見かけた。

 手を組んで歩くカップル、買い物帰りの女性、家路へ向かうサラリーマン。

 さすがに話しかけたりはしない。

 でもたまに、じっと見てしまうときもあった。この人はどんな人生を歩んできたのだろうかと考えてしまう。

 どの人たちも懸命に今を生きているんだなと思った。

 きっと今までに何かしらの出来事が起き、それを乗り越えてきた。そして、今はしっかり前を向いている。

 しかし、そもそも前を向くってどういうことなんだろう。

 僕は空を見上げた。

 茜色の空は僕に何かを訴えているように思えた。

 そういえば、『私は今生きてる?』と彼女はよく僕に聞いてきていた。

 もちろんそのままの意味ではない。

 その言葉は彼女の不安そのものだったのかもしれない。

 彼女は前を向いて生きようとしていた。

 でもそれが本当にできているか不安だったのだろう。

 当時の僕はといえば『ちゃんと生きてるよ』と言うことしかできなかった。

 今思えば、彼女が求めているのはそんな言葉じゃなかったはずだ。

 もっと彼女を安心させることができればよかったのに。

 後悔ばかりが思い出され、行く手を阻む。

 名古屋にはおいしい食べ物が多いと前から聞いていた。

 だから、僕は東京から名古屋に来た。

 食はやはり大切で、おいしいものを食べることで人生が変わることだってある。

 彼女が救えるならきっかけはなんだっていい。

 僕の時間すべてを捧げ、どんどん新しいことをした。

 夜になると町は活気づく。

 居酒屋の看板が光り輝いている。

 怪しいお店のキャッチの人が強引で最初は少し戸惑った。

 しかし、都会に住んでいるので素通りすることには慣れている。

 その日から連日ひつまぶし、味噌カツ、名古屋コーチンなど僕は名古屋の名物グルメをひたすら食べた。

 香りがすごく、濃い味で、魅力的だった。

 我を忘れて食べ尽くした。

 そのどれもが美味しかった。

 暫しの間、食のことで頭がいっぱいになった。

 旅で次に試してみたことは、頭の中を別のことでいっぱいにすることだった。

 あえていっぱいの状態にする。

 それは彼女を忘れることとは違う。

 頭に思いを残しながら、一度リセットするということと近いのかもしれない。

 僕の今していることが正しいかはわからない。

 結果として悪くないかもしれないと感じた。

 もちろん、目に見える変化はまだない。 

 ただ何かしなきゃと言う思いにかられている。

 どんなことでも、彼女のためになる可能性はあるはずだから。

 彼女を救いたい気持ちだけが僕を動かしていた。

 そして、名古屋をあとにした。

 

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