二節 「東京、景色」

 数時間で、東京にたどり着いた。

 早く行こうと思えば、交通手段はいくらでもあった。

 そんな中、僕は歩いていくことを選んだ。

 急ぐ必要はないのだから。

 これは僕が罪と向き合うための旅なのだから。

 もちろん、ご飯を食べたりホテルに泊まったりはする。

 生きる努力という人間的なことをおろそかにしてはいけないから。

 それはある女性こと彼女が前に身をもって教えてくれた。

 彼女は懸命に毎日を生きていた。その頃のことを思い出すと今でも胸が苦しい。

 でも、あえて大変な方法を選んだのは、罪滅ぼしのためなのかもしれない。

 僕は自分に問いかける。

 そんなことをしても何も変わらないかもしれない。

 しかし、無駄や遠回りと思われることの中に、大切なことがあることが見つかることもある。

 僕の中では、罪を償うこととは、彼女を救うことを意味している。

 一体どうすれば彼女は救われるのだろう。

 とにかく前に進むために、旅に出た。

 辛いときほど、彼女とのことが思い出された。

 あの時も『私は生きたいと思ってるよ』と彼女は僕にすがった。

 僕はあの時、抱き締めることしかできなかった。

 一緒に泣くことしかできなかった。

 どうしてその場で言葉をかけてあげることができなかったのだろう。すぐに何かできなかったのだろう。

 でも、なんと言うのが正しいのか今でもわからない。

 東京は人が溢れかえってきているのに、それぞれが寂しさを持っているように思えた。

 大きなスクリーンには、ニュースが淡々と流されている。

 人は多いのに、誰も立ち止まらない。

 ビル風が冷たく、心につき刺さる。

 何度か東京に来たことはあるけど、この特有の人や物の冷たさはどうにも慣れない。

 すでに建物がたくさんあるのに、建物は次々に建設されていく。

 それが世の中の流れなんだと思う。

 変わらないことをよしとしないのだ。

 僕は世の中からはみだしてしまったのだろうか。

 僕の時間は、『あの時』で止まったままだった。

 はたしてこれから僕は動き出せるのだろうか。

 それでも、僕は動くことを選んだ。

 僕はそれからただ黙々とスカイツリーを目指した。

 東京に来たのは、景色を観るためだ。

 いい景色を観ると価値観ががらっと変わると聞いたことがある。

 そうすれば、僕も変われるかもしれない。

 甘い考えかもしれないけれど、僕はわらにもすがる思いで盲信している。

 そして、スカイツリーを目指すのは日本一高い建物だからだ。

 さぞ景色がいいだろうと思う。


 スカイツリーにたどり着き、展望台から景色を眺めた。

 浅草寺、上野動物園など周辺の有名観光地が見えた。

 富士山も遠くに少し見える。

 下にいる人は点のようにしか見えない。

 元々景色を見るのは好きだ。

 よく一人でも旅行に行っていた。旅行に行く度にポストカードを買うほどだ。

 旅の始まりは、まずは好きなことをして気持ちを新たにしようと思った。問題から精神的に距離をおいてみようと思った。

 壮観だった。

 でも、ただそれだけの感情だった。

 それでもいいと思えた。少しだけ景色に意識を向けることができたから。

 今すぐに何もわからなくてもいい。罪の償いはきっとそんなに簡単なものじゃない。

 展望台を降り、僕は再び歩き始めた。

 次はどこに行こうかと宛もなく、僕は前へと足を進めた。

   

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