一章
一節 「罪と旅」
『私のことを一生忘れないで』
何度も何度も、僕はその言葉を思い出す。
それは、頭の中に刻まれて離れない。
何て純粋で、罪深い言葉だろうか。
そしてその女性は僕の方を向き、儚げに笑う。
そこで、僕こと中村 詩音(なかむら しおん)ははっと目を覚ました。
ベッドのはしに置いてあるスマホがアラーム音で朝を知らせる。
必要なもの以外置いていない殺風景な部屋。
僕はあまり物を買わない。いつもうまく整理することができないからだ。
僕はのっそりと体を動かす。
いつもと変わらない一日の始まり。
時間は何が起きてもすべての人に平等に訪れる。
例え悲しいことがあっても、時間は止まってくれない。
そんなこともう何度も味わったはずなのに、いつも落ち込む。
何て残酷なものだろうか。
人間は立ち止まることが許されていないのだろう。
でも少しだけ、夢を見ていてよかったと思う自分がいる。
現実が変わるわけではない。そんなことはわかっている。
でも僕はしばらくの時間、夢の世界に逃げることができてよかったと思っている。
すーっと涙がつたうのだった。
窓を開けると、太陽の光が入ってきた。まだ朝の早い時間帯だ。
室内なのに、息は白く染まる。
木々の匂い、小鳥の声など朝の爽やかさが部屋に入ってくる。
僕は急に、今から旅に出ようと決めた。
今日なら、僕は何かに変われる気がしたから。
僕はある理由で何者かに変わられなければいけない。
荷物は必要最低限のものだけでいい。深く考えだしたらきりがなくなってしまうから。
だからすぐに準備ができた。荷物はトランクケース一つでまとまった。
それに一人暮らしをしているので、誰かに心配されることもない。
突然何かをしたいと思うことはいつもことだ。
簡単に言えば、計画性という概念がないのだ。
これは性格のようなものできっともう治らない。
その事に関してはそんなに気にしていない。
また、感情のコントロールも苦手だ。
高まる気持ちは抑えられず、今ならどこまでだって行ける気がした。
時間はいくらかかってもいい。
最初の目的地は、東京にした。
僕は隣の県に住んでいるからそんなに遠くはない。
僕は罪を犯した。
あまりにも浅はかで無責任なものだ。
それはある女性との間のことだ。
その罪と向き合うために、僕はまず東京を目指して歩き始めたのだった。
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